4-1 人形屋敷
文字数 3,431文字
カルマ fake:recognition 4-1 人形屋敷
誰が見ても口を揃えて言うだろう。
なんてボロいアパートなんだって。
家族が寝食をしている六畳一間、他には手狭なキッチンがついている、そこに四人の家族が住んでいた。
なんとも手狭なアパートに、母親、姉と小さな弟、そして父親の四人が暮らしていた。
父親といっても、母が連れてきた厄介な居候に過ぎなかった。
でも、結婚しているくせにと周りは言ってきた。
所詮、内縁をしているに過ぎない、生活を共にしているだけで、正式に役所に結婚届けを出していなかった。
母は、こんな男とパート先で出会ったのか、聞いてもはぐらかしてくるだけだった。
周りの住民たちも、ボロアパートに集まるだけあって、子供からしたら、ちゃんとした大人のようには見えない人たちだった。
食卓に並ぶご飯は、水で極限までふやかして、まるでお粥のようにびちゃびちゃだった。
そこに醤油を垂らして食べるのが、夕食の主食だった。
偏った食事しか食べれないせいか、弟は体が同年代より小さかった。
寝る時は、姉が小さい弟を抱きかかえるように眠りについた。
弟は昔に買って貰った、黒い猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてないと寝れないようだった。
黒い猫のぬいぐるみは、弟の父親の最初で最後のプレゼントだった。
もう何年も弟に抱き締められて、黒猫のぬいぐるみはくたくたになっていた。
姉と黒猫どちらが欠けても、弟は不安で眠れなかった。
父親を装う男は、生憎たまにしか帰ってこなかった。
だが、その日は深夜に突然カギを開ける音が聞こえた。
その音を聞いて姉は身体を硬直させた。
弟も姉の何時もと違う気配に、目を覚ました。
「お姉ちゃん…、あの人帰ってきたの?」
「しっ!ダメよ、宏太!何があっても寝たフリをしてなさい。目を開いたらダメ!」
姉は、弟の耳にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。
そして、弟を覆うように掛け布団をかけた。
強引にドアを開けたのか、深夜のアパートの部屋に音が響いた。
帰ってくるなり男は、母に怒鳴り散らかした。
「おい!俺が帰ってきたんだぞ!なんとか言えや!!」
母親が部屋の電気をつけ、男に向かって慌てて謝る。
「ごめんなさい!体調が悪くて寝てたんです!許してください」
母親はみっともなく土下座していた。
そんな母親を男は鼻で笑った。
「俺が来た理由…わかるよなあ?」
「えっ?!」
母親は思わず聞き返してしまう。
その様子に腹を立てた男は、母親の髪を乱暴に掴んだ。
「カーネ!カネだよ金!」
「そ、それだけは、許して!今月こそお金を払わないといけないの!!」
男は、まるでハイエナのように、母がパートで稼いだお金が入る時に決まって帰ってきた。
これでも、付き合いたては母と男は仲が良かった。
結局、男がネコを被っていただけだが。
母は今まで、立て続けに男に裏切られて捨てられた。
その男達の置き土産が私たち姉弟だ。
堕ろす勇気もなく、男が戻ってくるという淡い期待を持って待ち続けた憐れな女は、今度こそ捨てられまいと必死に男に貢ぎ始めた。
そして、男は我々から全てを毟り取る死神となった。
それでも、母は捨てられたくないのか、たまに優しくなる男に騙され続けて今に至る。
そんな母親の女としての部分を、目の当たりにして姉は心底嫌気がさしていた。
男は飲み屋をツケてくるだけであきたらず、金を借り始めては勝てもしないギャンブルにハマっていた。
その男の借金を、母は肩代わりしていた。
借金取りが毎日のようにやってくる。
そのたびに、母は居ない男の為に頭を下げ続けた。
だが、そんな母親だったが内心キライになれない自分がいた。
「金が用意できねーってんなら、そうだな…」
男は母に興味がなくなったのか、家の中を見渡し始めた。
「おうおう、イイモンあるじゃねーか?なぁ?おまえもそう思うだろ?」
母親の表情を確認するかのように眺めつつ、男は姉弟が寝ている掛け布団を引き剥がした。
「やっ、やめて!」
咄嗟に母親が口に出すが、男は聞く耳持たない。
震える姉と弟を、男は引き離した。
姉の腕を掴みながら、じっとりと姉の身体を見つめた。
