コウノトリの届け物

文字数 1,448文字

その日、僕は自室で小説を書いていた。部屋のドアがそっと開けられたので、集中が切れた。
美雪はドアの隙間から滑り込んできて、そっとドアを閉じた。そのままドアに寄りかかって、こっちには近付けなかった。何か言いたげそうな表情を浮かべて、しかし俯いて一言も喋らなかった。
違和感を感じて僕から話かけた。
「どうしたの?」
彼女の表情の変化見逃さないように、じっと観察していた。
少し間を置いて、ようやく勇気を出したのか、彼女は低めな声で言ったーー
「私、出来ちゃったみたい」
「何?」
驚きでやや声を上げた。それが責めているように思わただろうか、彼女は申し訳ないような表情を浮かべた。
「生理が来てないから、もしかしてって思って、妊娠検査薬で確かめた。結果は陽性だった。それでも信じられなくて病院に行った。ついさっき報告が出た」
「出来ちゃったのか、子供を」
これまで安全日じゃない日の性交は控え目にしてきたから大丈夫かと思った。偶に彼女は心の病で弱った時、苦痛を忘れさせるために体を貪り合ったこともある。そうする度に僕達はアビスに一歩前進したような気がした。それでも僕は彼女を拒まなかった。碌に避妊もしてこなかったからいつかは出来ると考えたこともある。
「落とそうかと思って」
温度のない言葉だった。それに反して、彼女下唇を噛んで、酷く苦しそうな表情だった。
「だめだ!僕達の子だぞ!」
いつもの優しい言葉じゃなく、今回だけは厳しく彼女に言った。これだけは譲る気はない。他人ならともかく、親なにる彼女本人に、僕達の愛の結晶を否定されたくなかった。それに、母親の分まで、彼女には十分な罪を背負っていた。それ以上の罪重(つみかさ)ねはやがて彼女を押潰してしまうかもしれない。
「この子は生まれてくるべきじゃないのよ。万が一障害持ちだったら一生不幸になるよ。それに、私みたいな母親は子供を幸せにできないわ」
まだ膨らんでもいないお腹を撫でて、美雪は悲しそうに言っていた。
「誰がそう決め付けた?親がどうだろうと、子供には関係ないはずだ。その子が障害持ちの可能性があるのは承知の上だ。本当にそうなったらそれは人の(みち)を踏み外した僕らへの罰なのだ。それを生涯捧げてその子をなんとしてても幸せにすることこそが僕らの贖罪なのだ」
「無理だよ。私は今でも一樹に面倒をかけているから、その子を幸せにするほどの力はないよ」
それを聞いてイラっときた。椅子から立ち上がって、彼女の真正面から肩を掴んで、強く言ってやった。
「無理なんかじゃない。そうしなくちゃいけないのだ!己の罪を懺悔しているならこれ以上罪を重なるな!その子は僕達の愛の証だよ。それすらも否定するのか?それこそ誰もが不幸になる選択なのよ」
両手で顔を覆って彼女は泣き出した。
「一世一代のお願いだから、子供を産んで。これを贖罪だと思って、今後は何かあってもその子のために尽くしてあげて。それが君の義務であり、罪滅しでもあるんだ。辛いと思う時はいつでも僕に頼って。僕はどんなことがあっても君を支え続けるから。家族三人で今までに体験したことのない団欒をしましょう。悲しみも喜びも分け合って、一緒に生きよう、ね?」
「……うん」
長い沈黙を経て、ようやく彼女は頷いた。
「よかったぁーー」
重い荷を下ろされたかのようにほっとした。美雪を懐に迎え入れて、抱き締めた。これから子供との三人生活が待っていると思うと、期待や希望に満ち溢れたて、目頭が熱くなって涙が出た。
子供の名前、どうするかな?
お互い落ち着いたらまたじっくり話し合おうか。
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