第6話 ドキドキ☆権能レッスン《実践編》
文字数 2,696文字
「分かっているなら話は早い。
響くんからするとヤミの胎から生まれる傍系属子の在り方の方が馴染み深いかも知れないね。ただし、もちろん彼らも生物ではないから細胞分裂はしないよ」
ヴァイスの言葉に響は首をかしげる。
「人間のように胎で育って生み落とされるからといって、子のぶんの神核片が増えるわけではないということだ。
傍系属子は両親から神核片を少しずつ分け与えられ、それが新たに結合した神核片を心臓として生まれてくる。
つまり子の誕生を連ねれば連ねるほど神核片は分割されていってしまう。
彼女の両親はどちらも直系属子だからまだ神の血は濃いが、それでも神力の内在量は直系属子に比べるとかなり少ない」
「だから……紋翼がない?」
「そういうことだ。リェナは紋翼として表出するほどの神陰力を持っていない。しかし権能が使用できる程度には持つ傍系属子だ。
権能を持つ傍系属子もかなり珍しいものだが、彼女の場合は両親の権能が混じって新しい権能になっているからね。
相当に稀有な遺伝だよ。使用にはかなり神陰力を使うだろうが」
「そっか。混合権能ってそういうことなんですね」
リェナの持つ混合権能〝生命鍛冶〟――作った防具に命を吹き込める能力。
先ほどは権能のことをよく知らなかったので比喩的な表現かと思っていたが、リェナは実際に防具へ命を吹き込めるということだろう。
そんな彼女が作る防具は一体どういうものか、今さら期待が募ってきた。
「さて、話はここまでとしようか。ふたりとも立ち上がってくれ。いよいよ実践だ」
「ひっ……」
そんなところでヴァイスがおもむろに促してくるので、響は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「楽しみだなぁ」と何故か肩のカナリア共々ウキウキしているヴァイスを見て、どうか悲惨なことにはなりませんようにと心の中で祈ってしまうのは仕方がないことだろう。
「じゃあまずは私の権能を見せよう」
響がやたら重い腰を上げてアスカ共ども立ち上がると、ヴァイスは早速言って左手を前に突き出した。
同時に左胸が金古美色に光ったかと思えば、前方の地面が突如ボコボコと割れ出し、そこからトゲを携えたツル状の何かが幾本も飛び出してくる。
「わ!?」
「これが私の権能〝茨〟だ。生物界でもよく目にするフォルムだろう」
「……、」
「私たちの権能はこんなふうに生物界にあるものを元にしていることも多いんだ」
驚きを拭い去ったあとで見つめたそれは、確かに響も生物界にいたころ何度か目にしたことのある茨だった。
「効果もおおよそ見た目どおり、茨を任意の場所に発現させるというものだ。
ただし長短、硬度、トゲの切れ味、素材は基本的に自由に調整できるから使いどころは多いよ。例えばこうして……」
「おわぁあ、何!?」
説明の途中で謎の浮遊感を覚え、響は思わず悲鳴を上げる。
己の足元を見ればいつの間にか響の背後から出現していたらしい茨が目に留まる。
膝から下に巻きついたかと思えばみるみるうちに太もも、腰、上半身まで迫り、しかも空中へと連行されていく。
「うわ、わわわ!」
「こんなふうに、対象を傷つけず高い高いすることも可能だ」
ヴァイスの言葉のとおり茨に攻撃の意図はないようだ。
とっさに掴んだトゲも先端が丸くツルも毛糸のように柔らか、なんなら極上の感触――と思ったところでデジャブが響を襲う。
「ていうかこれ、この前の特訓の最後で突然生えてきたヤツ……! あれヴァイスさんの権能だったんですね!」
当時は怒涛のような展開と特訓を無事くぐり抜けられた喜びで関心を向けられていなかったが、こうして再び出会えば容易く点と点が結びつく。
事実、ヴァイスは「おや、覚えていたかい」などと言って首肯してきた。
「最後なんだからもう少しヒネリが欲しいなと思ってね。びっくりしただろう?」
「びっくりっていうか、今度こそ終わりかと思いましたよ……」
響が苦々しく言うと、ヴァイスは肩を揺らして笑いながら響を地面に下ろした。
同時に発現させていたすべての茨が空気に融けるかのように消失する。
不思議な光景ではあったが〝半陰〟となって以降は不思議な光景に出会いすぎているのだ、リアクションは抑えた。
「じゃあ次はアスカ、披露してごらん」
次にヴァイスはアスカを促してきた。