少女の身体から、大人の身体へと変わる最中の身体に満足したのか、男は姉を引っ張って連れて行こうとする。
「待って!どこに行くの?!」
母親が必死に男の足に縋り付く。
「あぁん?どこって、もう大人の身体じゃけぇ。いい金で買い取って貰うに来まっちょろう」
どうやら男は、姉を金にかえようと思っているらしい。
「おまえも、金持ちのおっさんに可愛がられたいじゃろう?わしゃ、可哀想で可哀想でたまらんから、いいとこ紹介してやろーちゅう話や、どうやワシ優しいじゃろ?」
男の発言に母親は青ざめ必死に懇願する、そんな母親を男は蹴り飛ばした。
「母さん!?なんてことするの!?この厄病神!」
姉はつい男に向かって暴言を吐いてしまう。
男は激昂して、姉の頬を容赦なく引っ叩いた。
「生意気な娘だなあ?おまえは大人しく言うこと聞いてればいいんだよ!」
頰叩かれ吹き飛ばされた姉の首を男は掴んだ。
その様子を布団の隙間から見ていた弟は、姉に言われたことを忘れ飛び出してしまう。
「うわあああああああああああ!!!」
「宏太!?出てきちゃダメ宏太!!」
姉の制止も虚しく弟は、男に突っ込んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
AM8:20
部屋のデジタル時計が点滅しながら時刻を告げる。
丁度、二時間程前にカルマは起床して、顔を洗い日課の精神統一の座禅を三十分ほど済ませて、朝ごはんの軽食を取り終えた。
歯を磨いて、部屋に戻ると昨日の晩に確認を済ませた荷物たちを目で捉える。
例え遠くへ行く任務であっても、最低限の荷物しか持ち込まないらしい。
足りないものは現地調達、よほどの田舎か未開の土地でもない限り、ある程度この現代社会なら、困らないだろう。
荷物の最終チェックに目を通し終え、カルマは闇を思わせる黒いコートの袖に腕を通した。
コートの衣服とは違う、独特の重みが背筋をシャンとさせるのを、カルマは感じ取った。
姿見の鏡で、おかしな所がないか最後の確認をする。
「よし、行こうシロ」
カルマの支度を終えるのを、大人しく待っているシロにカルマは声を掛ける。
ついに、今日はカルマの初任務の日となった。
少しばかりの緊張を感じながらも、左腕の調子も悪くない。
気合いを入れて自分の部屋を出て行った。
屋敷の中庭には、鏑木、スバル、レンの三人が早々に揃っていた。
皆の元へ、駆け足でカルマとシロは駆け寄った。
「みんな、早いな。これでも、集合時間五分前なんだけど」
「集合時間は八時半。だけど、私たちはいつも十分は早く集まっている」
レンは、いつもの調子で淡々とカルマに答えた。
「そうなのか、ごめん!今度からそうする」
「別に謝らなくていい。遅刻した訳ではない」
レンは特に気にしてなさそうだが、どう考えても隣の人間はそうは見えなかった。
いつもなら、我先にと突っかかってきては、ケンカをふっかけてくるスバルが、先程から一言も発していない。
恐る恐る、カルマはスバルの様子を探るように見る。
その様子から見て取れたのは、体中からイラついたオーラを出していた。
そして、目は座っていた。
「スバル…どうしたんだ?オレが、遅かったから怒っているのか?」
カルマはつい、レンに小声で聞いてしまった。
「気にしなくていい、多分寝不足で機嫌が悪いだけ。睡眠不足だと機嫌が悪くなる」
レンの回答にカルマは、ハハーンといい事を聞いたという顔をした。
「おい!レン、余計なことコイツに言ってないだろうな?」
スバルはカルマの雰囲気の変化を敏感に感じたのか、圧をかけ始めた。
「スバルは少し落ち着いた方がいい。気のせい、少し自意識過剰だと思う」
「なっ!」
レンからの思いもしなかった毒舌に、スバルの目は少し覚めたようだった。
その様子を見ていたカルマは、いつものすました顔のスバルがたじろぐ姿を見て少し笑った。
「何がおかしい、毬栗頭?」
スバルも調子が戻ってきたのか、さっそくカルマに毒づき始める。
「いい加減にしろ、おまえら。そろそろ、今日の任務の確認をして出発するぞ」
一つ深く息を吐いて鏑木が二人を諌めた。
「そうだった、今日は任務で遠出をするんでしたよね?」
パンッと左手に右の拳を当て、カルマは気合いを入れる。
「ああ、そうだ。今回の任務は、ドラブラという違法錠剤に因んだ捜査だ」
