第36話

文字数 1,196文字

 校門で登校班がばらける。普段通りの、朝の光景。だが龍太は、いつもと違う緊張感に包まれていた。いつ、どこで山田さんは手紙を渡してくれるのだろう? 手紙のことは皆に内緒、と山田さんは念押ししていた。だからあからさまに渡してくることはないと思う。彼女からのサインに気付けなかったら、手紙は受け取れないのではないか? 彼女の思惑と違う反応を自分がして、みんなにバレてしまったらどうする? 心配が先行する。

 教室に入ると、昭と孝弘がゴムボールを投げて遊んでいた。これから人が増えるので、危ない。あの二人、調子に乗り過ぎだとも思い、止めるよう声を掛けた。素直にキャッチボールを止めた二人だが、その時後ろの入口から鈴原さんと井崎さんが入ってきた。自分の注意によってではなく、おそらく彼女たちの目を気にして止めたのだろうな、と龍太は思った。

 少しして山田さんが入ってきた。龍太の席の近くを通り過ぎるとき、「おはよう、黒木君」と言ってくれたが、それっきりだ。いつものように孝弘の隣の席にランドセルを掛け、座ってしまった。
 がっかりしつつ、まだこの緊張が続くのかという焦りを感じながら一時間目、二時間目と過ぎていった。三時間目までには二十五分あるが、次が体育なのでこの時間中に着替えなければならない。五年生からは一組二組の体育が同じ時間に行われ、女子は隣の一組に行って着替えるようになっていた。一組の男子は二組の教室に来る必要があるのだが、早めに追い出されてしまうのは嬉しくない。二組で良かったと龍太も思っている。
 山田さんも体操着の入った巾着を持って、一組に行ってしまう。あまり意識しないようにしようと、黒板の近くで吾郎と喋っていたので、彼女が出ていくところは見ていなかった。

 体育は運動会の練習で、この日は組体操だった。危険だという意見もあったが、低学年の頃から憧れていた種目だ。ついに上級生になったという喜びを感じながらの練習だった。
 龍太は三層のピラミッドの真ん中だった。その下には孝弘がいた。昭と比べるとよく分からなかったが、孝弘も夏の間にかなりがっしりと成長したようだ。背中が大きいと感じる。孝弘は山田さんの件でライバル視する存在。その孝弘が自分の下で四つん這いになっている。下に降りるときにその手を踏んでやろうか、などと考える。隣のピラミッドにいた昭の掛け声で形を崩すが、当然手をわざと踏むなんてことはできなかった。
 昭がいるピラミッドの頂点には、小柄な泰史がいた。てっぺんで何か叫んでいたが、誰も相手にしていなかった。上から降りてきた泰史は、黙って直立していた。決まり通りではあるのだが、泰史を知る者としては意外な姿であり、それが泰史の成長によるものだとは思えなかった。

 少し暗い気持ちになりながら、泰史と並んで教室に戻ることになった。自分の机をみると、棚の奥に何かが入っていることに気付いた。
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