第16話 防具を受け取りに
文字数 3,124文字
『確かに、大罪を犯した執行者を討つのはバディだった者の責務だ。
曲がりなりにも執行者に戻った以上、宙に浮いていたその務めも君に戻っている。
だが、責務を手放すことは罪ではない。むしろ早く決着をつけねば被害は拡大する。それこそ罪だろう』
『……』
『響くんを守ることとシエルの執行は両立しない。
シエルが響くんに〝混血の禁忌〟を犯したあの夜、君は紋翼を持っているときだって紋翼のないシエルに屈した。
ならば紋翼すらない今の君がシエルに打ち勝つことは夢のまた夢、幻だ』
『……』
『君にとってシエルは恐るべき脅威だよ。
力量的にはそうでもないだろう。紋翼もなく元が戦闘を得意としないヒカリ属だからね、水の少ない場所であれば互角以上に戦えるはずだ。
だが、君はずっと覚悟を決められていないね。シエルと過ごした日々が邪魔をして本領を発揮できないでいる。
そんな状態では響くんを守れない。シエルも討てない。その命を賭けたとしても絶対にだ』
『……』
『シエルの執行を今ここで託すなら、私は一時も経たず終わらせることができる。君は響くんを守ることに注力できる。
全部が丸く収まるんだ。君がひとつ頷きさえすれば』
『……』
『だからアスカ――今すぐ、私に託しなさい』
『………………』
『…………すみま、せん。ヴァイス先輩……俺、どうしても、頷けません。それが最善だと分かっていても、俺は……』
『アスカ』
『ッ、お願いします。俺にやらせてください。確かに一度失敗しています、響を無用な危険に晒すことも承知しています。ヴァイス先輩に任せた方がいいに決まってる。
……でも、でもッ……俺のバディだったんです。弱い俺をずっと守ってくれた兄貴だったんです。
俺がやらなくちゃいけないんです。俺が、終わらせてやらなくちゃ……!』
『……』
『俺に、やらせてください。シエルは必ずまた俺の前に現れる、だから次で必ず最後にします。
今度こそやり遂げます。響の守護もシエルの執行も、全部まっとうしてみせます。
だからどうか、俺にやらせてください……!!』
『――――そうか。ならば今度こそやり遂げてごらん。
だがもう一度失敗したとき。そのときは私が有無を言わさずシエルを殺す。いいね』
『……、……はい』
『それだけじゃないよ。万が一響くんを守れなかった場合はアスカ、君も殺す。
それ自体は君も当然と受け入れるだろうが、この宣言の肝心なところがそこじゃないのは分かるね』
『……はい。〝同属殺し〟も禁忌のひとつ……禁忌を負った者に待つものは著しい弱体化です。
ヴァイス先輩が俺を殺して禁忌を負うことは、ヤミ属にとってかなりの痛手になります』
『そうだ。ヤミ属のこれからが君にかかっていると肝に銘じなさい。
君に元バディとしての責務があるならば、私にはシエルをヤミ属界に連れてきた者としての責務がある』
『……』
『いいかいアスカ。もっともっと強くなることだ。
身体も心も――二度と大事なものを取りこぼしたくないのならね』
「…………」
『ッ――〝断罪〟!!』
『…………ガッ、……ア、ぁア……!!』
「――くん、アスカ君」
響が意を決して屋上に続く自宅の階段を登り、屋上にいるアスカへ声をかけたとき。
彼は寝転びながら遠くへ注いでいた視線を、我に返ったように響へ向けた。
ようよう上半身を起こす動作に日頃の俊敏さはなく、もしや眠っていたのだろうかと響は頭を掻く。
「あ、えと。都合が悪かったら後でもいいんだけど」
「……いや。すまない。約束の時間を過ぎていたな」
言いながら立ち上がると、アスカは響の立つ階段前へと歩み寄ってくる。
その動作はやはり重く、響はわずかに眉根を寄せた。
「それは全然いいんだ。でも、もし厳しいようだったら僕だけでも大丈夫だよ。