鏑木の顔が、ドラブラという言葉を放つ時、よりいっそう険しくなったのを感じた。
誰が見ても口を揃えて言うだろう。
なんてボロいアパートなんだって。
家族が寝食をしている六畳一間、他には手狭なキッチンがついている、そこに四人の家族が住んでいた。
なんとも手狭なアパートに、母親、姉と小さな弟、そして父親の四人が暮らしていた。
父親といっても、母が連れてきた厄介な居候に過ぎなかった。
でも、結婚しているくせにと周りは言ってきた。
所詮、内縁をしているに過ぎない、生活を共にしているだけで、正式に役所に結婚届けを出していなかった。
母は、こんな男とパート先で出会ったのか、聞いてもはぐらかしてくるだけだった。
周りの住民たちも、ボロアパートに集まるだけあって、子供からしたら、ちゃんとした大人のようには見えない人たちだった。
食卓に並ぶご飯は、水で極限までふやかして、まるでお粥のようにびちゃびちゃだった。
そこに醤油を垂らして食べるのが、夕食の主食だった。
偏った食事しか食べれないせいか、弟は体が同年代より小さかった。
寝る時は、姉が小さい弟を抱きかかえるように眠りについた。
弟は昔に買って貰った、黒い猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてないと寝れないようだった。
黒い猫のぬいぐるみは、弟の父親の最初で最後のプレゼントだった。
もう何年も弟に抱き締められて、黒猫のぬいぐるみはくたくたになっていた。
姉と黒猫どちらが欠けても、弟は不安で眠れなかった。
父親を装う男は、生憎たまにしか帰ってこなかった。
だが、その日は深夜に突然カギを開ける音が聞こえた。
その音を聞いて姉は身体を硬直させた。
弟も姉の何時もと違う気配に、目を覚ました。
「お姉ちゃん…、あの人帰ってきたの?」
「しっ!ダメよ、宏太!何があっても寝たフリをしてなさい。目を開いたらダメ!」
姉は、弟の耳にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。
そして、弟を覆うように掛け布団をかけた。
強引にドアを開けたのか、深夜のアパートの部屋に音が響いた。
帰ってくるなり男は、母に怒鳴り散らかした。
「おい!俺が帰ってきたんだぞ!なんとか言えや!!」
母親が部屋の電気をつけ、男に向かって慌てて謝る。
「ごめんなさい!体調が悪くて寝てたんです!許してください」
母親はみっともなく土下座していた。
そんな母親を男は鼻で笑った。
「俺が来た理由…わかるよなあ?」
「えっ?!」
母親は思わず聞き返してしまう。
その様子に腹を立てた男は、母親の髪を乱暴に掴んだ。
「カーネ!カネだよ金!」
「そ、それだけは、許して!今月こそお金を払わないといけないの!!」
男は、まるでハイエナのように、母がパートで稼いだお金が入る時に決まって帰ってきた。
これでも、付き合いたては母と男は仲が良かった。
結局、男がネコを被っていただけだが。
母は今まで、立て続けに男に裏切られて捨てられた。
その男達の置き土産が私たち姉弟だ。
堕ろす勇気もなく、男が戻ってくるという淡い期待を持って待ち続けた憐れな女は、今度こそ捨てられまいと必死に男に貢ぎ始めた。
そして、男は我々から全てを毟り取る死神となった。
それでも、母は捨てられたくないのか、たまに優しくなる男に騙され続けて今に至る。
そんな母親の女としての部分を、目の当たりにして姉は心底嫌気がさしていた。
男は飲み屋をツケてくるだけであきたらず、金を借り始めては勝てもしないギャンブルにハマっていた。
その男の借金を、母は肩代わりしていた。
借金取りが毎日のようにやってくる。
そのたびに、母は居ない男の為に頭を下げ続けた。
だが、そんな母親だったが内心キライになれない自分がいた。
「金が用意できねーってんなら、そうだな…」
男は母に興味がなくなったのか、家の中を見渡し始めた。
「おうおう、イイモンあるじゃねーか?なぁ?おまえもそう思うだろ?」
母親の表情を確認するかのように眺めつつ、男は姉弟が寝ている掛け布団を引き剥がした。
「やっ、やめて!」
咄嗟に母親が口に出すが、男は聞く耳持たない。
震える姉と弟を、男は引き離した。
姉の腕を掴みながら、じっとりと姉の身体を見つめた。
少女の身体から、大人の身体へと変わる最中の身体に満足したのか、男は姉を引っ張って連れて行こうとする。