響の隣で相変わらず無口に事の次第を眺めていたアスカはゆっくりと響の前に出てくる。
アスカはどんな権能なのかと一瞬思うも、これまでのことを思い返すと答えはすぐに見つかった。
アスカが右手を前に突き出す。
左胸の奥にある神核片が赤く鈍く発光し、次の瞬間、その腕に真っ赤なものが――炎が渦を巻いて発現された。
ヤミ属界は月や星が明るいため常夜でも暗くはないのだが、それでも炎の輝きで辺りが照らされる。
「……俺の権能は〝炎〟だ。あまり近づくなよ」
「やった当たった! やっぱりアスカ君の権能は火だと思ってたんだ」
「おや、憶測が立っていたようだね」
「前にアスカ君の紋翼が炎のカタチをしていたのを見てましたし、大鎌の刃を出すときも火がバーッて出てきたので。
あ、あと初めて紋翼を出したとき近くにあった家を一軒燃やしかかったって話も聞いたことがあって!」
「一軒じゃない。壁を少しだけだ」
響の言葉にアスカがバツが悪そうな表情を浮かべる。嫌な気分はしていなさそうなので、単純に恥ずかしかったのだろう。
「ははは、懐かしいな。アスカがそんな話まで響くんにしていたとはね。そう、紋翼には権能のカタチが現れやすいという特徴があるんだ」
「……じゃあヴァイスさんの紋翼は茨なんですか?」
「いや、私の紋翼はもうひとつの方の権能のカタチをしている」
響はヴァイスの返答に目をしばたたかせた。
「え、他にも権能を持ってるんですか? 権能は一直系属子にひとつって言ってませんでしたっけ」
「基本的にはね。ふたつ以上の権能を持つ者もゼロではないよ。
エンラ様なんかは私が確認している限りでもみっつは持っているし、アスカだってふたつ持っている」
「へーっ、アスカ君もなんだ!? すごいね」
「……いや」
アスカは突き出していた手を下ろし、炎を収めながらそれだけ言う。
同時に炎に照らされていた黒瞳が物憂げに伏せられたが、あいにく響とは反対側へ顔を背けたため、誰にも認識されなかった。
「今の君たちはバディ関係だからね。もうひとつの権能も響くんに開示しておいた方がいいだろう」
「……」
「アスカ。もうひとつの権能も見せてごらん。もちろん放つまではしなくていい」
「…………すみません。俺にはあの権能を使う資格も、その名を口にする資格もありません」
「……、」
響くんからするとヤミの胎から生まれる傍系属子の在り方の方が馴染み深いかも知れないね。ただし、もちろん彼らも生物ではないから細胞分裂はしないよ」
ヴァイスの言葉に響は首をかしげる。
「人間のように胎で育って生み落とされるからといって、子のぶんの神核片が増えるわけではないということだ。
傍系属子は両親から神核片を少しずつ分け与えられ、それが新たに結合した神核片を心臓として生まれてくる。
つまり子の誕生を連ねれば連ねるほど神核片は分割されていってしまう。
彼女の両親はどちらも直系属子だからまだ神の血は濃いが、それでも神力の内在量は直系属子に比べるとかなり少ない」
「だから……紋翼がない?」
「そういうことだ。リェナは紋翼として表出するほどの神陰力を持っていない。しかし権能が使用できる程度には持つ傍系属子だ。
権能を持つ傍系属子もかなり珍しいものだが、彼女の場合は両親の権能が混じって新しい権能になっているからね。
相当に稀有な遺伝だよ。使用にはかなり神陰力を使うだろうが」
「そっか。混合権能ってそういうことなんですね」
リェナの持つ混合権能〝生命鍛冶〟――作った防具に命を吹き込める能力。
先ほどは権能のことをよく知らなかったので比喩的な表現かと思っていたが、リェナは実際に防具へ命を吹き込めるということだろう。
そんな彼女が作る防具は一体どういうものか、今さら期待が募ってきた。
「さて、話はここまでとしようか。ふたりとも立ち上がってくれ。いよいよ実践だ」
「ひっ……」
そんなところでヴァイスがおもむろに促してくるので、響は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「楽しみだなぁ」と何故か肩のカナリア共々ウキウキしているヴァイスを見て、どうか悲惨なことにはなりませんようにと心の中で祈ってしまうのは仕方がないことだろう。
「じゃあまずは私の権能を見せよう」
響がやたら重い腰を上げてアスカ共ども立ち上がると、ヴァイスは早速言って左手を前に突き出した。
同時に左胸が金古美色に光ったかと思えば、前方の地面が突如ボコボコと割れ出し、そこからトゲを携えたツル状の何かが幾本も飛び出してくる。