要素を渡すときもひとりで工房に行けたし、アスカ君、さっきエンラ様のヤタから追加で休みを言い渡されてただろ」
「問題ない。行こう」
「……う、うん」
響の傍らを過ぎてアスカは階下へと下りていく。
そのまま離れていく背中を振り返る響は食い下がることもできず応じた。
アスカの右手は何かの感触を消すかのごとくしきりに動いていた。
* * *
リェナに頼まれたお使い、そしてアスカがシエルの執行を終えて既に三日が経っていた。
シエルを執行後すぐにヤミ属界へ帰還した響とアスカは、その足で裁定神殿へ向かい、エンラにシエル執行の任務を遂げたことを報告。
その際にエンラがアスカの傷の深さに衛生隊を呼んだことで、アスカは有無を言わさず治療を受けることになった。
アスカ自身は己の受傷を『ヤミ属界でジッとしていれば治る程度』と表していたが、実際は治療を受けるべき深手だったようだ。
先に軽く報告を受けていたらしいディルは、ストレッチャーを拒否し徒歩でやってきたアスカを見るなり渋い顔をし、何故か頑なに『平気です』と拒み続けるアスカを無理矢理ベッドへ寝かせ、出血を続ける首や右脇腹、左ふくらはぎに治療を施していったのだった。
アスカはそのまま強制入院となったため響はひとりで帰路につくことになった。
防衛地帯や職務地帯を孤独に歩くのは変な心地が拭えなかった。外出するときはほぼ必ずアスカが隣にいたからだ。
それでもようやく自宅の前に辿りついたのだが、響は依然としてお使いの途中であったことを思い出した。
そのためすぐ回れ右をして、記憶を頼りに〝防具工房リュニオン〟へ単身向かうこととなった。
道中は当たり前のように迷った。しかし道行くヤミたちが親切に教えてくれたので事なきを得られた。
さらに〝防具工房リュニオン〟へたどり着いたと同時にタイミング良くリェナが工房外へと姿を現してくれた。どうやら工房を閉める時間だったようだ。
響を認識した途端にコソコソし出したリェナは、工房から死角になる場所まで響を手招きし、響がすぐ前まで来ると早速権能を行使した。
響の身体に蓄積していたらしい要素なるモノ――どの場所に滞在しても要素が溜まった手応えを感じなかったので実は半信半疑だった――はリェナへと移っていき、お使いはようやく完了。
その直後、己を呼ぶ鍛冶親方・ザドリックの声が響いたのを合図に、リェナは慌てて防具完成日を告げて戻っていったのだった。
そして三日後の今日こそが、その防具完成の日なのである。
時間に正確なはずのアスカがいつまで経ってもリビングルームへ現れなかったというハプニングはあったが――彼は昨日退院した――とにもかくにもふたりは自宅を出てリェナの元へ向かっていく。
「……」
「……」
大した会話がないのはいつものことだ。
アスカは基本的に世間話の類を口にしないので用がないときは唇を引き結んでいるし、響も特別おしゃべりなわけではないからだ。
「あっ、子どもたちが公園から手を振ってくれてるよ」
「……ああ」
しかし今は無言がどうにも落ち着かず、響は沈黙を破った。
だがそれも気のない返事をされて終わりだ。響は子どもたちに手を振り返しながら、どうしたものかと考えあぐねる。
ここ数日、響はずっと悩んでいた。
兄のような存在を、バディだった者を自らの手で討ったアスカにどんな言葉をかければいいか分からないのだ。
それでも無言は重く、響は歩きながら話しかける材料を探した。できれば明るい話題がいい。
そうして他愛のない話題を振って、大半はやはり気のない返事をされて、質問をすれば二言三言返されて――そんなことをしているといつの間にか〝防具工房リュニオン〟の前に着いてしまった。
幸いにも約束の時間ぴったりの到着だったらしく、昼休憩で工房の勝手口から出てきたリェナとすぐに対面することができたのだが――
