第90話 午後の微睡みへ
文字数 1,446文字
「……何か一理あるようななような」
「不知火さんみたいに普段から興味持ってるわけじゃないもん。そんな私がぱっと思い付いたにしちゃ、いい線行ってなかったかなあ」
「そういうことにしといてやらあ」
そんな具合にして、話はここまでとなったのだけれど、森君と入れ替わる形でそばにやって来た陽子ちゃんが、どこか居心地のよくなさそうな態度が表面に出ている。
「どしたの?」
「いや、何だか邪魔していいものかどうか迷っていたもので」
「邪魔って、森君とのお喋りのこと? 何でもないよ。たいして重要な話でもなかったし」
「そう? 聞きようによっちゃ、危ない内容に聞こえたよ」
「どこがよ~」
「『男に比べたら女は入れやすい』とか」
「ん? どういう意味?」
「聞き返されると、説明が難しい」
腕組みをした陽子ちゃん、やがて別のことを言い出した。
「女子と男子が二人で、婆だの爺だの言ってるのも老後を考えてるみたいだし」
「また冷やかしの種を作りかねないってことね。分かった。気を付ける」
私が力強くうなづくと、陽子ちゃんは「まあ、それでいいか」と呟いた。
午後からの授業が始まっても、雨模様は続いている。昼前に一端上がって太陽が射し込んだのだけれども、短い間だけ。かえってむわっとなって、蒸し蒸ししてきたかも。
この分だと、森君じゃなくても眠くなるかも……。
* *
森宗平は森の中で目が覚めた。ジョークではない。
草と葉っぱが布団のようになって、首から下を覆っている。
何だこりゃ。
声には出さず、心中で呟いた宗平は、むくりと起き上がった。乾いた音を立てて、葉っぱが落ちる。
「え。何だこりゃ」
今度は本当に声に出した。というのも、彼はだぼっとした灰色の服を着ていた。初めて見る服で、前に見た欧米のドラマで大学生がセレモニーで着用していた物に似ている。
残った葉っぱや草を払いのけつつ、立ち上がる。辺りをぐるっと見てみると、薄暗い中、所々に陽の光が当たっている。見上げても、木々の枝葉が邪魔で、天気がよく分からない。多分、晴れなんだろう。
「……くさい」
ひとりでに鼻がひくついた。思い掛けない臭気に嗅ぐのをやめて、口をメインに呼吸する。
肉が腐ったときのような匂い。街中でこんな匂いを嗅いだって、わざわざ確かめようとは思いもしないだろうが、現状では確かめる必要があると考えた。再び鼻緒をひくひくさせて、臭気の源を求めて辿る。落ち葉が地面を覆っているのだが、踏みしめてもあまり音は立たない。湿気っていて、分解が進行しているのか。
辺り一帯、水気は多いようだが、池や沼のような物は今のところ見当たらない。せせらぎも聞こえなかった。
足元の感触がいつもと違うと思って、目線を落とすと、履き慣れたスニーカーではなく、足首から下全体を包み込む形の皮っぽい履き物を身に着けていた。履き心地は悪くないので、慣れればもっとスムーズに足を運べそうだ。
「――あれかよ。うえっ」
茂みをかき分けると、臭気の源に行き当たった。
大きな蛇が死んでた。長さ三メートルくらい、太さの方はちょっと分かりづらいが、直径十センチほどはあったんじゃないだろうか。腐った部分と干からびた部分とが認識できた。
見ていて、気持ちのいい物ではないけれども、宗平はある意味、ほっと安堵していた。何故なら、
「人が近くにいる」
と確信できたからだ。
つづく
「不知火さんみたいに普段から興味持ってるわけじゃないもん。そんな私がぱっと思い付いたにしちゃ、いい線行ってなかったかなあ」
「そういうことにしといてやらあ」
そんな具合にして、話はここまでとなったのだけれど、森君と入れ替わる形でそばにやって来た陽子ちゃんが、どこか居心地のよくなさそうな態度が表面に出ている。
「どしたの?」
「いや、何だか邪魔していいものかどうか迷っていたもので」
「邪魔って、森君とのお喋りのこと? 何でもないよ。たいして重要な話でもなかったし」
「そう? 聞きようによっちゃ、危ない内容に聞こえたよ」
「どこがよ~」
「『男に比べたら女は入れやすい』とか」
「ん? どういう意味?」
「聞き返されると、説明が難しい」
腕組みをした陽子ちゃん、やがて別のことを言い出した。
「女子と男子が二人で、婆だの爺だの言ってるのも老後を考えてるみたいだし」
「また冷やかしの種を作りかねないってことね。分かった。気を付ける」
私が力強くうなづくと、陽子ちゃんは「まあ、それでいいか」と呟いた。
午後からの授業が始まっても、雨模様は続いている。昼前に一端上がって太陽が射し込んだのだけれども、短い間だけ。かえってむわっとなって、蒸し蒸ししてきたかも。
この分だと、森君じゃなくても眠くなるかも……。
* *
森宗平は森の中で目が覚めた。ジョークではない。
草と葉っぱが布団のようになって、首から下を覆っている。
何だこりゃ。
声には出さず、心中で呟いた宗平は、むくりと起き上がった。乾いた音を立てて、葉っぱが落ちる。
「え。何だこりゃ」
今度は本当に声に出した。というのも、彼はだぼっとした灰色の服を着ていた。初めて見る服で、前に見た欧米のドラマで大学生がセレモニーで着用していた物に似ている。
残った葉っぱや草を払いのけつつ、立ち上がる。辺りをぐるっと見てみると、薄暗い中、所々に陽の光が当たっている。見上げても、木々の枝葉が邪魔で、天気がよく分からない。多分、晴れなんだろう。
「……くさい」
ひとりでに鼻がひくついた。思い掛けない臭気に嗅ぐのをやめて、口をメインに呼吸する。
肉が腐ったときのような匂い。街中でこんな匂いを嗅いだって、わざわざ確かめようとは思いもしないだろうが、現状では確かめる必要があると考えた。再び鼻緒をひくひくさせて、臭気の源を求めて辿る。落ち葉が地面を覆っているのだが、踏みしめてもあまり音は立たない。湿気っていて、分解が進行しているのか。
辺り一帯、水気は多いようだが、池や沼のような物は今のところ見当たらない。せせらぎも聞こえなかった。
足元の感触がいつもと違うと思って、目線を落とすと、履き慣れたスニーカーではなく、足首から下全体を包み込む形の皮っぽい履き物を身に着けていた。履き心地は悪くないので、慣れればもっとスムーズに足を運べそうだ。
「――あれかよ。うえっ」
茂みをかき分けると、臭気の源に行き当たった。
大きな蛇が死んでた。長さ三メートルくらい、太さの方はちょっと分かりづらいが、直径十センチほどはあったんじゃないだろうか。腐った部分と干からびた部分とが認識できた。
見ていて、気持ちのいい物ではないけれども、宗平はある意味、ほっと安堵していた。何故なら、
「人が近くにいる」
と確信できたからだ。
つづく