4-2

文字数 3,456文字

カルマ fake:recognition 4-2

境界の門で、目的地の仲介地点まで飛ぶ事になった。
その道中、カルマは今朝の鏑木の言った事を思い出していた。

ドラブラ、なんでも今世間の裏で流行っているという危険な錠剤。

正式名称、ドラゴンブラッド。

飲めば、精神が高揚し気が大きくなり、疲れを感じなくなる、症状が進むと幻覚が現れ、しまいには破壊衝動、そして徐々に体から黒い鱗が生えて獣のような外見に変貌する。
まるで、黒血の症状と似ている。

「元の発端は、ドラブラと言われるこの錠剤が、何故かある地方の町で流行していることだ。病院に担ぎ込まれた者たちを調べると、このドラゴンブラッドの成分と酷似していることが発覚した。このドラブラという薬は、昔、少しだけ出回ったことがあるが、副作用が強く、とてもじゃないが使用に耐えられない薬だった。ウチの組織の部隊がドラブラの組織を壊滅させる事に成功、以来姿を消していた」

鏑木は淡々とした口調で、今回の任務を語った。

片田舎で巻き起こった今回の事件は、どうやらまだ世間には広まっていないらしい。
わざわざ、田舎を選ぶのだから理由があるのかもしれない。
実験をしても気付かれづらく好都合…まるで、自分の身に起きたあの忌々しい事件のようだと、カルマは静かに憤った。
そんなカルマの様子に気づいたのか、レンが声をかける。

「これ以上の犠牲者は出させない」
「!ああ、そうだな…!」

レンはカルマの顔を見ながら頷いた。
レンの発言のお陰で、今の自分はあの時と違うことに気づいた。
今のカルマには、鏑木に、口は悪いが何だかんだ助けてくれるスバル、そしてレンという心強い仲間がいる。
(絶対に止めてみせる…!)
カルマは左手に力を込めて気合いを入れ直した。

境界の門の今回の終着点が見えてきた。
門の扉の鈴がリィィィインと鳴り、目的地にたどり着いたことを告げる。
境界の門の利用は、いつも不思議な感覚に陥る。
目的地を指定し、ずらりと並んでいる鳥居をくぐり続けるとグニャりとした空間が現れる。
そこをくぐれば、開通していることが条件だが何かの交通を利用するより、遥かに速くたどり着くことが可能となる。

着いた場所は、田舎にして唯一の総合病院だった。

県外からのナンバーもチラホラ見かける。
花衣の病院ほどでは無いが、中々の広さがありそうなことが外観でわかった。
都会とやはり違うのは、病院の周りから他の建物までの距離であった。

トウキョーは、花衣の病院に限ったことでは無いが、どの土地も余すことなくギュウギュウに詰めて建てられていた事を思い出した。
遮蔽物がなく見渡しがきく光景は、ある意味清々しさを感じた。

きっと、天気が優れている日に来れば、綺麗な空を拝めたかもしれなかった。
といっても、この時代じゃ青空は見え無いだろうが。
灰の日の影響か今では空は全体的に、乳白色のモヤようなものに包まれているからだ。

そして空気が少し重かった。

この田舎に相応しくないほどであった。
人の往来が多いトウキョーよりも、澱んでいる空気を感じ取った。
鏑木も感じ取ったのか、怪訝な顔をして呟いた。
「灰でも降りそうな天気だ…」
「天気予報では、晴れだと言ってたんですがね…」
スバルがわざとらしく肩をすくめてみせた。

「もはや、天気予報など…当てにならん」
どこからか、しわがれた声が聞こえた。
後ろの方を振り向くと、腰を曲げ杖に支えられた老爺がゆっくりとした足取りでやってきた。

「お若いの…こんな辺ぴな田舎に何のようじゃ?悪いことは言わない、早く立ち去りなされ」
老爺は、病院を不愉快そうに見上げた。
「爺ちゃん、ここの住人か?何か知ってるのか?」
カルマは何の迷いもなく、気さくに話しかけた。
スバルは、カルマを睨みながら黙って様子を伺った。
「儂は生まれてからこの方、ずっと、ここの土地に住んでおるよ」
そういうと老爺はポツポツと話し出した。

「ここ最近は、若い者たちは皆仕事を求めてここを離れていく一方だというのに。突然じゃ、働き盛りの人間たちが集まり始めた。なんでも、美味しい話があって出稼ぎに来たということじゃった。こんな田舎にそんな話はあるのかと、長年住んでいても聞いたことがない儂は驚いた。どうやら、この町に住んで、普通に過ごすだけでガッポリ稼げると。ある企業の田舎促進キャンペーンらしかった。じゃが、治安が悪くなり夜中も騒がしくなった。そして、怪奇現象のように、人喰いの獣の噂まで出はじめ、極めつけは奇病じゃ」

