第10話

文字数 742文字

「久津見に嫁した女の、縁者ということにしては如何でしょうか。連れ合いに先立たれたということにすれば、久津見の同情も買えましょう」

 於小夜は永禄三年現在で十六歳。女忍びとして働いているので結婚などしたことはないが、この時代では後家となっても、不思議ではない。

「そのように話を進めておくれ」
「はい。では早速に」

 清四郎はそう言うと店を職人たちに任せて、出て行った。半刻ほどで清四郎は戻ってきて、今なら久津見は家に居ないので、すぐに来てくれと言われた。

 清四郎の案内で城下にある久津見の屋敷に行き、妻となった三ツ者の女と詳しく打ち合わせをした。陽が暮れる頃に久津見が帰ってきて、妻が事情を話すと大いに同情した。

「ならば拙者が上役に言上いたそう。なに案ずるな、きっとご奉公が叶う筈じゃ」
「ありがたき幸せに存じまする」

 夫に先立たれた哀れな後家になりきっている於小夜は、涙を流し、額を擦りつけて礼を述べた。

「明日さっそく話を通してくるゆえ、安心して逗留するがよい」

 鷹揚に久津見は言うと、妻を伴って寝所へと姿を消した。お小夜も用意された部屋へ行き、寝間着に着換えると布団に潜り込む。

(どうやら上手くいきそうだ。しかしこんなにも簡単に事が運ぶとは、いささか空恐ろしいような)

 出陣する際の、信長の鬼気迫る表情が於小夜の身体を震わせた。

(私のような半人前が、あのような眼光鋭い男の前に出て、正体を見破られないだろうか?)

 そう考えると心が挫けそうになるが、小十郎も遠い越後で忍び働きをしているのだと思うと、自分もやらねばと闘志が湧いてくる。

(隙を見て城内を探索しよう。何としてもここで手柄を挙げ、一人前の忍びになるのじゃ)

 暗闇の中で於小夜の闘志はますます燃え上がり、まんじりともせず夜を明かした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み