「待って!どこに行くの?!」
母親が必死に男の足に縋り付く。
「あぁん?どこって、もう大人の身体じゃけぇ。いい金で買い取って貰うに来まっちょろう」
どうやら男は、姉を金にかえようと思っているらしい。
「おまえも、金持ちのおっさんに可愛がられたいじゃろう?わしゃ、可哀想で可哀想でたまらんから、いいとこ紹介してやろーちゅう話や、どうやワシ優しいじゃろ?」
男の発言に母親は青ざめ必死に懇願する、そんな母親を男は蹴り飛ばした。
「母さん!?なんてことするの!?この厄病神!」
姉はつい男に向かって暴言を吐いてしまう。
男は激昂して、姉の頬を容赦なく引っ叩いた。
「生意気な娘だなあ?おまえは大人しく言うこと聞いてればいいんだよ!」
頰叩かれ吹き飛ばされた姉の首を男は掴んだ。
その様子を布団の隙間から見ていた弟は、姉に言われたことを忘れ飛び出してしまう。
「うわあああああああああああ!!!」
「宏太!?出てきちゃダメ宏太!!」
姉の制止も虚しく弟は、男に突っ込んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
AM8:20
部屋のデジタル時計が点滅しながら時刻を告げる。
丁度、二時間程前にカルマは起床して、顔を洗い日課の精神統一の座禅を三十分ほど済ませて、朝ごはんの軽食を取り終えた。
歯を磨いて、部屋に戻ると昨日の晩に確認を済ませた荷物たちを目で捉える。
例え遠くへ行く任務であっても、最低限の荷物しか持ち込まないらしい。
足りないものは現地調達、よほどの田舎か未開の土地でもない限り、ある程度この現代社会なら、困らないだろう。
荷物の最終チェックに目を通し終え、カルマは闇を思わせる黒いコートの袖に腕を通した。
コートの衣服とは違う、独特の重みが背筋をシャンとさせるのを、カルマは感じ取った。
姿見の鏡で、おかしな所がないか最後の確認をする。
「よし、行こうシロ」
カルマの支度を終えるのを、大人しく待っているシロにカルマは声を掛ける。
ついに、今日はカルマの初任務の日となった。
少しばかりの緊張を感じながらも、左腕の調子も悪くない。
気合いを入れて自分の部屋を出て行った。
屋敷の中庭には、鏑木、スバル、レンの三人が早々に揃っていた。
皆の元へ、駆け足でカルマとシロは駆け寄った。
「みんな、早いな。これでも、集合時間五分前なんだけど」
「集合時間は八時半。だけど、私たちはいつも十分は早く集まっている」
レンは、いつもの調子で淡々とカルマに答えた。
「そうなのか、ごめん!今度からそうする」
「別に謝らなくていい。遅刻した訳ではない」
レンは特に気にしてなさそうだが、どう考えても隣の人間はそうは見えなかった。
いつもなら、我先にと突っかかってきては、ケンカをふっかけてくるスバルが、先程から一言も発していない。
恐る恐る、カルマはスバルの様子を探るように見る。
その様子から見て取れたのは、体中からイラついたオーラを出していた。
そして、目は座っていた。
「スバル…どうしたんだ?オレが、遅かったから怒っているのか?」
カルマはつい、レンに小声で聞いてしまった。
「気にしなくていい、多分寝不足で機嫌が悪いだけ。睡眠不足だと機嫌が悪くなる」
レンの回答にカルマは、ハハーンといい事を聞いたという顔をした。
「おい!レン、余計なことコイツに言ってないだろうな?」
スバルはカルマの雰囲気の変化を敏感に感じたのか、圧をかけ始めた。
「スバルは少し落ち着いた方がいい。気のせい、少し自意識過剰だと思う」
「なっ!」
レンからの思いもしなかった毒舌に、スバルの目は少し覚めたようだった。
その様子を見ていたカルマは、いつものすました顔のスバルがたじろぐ姿を見て少し笑った。
「何がおかしい、毬栗頭?」
スバルも調子が戻ってきたのか、さっそくカルマに毒づき始める。
「いい加減にしろ、おまえら。そろそろ、今日の任務の確認をして出発するぞ」
一つ深く息を吐いて鏑木が二人を諌めた。
「そうだった、今日は任務で遠出をするんでしたよね?」
パンッと左手に右の拳を当て、カルマは気合いを入れる。
「ああ、そうだ。今回の任務は、ドラブラという違法錠剤に因んだ捜査だ」
鏑木の顔が、ドラブラという言葉を放つ時、よりいっそう険しくなったのを感じた。