そう言うと深いため息をついた。

カルマは老爺が言った、気になるワードを問う。
「爺ちゃん…ある企業ってどこか知ってるか?」
カルマが尋ねるが、老爺は腰が痛いのかトントンと叩きながら気怠げにする。

「本当に、余計な事をしてくれたものじゃ。昔は、のどかだが、平和だったというに。お前さんたちも、さっさと立ち去るが良い、じきに灰が降る」

そう言うと老爺は病院を見上げ、来た時と同じようにゆっくりと元来た道を歩いていった。
鏑木たちは老爺が、見えなくなるまで見送った。
「ふむ、とりあえず俺たちは任務のことだけを考えろ。この事件を我々に知らせてくれた、ここの病院の院長に話を聞こう」

鏑木は行くぞといい、病院の裏口へと歩き出した。
座間照明という名の人物が奇病が発生していると、患者の細胞のサンプルを、花衣がやっている総合病院に送ったことが今回の任務の発端らしかった。

花衣の病院は、奇病などの専門外来も備えていて病院間では有名だと教えてもらった。
病院の裏口に辿りつくとインターホンがあった。
鏑木はインターホンを押すも応答はなかった。

しばらく押し続けると、中の人間が急いで出てきた。

「と、突然なんなんですか?!あなたたちは!今忙しいんです!アポイントちゃんと取ってください!」

染めた栗色の髪を前髪ごと一つのお団子にまとめ、ナースチュニックと呼ばれるツーピース状の白い服を纏っている、胸のネームプレートには佐々木と書かれた女性が現れた。

ここの病院の看護師だろうか、思っていた反応と違ってカルマは少し困惑した。

カルマ以外の三人は、相手のそんな様子も慣れているのか、全く持って動揺が見られなかった。

「アンタたちの院長、座間照明に用がある。呼んだのはアンタたちの院長のはずだが?」

鏑木の座間照明という名前を聞いて、看護師の顔色が青ざめた。
強く看護師は取り乱し、何処かに連絡し始めた。

看護師の顔がコロコロと変わる様を、見ながら答えが出るのを待つこと数十分。

カルマは、看護師の顔を眺めるのも飽きてきて、地面の蟻たちが自分の巣を塞ぐのをじっくりと観察する。
その蟻たちの行動を見て、やっぱり灰でも降るのかとカルマはぼんやりと考えていた。

「…おまたせしました。院長がお会いになるそうです」

看護師のその顔は酷く疲れたのか、ものの数十分で変わり果てたように見えた。
なんとか、病院の院内へ足を入れることを許されたようだ。
看護師の案内で、鏑木たちは玄関へ踏み入れる。

「おい、毬栗頭!何してんだ?行くぞ」

スバルに呼びかけられて、カルマは慌てて観察していた蟻の巣と別れた。

先に院内へ入っていった鏑木たちに、少し遅れてカルマは後へと続いた。
玄関のドアにカルマが差し掛かろうとしたとき、不意に何か気配を感じ後ろを振り返る。

後ろには、先程まで自分しか居なかったはずだったが、そこには黄色いレインコートを着た少年がぽつんと立っていた。
黄色いレインコートを着ている少年は、小学三年生くらいの背丈で、コートに付いているフードを目深に被っている。
少年に気を取られていると、いつまでたっても来ないカルマを呼びにレンがやって来た。
「カルマ、みんな行ってしまったけど、どうかした?」
レンに声をかけられて、カルマは我に返り今の出来事を簡単に語った。

「?レインコートを着た少年なんて、私には見えない。代わりに黒猫なら居るけど」

レンの一言に、カルマは慌てて先ほど少年が居た方を確認する。

確かに居たはずの、黄色いレインコートの少年の代わりに黒い猫がそこには佇んでいた。
「確かに居たはずなのに…オレ見たんだ!」
レンはカルマの言葉に首を横に振って応えた。
納得のいかないカルマは、もう一度さっきの場所を真剣に見つめた。

黒い猫はカルマと目が合うとにゃあと一声鳴いて、駆けて行ってしまった。

「特に何もないみたいね、隊長たちも待たせているから早く行きましょう」
流石にこれ以上鏑木たちを待たせるわけには行かず、カルマはしぶしぶ了承した。

「わかった…隊長たちの所へ行こう」

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登場人物紹介

狗神苅磨《いぬがみかるま》

主人公、ある事件に巻き込まれ八咫烏に所属することとなった。

皇スバル《すめらぎすばる》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人。

神経質で口が悪い。鉄の糸の使い手。

綾瑪玲音 《あやめれん》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人の少女。

機械のように感情の起伏に乏しい。

高木繭花《たかぎまゆか》

苅磨の高校の先輩。

好奇心旺盛で、お節介な性格。

菜月《なつき》

苅磨がお世話になっている夫妻の一人娘。

苅磨を兄のように慕っている。

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