第170話 答合わせと落とし穴
文字数 2,505文字
「では、解説をやってみます。なるべく分かり易いように心掛けますが、ひとまず最後まで聞いてください」
ボードの前に立つシュウさん。集まる視線にちょっと照れたみたいに苦笑いを浮かべ、「えーと、最初に言っておくと、僕が考えた問題ではないの自慢することじゃないんだけど、とてもいい問題だと思っています」と述べた。
時間をあんまり取れないこともあって、考える時間は十分足らずで終わり。結局、正解に辿り着けた人は出なかった。あ、相田先生も含めてね。
それでもほとんどの人は一応の解答はした。最も多かったのは、
「全部の袋をまとめて秤に載せて、一袋ずつ順番に下ろしていく。下ろす度に秤の目盛りを見ていれば、偽コインのときだけ減り方が違うから分かる」
というものだった。もちろんこのやり方でも、偽コインの詰まった袋が何番目なのかは分かる。何がいけないのかというと。
「下ろす度に秤の数字を読むというのは、その度に秤を使っていることと同じになる。でしょ? 一度しか使えないとの条件に反するんだ」
同じパターンで、各袋からコインを一枚ずつ取り出し、秤に順番に載せていくというやり方もだめ。
「どうやればいのか? 推理ドラマの中で刑事が説明したやり方をお話しします。まず、話を分かり易くするため、本物のコインは一枚の重さが百グラムとします」
ボードに描いた袋それぞれの下に、100×30と書いていくシュウさん。続けて、袋そのものに1~10の番号を振る。さすがに字が荒っぽくなってきた。
「とりあえず、全部本物のコインだと思って書いてみた。さて次にコインを取り出して計るのだけれども、取り出し方がポイントになる」
シュウさんはボードの袋を1から10まで順番に、こんこんこんと叩いていった。
「それぞれの袋から一枚ずつ取っていっても、差は作れない。袋ごとに差を付けるには? そう、取り出す枚数を変えてみるのはどうだろう」
再びボードの方を向いたシュウさん、袋1の絵の下に○を一つ描き、次の袋2の下には○を二つ、以下3~10まで袋の番号に対応した分だけ、○を描き足した。
「○はコインのつもりだよ。このように袋1から一枚、袋2から二枚、袋3からは三枚という風に、取り出す枚数を段々増やし、その全部を秤に載せる」
描いた○をぐるっと大きく囲んで、そこから矢印を、絵の秤まで引っ張る。向き直ったシュウさんは、いきなり私を指名した。
「では萌莉――じゃ紛らわしいから、佐倉さん」
「は、はい?」
「秤に載せたコインは全部で何枚ですか」
「え、えっと、五十五枚だよね」
「はい正解。さっきも言ったけれど、本物のコインが一枚百グラムだとします。もし仮に全部のコインが本物だとしたら、秤の目盛りは何グラムを指しますか。ではこれは金田さんに」
「五千五百グラム!」
当てられることがあるんだと認識できていたせいか、朱美ちゃんは被せ気味に即答した。
「その通り。では土林 さん、じゃない、ごめんごめん。土屋さん」
「わ、私ですか」
名前を間違えられたことよりも、当てられたことで緊張している様子のつちりん。
――そうか、シュウさんが土屋さんを土林と間違えたのって、「つちりん」というニックネームが頭にあったからだわ、きっと。そう思うとシュウさんも普通の人だなあと安心して、私はにまにましていた。
「もしもなんだけど、一番目の袋が偽コインが詰まったものだとしたら、秤の目盛りはどうなるかな?」
「それは……1から取り出した一枚だけが一グラム重い十一グラムなんだから、五千五百一グラム?」
「はい、そうです。じゃあ木之本さん。一つとばして、3の袋の中身が偽コインだったら、秤は何グラムを指している?」
「ええっと、五千五百……三グラムです」
慎重に答える陽子ちゃん。シュウさんは「ご名答」と言って微笑んだ。
