第132話

文字数 1,079文字

 龍太の脚に力が入るのは当然だった。山田さんの笑い声がだんだんと近くなり、龍太は立ち止まった。
「おい、続き、やろうよ」龍太がそう言っても、三人は山田さんを囲んだままだった。
「なあ、龍太も来いよ」吾郎が振り向いて龍太を誘った。
 目元が緩まないように気を付けながら、今度はゆっくりと歩き出した。あと数歩で皆のところに着くという距離になり、輪のなかから白いボールが投げだされた。そのボールはしかし、緩い放物線を描きながらも龍太の位置には落ちそうになかった。龍太は身体を右前に傾けながら、そのボールをグローブに収めた。
「なんだよ、このへなちょこな球?」
 そう言ったとき、山田さんが目の前にいた。身長は龍太が少しだけ高い程度なのに、本当に直前まで気付けなかった。
「へなちょこで悪かったわね? 結構真面目に投げたんだけどな」
 そう言う山田さんの左手はピンク色のグローブで覆われていた。
「えっ、ああ、うん。ごめんね、そんなつもりじゃ……」
 驚きと喜びがごちゃ混ぜになり、言葉がうまく出てこない。吾郎がニヤニヤしながらこのやり取りを見ている。ような気がしてならない。洋一郎はどうだろう? 泰史は? 周りの目も気になって仕方がない。
「山田も一緒にやるんだって。なんだか新鮮だな」
 吾郎の台詞を合図に、皆が定位置に散った。山田さんは龍太と洋一郎の間に入るような形になった。ボールは龍太が持っており、それを泰史に向かって投げた。ボールは泰史の立つ場所より右にずれていったが、泰史はそれを難なく捕球し、素早く吾郎に投げた。泰史は吾郎がボールを捕ったことを確認してから、龍太に目を向けた。そしていたずらっぽく笑った。
 林間学校のとき、龍太の好きな人は山田さん、と断じたのは泰史だった。実のところ、それ以降龍太は彼女を意識するようになった。つまり今、龍太が山田さんと仲良くできているとすれば、それはもしかすると、泰史のお陰だと言えるのかもしれない。となれば泰史のあの笑みは、お前らうまくやれよ、とでも言いたげなものなのかもしれない。
 ボールは吾郎から洋一郎へ渡り、洋一郎は山田さんへと山なりの球を投げた。それでも山田さんはグローブの先にボールを当て、うまく捕球できなかった。転がったボールは再び吾郎の前に行きつき、それを吾郎が山田さんに向かって放った。
 洋一郎のときよりもゆっくりと、きれいな放物線を描いて山田さんのグローブの真ん中にストンと落ちた。すかさず吾郎は、「ナイスキャッチ、山田!」と声を出す。山田さんは嬉しそうな表情で飛び上がった。その時、グローブからボールがこぼれ落ちた。
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