曲がりなりにも執行者に戻った以上、宙に浮いていたその務めも君に戻っている。
だが、責務を手放すことは罪ではない。むしろ早く決着をつけねば被害は拡大する。それこそ罪だろう』
『……』
『響くんを守ることとシエルの執行は両立しない。
シエルが響くんに〝混血の禁忌〟を犯したあの夜、君は紋翼を持っているときだって紋翼のないシエルに屈した。
ならば紋翼すらない今の君がシエルに打ち勝つことは夢のまた夢、幻だ』
『……』
『君にとってシエルは恐るべき脅威だよ。
力量的にはそうでもないだろう。紋翼もなく元が戦闘を得意としないヒカリ属だからね、水の少ない場所であれば互角以上に戦えるはずだ。
だが、君はずっと覚悟を決められていないね。シエルと過ごした日々が邪魔をして本領を発揮できないでいる。
そんな状態では響くんを守れない。シエルも討てない。その命を賭けたとしても絶対にだ』
『……』
『シエルの執行を今ここで託すなら、私は一時も経たず終わらせることができる。君は響くんを守ることに注力できる。
全部が丸く収まるんだ。君がひとつ頷きさえすれば』
『……』
『だからアスカ――今すぐ、私に託しなさい』
『………………』
『…………すみま、せん。ヴァイス先輩……俺、どうしても、頷けません。それが最善だと分かっていても、俺は……』
『アスカ』
『ッ、お願いします。俺にやらせてください。確かに一度失敗しています、響を無用な危険に晒すことも承知しています。ヴァイス先輩に任せた方がいいに決まってる。
……でも、でもッ……俺のバディだったんです。弱い俺をずっと守ってくれた兄貴だったんです。
俺がやらなくちゃいけないんです。俺が、終わらせてやらなくちゃ……!』
『……』
『俺に、やらせてください。シエルは必ずまた俺の前に現れる、だから次で必ず最後にします。
今度こそやり遂げます。響の守護もシエルの執行も、全部まっとうしてみせます。
だからどうか、俺にやらせてください……!!』
『――――そうか。ならば今度こそやり遂げてごらん。
だがもう一度失敗したとき。そのときは私が有無を言わさずシエルを殺す。いいね』
『……、……はい』
『それだけじゃないよ。万が一響くんを守れなかった場合はアスカ、君も殺す。
それ自体は君も当然と受け入れるだろうが、この宣言の肝心なところがそこじゃないのは分かるね』
『……はい。〝同属殺し〟も禁忌のひとつ……禁忌を負った者に待つものは著しい弱体化です。
ヴァイス先輩が俺を殺して禁忌を負うことは、ヤミ属にとってかなりの痛手になります』
『そうだ。ヤミ属のこれからが君にかかっていると肝に銘じなさい。
君に元バディとしての責務があるならば、私にはシエルをヤミ属界に連れてきた者としての責務がある』
『……』
『いいかいアスカ。もっともっと強くなることだ。
身体も心も――二度と大事なものを取りこぼしたくないのならね』
「…………」
『ッ――〝断罪〟!!』
『…………ガッ、……ア、ぁア……!!』
「――くん、アスカ君」
響が意を決して屋上に続く自宅の階段を登り、屋上にいるアスカへ声をかけたとき。
彼は寝転びながら遠くへ注いでいた視線を、我に返ったように響へ向けた。
ようよう上半身を起こす動作に日頃の俊敏さはなく、もしや眠っていたのだろうかと響は頭を掻く。
「あ、えと。都合が悪かったら後でもいいんだけど」
「……いや。すまない。約束の時間を過ぎていたな」
言いながら立ち上がると、アスカは響の立つ階段前へと歩み寄ってくる。
その動作はやはり重く、響はわずかに眉根を寄せた。
「それは全然いいんだ。でも、もし厳しいようだったら僕だけでも大丈夫だよ。