「さあ、これで何となく規則性みたいなものが見えてきたんじゃない? この袋のコインがニセ物なら、何グラム増えるっていう」
「袋の番号と増える重さが対応してる」
シュウさんは別の誰かを当てる気だったみたいだけど、森君が先回りして答えちゃった。
「森君、正解。素晴らしい」
「だ、誰にでも分からあ」
ほめられて恥ずかしくなったのか、森君の耳が赤くなった。
「これでもう答を示したも同然なんだけど、今言ったように一枚ずつ増やして取り出し、袋ごとの特徴を反映させた上でまとめて量るち、一回こっきりで偽コインの袋が判明するんだ」
何か質問はある?という風に、私達を見渡すシュウさん。分かり易い説明だったし、誰からも質問は出ないはず。そう思っていたところへ、「あの」と不知火さんの声がした。続いて起立するときの椅子の音。
「はい何でしょう、不知火さん」
「最後まで聞いたと思うので、質問をしたいのですが」
「いいですよ」
「分からないっていうか、気になることがあります」
今の説明で分からないなんて、不知火さんらしくない。そういえば、シンキングタイムのあと解答を出さなかったのは、不知火さん一人だけだったのよね。思うところがあるのかな?
続けて話そうとする不知火さんに、シュウさんは何故かストップをかけた。
「話すのはちょっと待ってね。それは本物のコインの重さに関することかな?」
「え? あ、はい、そうです」
「そうかぁ、参ったな。どうやらあれに気付くとは、僕も気を引き締めないといけないな」
シュウさんは自分の手で自分の頬を軽く叩いた。どういうこと? 何が起きてるの? シュウさんは参ったと言いながら、どことなく嬉しそうにしてる。
「不知火さんは座ってください。――えーっとですね。そうだな、まずは謝ります。さっきの問題にはちょっとした誤魔化しがありました。だから、厳しく言えば、正解ではありません。ごめんなさい、みんなを試すようなことをして」
シュウさんは身体を折って、深々と頭を下げる。
えっと? どーゆーこと? 私が前もって教えてもらっていた答と、さっきまでの解説、全く同じなんですが。
つづく
ボードの前に立つシュウさん。集まる視線にちょっと照れたみたいに苦笑いを浮かべ、「えーと、最初に言っておくと、僕が考えた問題ではないの自慢することじゃないんだけど、とてもいい問題だと思っています」と述べた。
時間をあんまり取れないこともあって、考える時間は十分足らずで終わり。結局、正解に辿り着けた人は出なかった。あ、相田先生も含めてね。
それでもほとんどの人は一応の解答はした。最も多かったのは、
「全部の袋をまとめて秤に載せて、一袋ずつ順番に下ろしていく。下ろす度に秤の目盛りを見ていれば、偽コインのときだけ減り方が違うから分かる」
というものだった。もちろんこのやり方でも、偽コインの詰まった袋が何番目なのかは分かる。何がいけないのかというと。
「下ろす度に秤の数字を読むというのは、その度に秤を使っていることと同じになる。でしょ? 一度しか使えないとの条件に反するんだ」
同じパターンで、各袋からコインを一枚ずつ取り出し、秤に順番に載せていくというやり方もだめ。
「どうやればいのか? 推理ドラマの中で刑事が説明したやり方をお話しします。まず、話を分かり易くするため、本物のコインは一枚の重さが百グラムとします」
ボードに描いた袋それぞれの下に、100×30と書いていくシュウさん。続けて、袋そのものに1~10の番号を振る。さすがに字が荒っぽくなってきた。
「とりあえず、全部本物のコインだと思って書いてみた。さて次にコインを取り出して計るのだけれども、取り出し方がポイントになる」
シュウさんはボードの袋を1から10まで順番に、こんこんこんと叩いていった。
「それぞれの袋から一枚ずつ取っていっても、差は作れない。袋ごとに差を付けるには? そう、取り出す枚数を変えてみるのはどうだろう」
