2-1 旅立ちの夜明け

文字数 2,667文字

カルマ fake:recognition 2-1 旅立ちの夜明け

街はずれの丘のふもとまで歩くと、先に着いていた二人と合流した。
鏑木から借りたコートを着た後ろの人物を見るや否や、少年から気不味い空気が流れたのがわかった。
黒装束の少年は、鬼の面の男が連れて来た苅磨を見るなり怪訝な顔をしてこちらを睨みつけている。
「隊長…、本当にそいつも連れて行くんですか?」
「ああ、そのつもりだが…」
「はぁ…、どうなっても知りませんよ?」
「責任なら俺が取るから心配するな」

先程までの、空から降る灰が嘘のように晴れ渡っていた。
昨今、厚い雲に覆われ、太陽を拝める晴れの日を見たものはいないというのに、月だけは灰の日以外は爛々と輝き怪しく夜を照らしていた。
月光に照らされて、黒装束のフードの中から覗く少年の顔がよく見えた。

髪は黒曜石のような艶やかな黒髪で、瞳は紫水晶のように月夜に輝いていた。
はたから見ると、少女のように見えるかもしれないと苅磨は思った。
もう一人の少女は、フードを目深に被ってしまってよく見えなかった。

鬼の面の男は、睨みを利かせる黒髪の少年と苅磨の合間に割って入った。
「お前たち、いい加減にしろ」
そう言うと、男は着けていた鬼の面を外した。

黒味がかったアッシュの髪をオールバックにしている。
顔は強面に感じられたが、実直そうな男だった。
「俺の名は鏑木。鏑木玄馬(かぶらぎげんま)だ。ここの部隊の隊長を務める。そしてこっちのムクれてる奴が(すめらぎ)スバル。で、あっちの」
鏑木が紹介するのを遮って少女は自分で名乗った。
「私は綾瑪玲音(あやめれん)。レンでいいわ」
「えっと、オレはいぬっ「イヌガミ カルマでしょう?覚えてる」
自己紹介をしようとしたが、レンという少女に取られてしまった。

「そんな事より、隊長これからどうするの?」
面を食らって固まってる苅磨を意にも介さず、レンは鏑木と次の話に移った。
「そうだな、カルマの腕の状態も詳しく知りたい。あそこなら保護もしてくれるだろ」
「了解」
そう話をつけると、皆目検討もつかないカルマを差し置いて三人は進もうとする。
「いや、あの何処に行くんですか?」
鏑木玄馬はニヤリとしながらカルマに答える。
「行けばわかる」
カルマは腑に落ちなかったが、言われるがまま着いて行った。




随分と遠出をしたものだ。
トウキョーシンジュクにあるトウキョウト花衣総合病院。
カルマが居た街も、別にトウキョーからそれほど離れた場所ではないのだが、ずっとあの街から出た事がないカルマにとって、とても遠い場所に来たように感じられた。

色々なビル群をここに来るまでに見たが、その中でもかなりの大きさを誇るのではと、病院を見上げながらカルマは思った。
「おい、こっちだ。早く来い」
カルマを呼ぶ声が聞こえた、鏑木に手招きされ着いた場所は病院の裏口だった。
「裏口から行くんですか?」
カルマは疑問を口にした。
「話は通してある。それに俺たちが正面玄関から行ったら迷惑だろ。一応、一般の患者も通っている病院だ。今の時間はいないだろうがな」
その一言にカルマは納得した。
「すみません、野暮な事を聞きました」
自分の無知さに、少し恥ずかしさを感じ頰が熱を帯びた。