要素を渡すときもひとりで工房に行けたし、アスカ君、さっきエンラ様のヤタから追加で休みを言い渡されてただろ」
「問題ない。行こう」
「……う、うん」
響の傍らを過ぎてアスカは階下へと下りていく。
そのまま離れていく背中を振り返る響は食い下がることもできず応じた。
アスカの右手は何かの感触を消すかのごとくしきりに動いていた。
* * *
リェナに頼まれたお使い、そしてアスカがシエルの執行を終えて既に三日が経っていた。
シエルを執行後すぐにヤミ属界へ帰還した響とアスカは、その足で裁定神殿へ向かい、エンラにシエル執行の任務を遂げたことを報告。
その際にエンラがアスカの傷の深さに衛生隊を呼んだことで、アスカは有無を言わさず治療を受けることになった。
アスカ自身は己の受傷を『ヤミ属界でジッとしていれば治る程度』と表していたが、実際は治療を受けるべき深手だったようだ。
先に軽く報告を受けていたらしいディルは、ストレッチャーを拒否し徒歩でやってきたアスカを見るなり渋い顔をし、何故か頑なに『平気です』と拒み続けるアスカを無理矢理ベッドへ寝かせ、出血を続ける首や右脇腹、左ふくらはぎに治療を施していったのだった。
アスカはそのまま強制入院となったため響はひとりで帰路につくことになった。
防衛地帯や職務地帯を孤独に歩くのは変な心地が拭えなかった。外出するときはほぼ必ずアスカが隣にいたからだ。
それでもようやく自宅の前に辿りついたのだが、響は依然としてお使いの途中であったことを思い出した。
そのためすぐ回れ右をして、記憶を頼りに〝防具工房リュニオン〟へ単身向かうこととなった。
道中は当たり前のように迷った。しかし道行くヤミたちが親切に教えてくれたので事なきを得られた。
さらに〝防具工房リュニオン〟へたどり着いたと同時にタイミング良くリェナが工房外へと姿を現してくれた。どうやら工房を閉める時間だったようだ。
響を認識した途端にコソコソし出したリェナは、工房から死角になる場所まで響を手招きし、響がすぐ前まで来ると早速権能を行使した。
響の身体に蓄積していたらしい要素なるモノ――どの場所に滞在しても要素が溜まった手応えを感じなかったので実は半信半疑だった――はリェナへと移っていき、お使いはようやく完了。
その直後、己を呼ぶ鍛冶親方・ザドリックの声が響いたのを合図に、リェナは慌てて防具完成日を告げて戻っていったのだった。
そして三日後の今日こそが、その防具完成の日なのである。
時間に正確なはずのアスカがいつまで経ってもリビングルームへ現れなかったというハプニングはあったが――彼は昨日退院した――とにもかくにもふたりは自宅を出てリェナの元へ向かっていく。
「……」
「……」
大した会話がないのはいつものことだ。
アスカは基本的に世間話の類を口にしないので用がないときは唇を引き結んでいるし、響も特別おしゃべりなわけではないからだ。
「あっ、子どもたちが公園から手を振ってくれてるよ」
「……ああ」
しかし今は無言がどうにも落ち着かず、響は沈黙を破った。
だがそれも気のない返事をされて終わりだ。響は子どもたちに手を振り返しながら、どうしたものかと考えあぐねる。
ここ数日、響はずっと悩んでいた。
兄のような存在を、バディだった者を自らの手で討ったアスカにどんな言葉をかければいいか分からないのだ。
それでも無言は重く、響は歩きながら話しかける材料を探した。できれば明るい話題がいい。
そうして他愛のない話題を振って、大半はやはり気のない返事をされて、質問をすれば二言三言返されて――そんなことをしているといつの間にか〝防具工房リュニオン〟の前に着いてしまった。
幸いにも約束の時間ぴったりの到着だったらしく、昼休憩で工房の勝手口から出てきたリェナとすぐに対面することができたのだが――