「わ!?」
「これが私の権能〝茨〟だ。生物界でもよく目にするフォルムだろう」
「……、」
「私たちの権能はこんなふうに生物界にあるものを元にしていることも多いんだ」
驚きを拭い去ったあとで見つめたそれは、確かに響も生物界にいたころ何度か目にしたことのある茨だった。
「効果もおおよそ見た目どおり、茨を任意の場所に発現させるというものだ。
ただし長短、硬度、トゲの切れ味、素材は基本的に自由に調整できるから使いどころは多いよ。例えばこうして……」
「おわぁあ、何!?」
説明の途中で謎の浮遊感を覚え、響は思わず悲鳴を上げる。
己の足元を見ればいつの間にか響の背後から出現していたらしい茨が目に留まる。
膝から下に巻きついたかと思えばみるみるうちに太もも、腰、上半身まで迫り、しかも空中へと連行されていく。
「うわ、わわわ!」
「こんなふうに、対象を傷つけず高い高いすることも可能だ」
ヴァイスの言葉のとおり茨に攻撃の意図はないようだ。
とっさに掴んだトゲも先端が丸くツルも毛糸のように柔らか、なんなら極上の感触――と思ったところでデジャブが響を襲う。
「ていうかこれ、この前の特訓の最後で突然生えてきたヤツ……! あれヴァイスさんの権能だったんですね!」
当時は怒涛のような展開と特訓を無事くぐり抜けられた喜びで関心を向けられていなかったが、こうして再び出会えば容易く点と点が結びつく。
事実、ヴァイスは「おや、覚えていたかい」などと言って首肯してきた。
「最後なんだからもう少しヒネリが欲しいなと思ってね。びっくりしただろう?」
「びっくりっていうか、今度こそ終わりかと思いましたよ……」
響が苦々しく言うと、ヴァイスは肩を揺らして笑いながら響を地面に下ろした。
同時に発現させていたすべての茨が空気に融けるかのように消失する。
不思議な光景ではあったが〝半陰〟となって以降は不思議な光景に出会いすぎているのだ、リアクションは抑えた。
「じゃあ次はアスカ、披露してごらん」
次にヴァイスはアスカを促してきた。
響の隣で相変わらず無口に事の次第を眺めていたアスカはゆっくりと響の前に出てくる。
アスカはどんな権能なのかと一瞬思うも、これまでのことを思い返すと答えはすぐに見つかった。
アスカが右手を前に突き出す。
左胸の奥にある神核片が赤く鈍く発光し、次の瞬間、その腕に真っ赤なものが――炎が渦を巻いて発現された。
ヤミ属界は月や星が明るいため常夜でも暗くはないのだが、それでも炎の輝きで辺りが照らされる。
「……俺の権能は〝炎〟だ。あまり近づくなよ」
「やった当たった! やっぱりアスカ君の権能は火だと思ってたんだ」
「おや、憶測が立っていたようだね」
「前にアスカ君の紋翼が炎のカタチをしていたのを見てましたし、大鎌の刃を出すときも火がバーッて出てきたので。
あ、あと初めて紋翼を出したとき近くにあった家を一軒燃やしかかったって話も聞いたことがあって!」
「一軒じゃない。壁を少しだけだ」
響の言葉にアスカがバツが悪そうな表情を浮かべる。嫌な気分はしていなさそうなので、単純に恥ずかしかったのだろう。
「ははは、懐かしいな。アスカがそんな話まで響くんにしていたとはね。そう、紋翼には権能のカタチが現れやすいという特徴があるんだ」
「……じゃあヴァイスさんの紋翼は茨なんですか?」
「いや、私の紋翼はもうひとつの方の権能のカタチをしている」
響はヴァイスの返答に目をしばたたかせた。
「え、他にも権能を持ってるんですか? 権能は一直系属子にひとつって言ってませんでしたっけ」
「基本的にはね。ふたつ以上の権能を持つ者もゼロではないよ。
エンラ様なんかは私が確認している限りでもみっつは持っているし、アスカだってふたつ持っている」
「へーっ、アスカ君もなんだ!? すごいね」
「……いや」
アスカは突き出していた手を下ろし、炎を収めながらそれだけ言う。
同時に炎に照らされていた黒瞳が物憂げに伏せられたが、あいにく響とは反対側へ顔を背けたため、誰にも認識されなかった。
「今の君たちはバディ関係だからね。もうひとつの権能も響くんに開示しておいた方がいいだろう」
「……」
「アスカ。もうひとつの権能も見せてごらん。もちろん放つまではしなくていい」
「…………すみません。俺にはあの権能を使う資格も、その名を口にする資格もありません」
「……、」