再びボードの方を向いたシュウさん、袋1の絵の下に○を一つ描き、次の袋2の下には○を二つ、以下3~10まで袋の番号に対応した分だけ、○を描き足した。
「○はコインのつもりだよ。このように袋1から一枚、袋2から二枚、袋3からは三枚という風に、取り出す枚数を段々増やし、その全部を秤に載せる」
描いた○をぐるっと大きく囲んで、そこから矢印を、絵の秤まで引っ張る。向き直ったシュウさんは、いきなり私を指名した。
「では萌莉――じゃ紛らわしいから、佐倉さん」
「は、はい?」
「秤に載せたコインは全部で何枚ですか」
「え、えっと、五十五枚だよね」
「はい正解。さっきも言ったけれど、本物のコインが一枚百グラムだとします。もし仮に全部のコインが本物だとしたら、秤の目盛りは何グラムを指しますか。ではこれは金田さんに」
「五千五百グラム!」
当てられることがあるんだと認識できていたせいか、朱美ちゃんは被せ気味に即答した。
「その通り。では
「わ、私ですか」
名前を間違えられたことよりも、当てられたことで緊張している様子のつちりん。
――そうか、シュウさんが土屋さんを土林と間違えたのって、「つちりん」というニックネームが頭にあったからだわ、きっと。そう思うとシュウさんも普通の人だなあと安心して、私はにまにましていた。
「もしもなんだけど、一番目の袋が偽コインが詰まったものだとしたら、秤の目盛りはどうなるかな?」
「それは……1から取り出した一枚だけが一グラム重い十一グラムなんだから、五千五百一グラム?」
「はい、そうです。じゃあ木之本さん。一つとばして、3の袋の中身が偽コインだったら、秤は何グラムを指している?」
「ええっと、五千五百……三グラムです」
慎重に答える陽子ちゃん。シュウさんは「ご名答」と言って微笑んだ。
「さあ、これで何となく規則性みたいなものが見えてきたんじゃない? この袋のコインがニセ物なら、何グラム増えるっていう」
「袋の番号と増える重さが対応してる」
シュウさんは別の誰かを当てる気だったみたいだけど、森君が先回りして答えちゃった。
「森君、正解。素晴らしい」
「だ、誰にでも分からあ」
ほめられて恥ずかしくなったのか、森君の耳が赤くなった。
「これでもう答を示したも同然なんだけど、今言ったように一枚ずつ増やして取り出し、袋ごとの特徴を反映させた上でまとめて量るち、一回こっきりで偽コインの袋が判明するんだ」
何か質問はある?という風に、私達を見渡すシュウさん。分かり易い説明だったし、誰からも質問は出ないはず。そう思っていたところへ、「あの」と不知火さんの声がした。続いて起立するときの椅子の音。
「はい何でしょう、不知火さん」
「最後まで聞いたと思うので、質問をしたいのですが」
「いいですよ」
「分からないっていうか、気になることがあります」
今の説明で分からないなんて、不知火さんらしくない。そういえば、シンキングタイムのあと解答を出さなかったのは、不知火さん一人だけだったのよね。思うところがあるのかな?
続けて話そうとする不知火さんに、シュウさんは何故かストップをかけた。
「話すのはちょっと待ってね。それは本物のコインの重さに関することかな?」
「え? あ、はい、そうです」
「そうかぁ、参ったな。どうやらあれに気付くとは、僕も気を引き締めないといけないな」
シュウさんは自分の手で自分の頬を軽く叩いた。どういうこと? 何が起きてるの? シュウさんは参ったと言いながら、どことなく嬉しそうにしてる。
「不知火さんは座ってください。――えーっとですね。そうだな、まずは謝ります。さっきの問題にはちょっとした誤魔化しがありました。だから、厳しく言えば、正解ではありません。ごめんなさい、みんなを試すようなことをして」
シュウさんは身体を折って、深々と頭を下げる。
えっと? どーゆーこと? 私が前もって教えてもらっていた答と、さっきまでの解説、全く同じなんですが。
つづく