「お待ちしておりましたぁ〜!」
裏口から入るなり、パタパタという足音と共に三つ編みを揺らしながら、大きめの白衣の袖をまくっているのが特徴的な少女が走って来た。
「鏑木玄馬隊長、ご一行様ですね!案内を担当します、椿乃小鳥(つばきのことり)と申します!どうぞこちらにいらっしゃって下さい!」
椿乃小鳥は、カルマたちとそう変わらない歳に見えたが、どこか慌ただしさが出ている女性だった。
「おっと、レン、スバル。お前たちは、先に本部に帰って報告しておいてくれないか?」
「そうですね、オレたちはそれで構いませんよ。では、隊長また後ほど」
そう言うなり、二人は黒い影に包まれ消えてしまった。
カルマは驚いたが、ここの世界では当たり前なのであろうか、…はやく慣れねばと思い直した。


カルマと鏑木は、椿乃小鳥という女性の案内で診察室に向かった。
診察室に向かう道中、椿乃小鳥はよく喋った。
「大変だったみたいですね〜、みなさん無事で良かったです〜!あっ、でもウチの院長は呆れていたみたいですから、気をつけて下さいね〜またカミナリが落ちてしまうやも知れません」

「ああ、…そうか。それは厄介だな…」
あの、強面の鏑木玄馬の顔に緊張が走る様子を見てカルマは少し恐怖心を覚えた。

通路をしばらく進んでも時間も時間だが、他の一般外来の患者と誰とも出会わなかった。
外が見える窓をふと見ると、いつのまにか日が昇っていたようだった。
相変わらずの曇りの日だったが、今は安心感が勝った。
大きな窓から、優しい朝の日差しが差し込んで独特の居心地の良さが感じられた。

「着きました〜、こちらが診察室になります!どうぞお入り下さい!中で、院長がお待ちしております」
明るい椿乃小鳥の声が響くと同時に、ガラッと音が鳴り白い扉が開いた。


「待ってたわよ、鏑木玄馬。それとアンタが狗神苅磨ね?」

診察室に入るなり声が飛んできた。
そこには丁寧に手入れをされた、天河石色の髪を腰まで伸ばした女性と見紛う男性が居た。

「報告には目を通したわ。大変だったようね。だけど玄馬、貴方らしいと言えばらしいけど、褒められた物じゃないわよ」
「ああ、わかってる」
「大体、深夜に突然連絡してくるんだもの。あれから、私達ずっと起きて待ってたのよ?そこんとこ忘れないで頂戴」
「借りは返す…」
会って早々、口早に苦言を語る美しい人物に鏑木は短く答えるなり頭を掻いた。

そんな二人のやりとりに、カルマは意を決して入っていった。
「あ、あのー、お取り込み中悪いのですが…」
「あら、そうだったわね。私は花衣(はない)宗十郎(そうじゅうろう)。お祖母様から受け継いだ、ここの病院の院長を務めているわ」
カルマが声をかけても、花衣はその美しくも厳しい態度を崩さなかった。
「本題に入る。宗十郎、カルマの腕を見てくれないか?」
「ええ、わかっているわ。では、診察を始めましょうか」
花衣は椅子から腰をあげると、ヒールと合わせて鏑木に迫るくらいの長身だとカルマは思った。
まるで、孔雀のような花衣の立ち姿はモデルのようで、着ている白衣がいっそう美しさを醸し出していた。

花衣 宗十郎はぼっーとしているカルマを見て、この子は頭でもぶつけたのかと鏑木に聞く。
鏑木は花衣の問いに、少し困ったように否定した。
花衣に見惚れていて、ハッと今の状況に気付いたカルマは、恥ずかしさ故か居心地が悪くなったが、花衣はあら、そうとだけ短く言い診察を始めたのであった。
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登場人物紹介

狗神苅磨《いぬがみかるま》

主人公、ある事件に巻き込まれ八咫烏に所属することとなった。

皇スバル《すめらぎすばる》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人。

神経質で口が悪い。鉄の糸の使い手。

綾瑪玲音 《あやめれん》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人の少女。

機械のように感情の起伏に乏しい。

高木繭花《たかぎまゆか》

苅磨の高校の先輩。

好奇心旺盛で、お節介な性格。

菜月《なつき》

苅磨がお世話になっている夫妻の一人娘。

苅磨を兄のように慕っている。

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