二十二の巻 素性

文字数 3,190文字

    [二十二]


 極秘交渉の末、成り行きから幸太郎は、貴堂沙耶香の会社に就職するという事に決まった。
 災い転じて福と成……すのかどうかわからぬが、幸太郎はそれを了承したのである。
 貴堂沙耶香の表情を見る限り、何か別の思惑があるように見えるが、まぁ我はそれを楽しむとしようかの。
 次は幸太郎に何が待ち受けておるのやら。
 それはさておき、幸太郎と貴堂沙耶香は部屋のテーブル席につき、スマホで互いの連絡先を交換したところじゃ。
 これで極秘交渉は終了じゃな。

「さて、それじゃあそろそろ、俺は自分の部屋に戻るとします。あまり長くいると、妙な誤解が生まれそうですし」

 幸太郎はそう言って、席を立った。
 貴堂沙耶香もそこで立ち上がり、微笑んだ。

「ふふふ、確かに……若い男女だから、妙な噂も立つかもね。それにしても、祟り神に憑かれた人を見れるなんて思わなかったわ。貴重なモノを見れたので、一応、礼を言っておくわね。ありがとう、三上君」

 幸太郎は嫌そうに貴堂沙耶香を見た。

「その、お礼はやめて下さい。あんまり嬉しくないんで……」

「ふふふ、まぁそれは冗談よ。でも、何なのかしらね、その祟り神さん……古代の祈祷師みたいな格好だし、気になるのよねぇ……」

 貴堂沙耶香はなぜか知らぬが、我を興味深く見ておった。
 特殊らしいので、色々と気になるんじゃろう。

「ああ、それですか。まぁこれは俺の考察なんですけど……恐らくこの疫病神、卑弥呼なんじゃないですかね」

 幸太郎は他愛ない感じで、それに答えた。
 するとその直後、貴堂沙耶香は大きく目を見開いたのである。
 驚愕といった感じじゃ。

「はぁ!? ヒ、ヒミコ? ちょっと待って! な、なんで、そう思うのかしら?」

 貴堂沙耶香は珍しく、動揺を隠せないようじゃった。
 我は卑弥呼とやらが何か知らぬが、かなり驚く事なのじゃろう。
 以前、幸太郎も言っておったが、卑弥呼とは何者なのじゃろうのう。
 聞いた事もない名前じゃが、さて……。
 幸太郎はそこで我に視線を向けた。

「なぁ疫病神さんよ……アンタ、以前、大陸にある魏の国から来た使者と、話をした事があるとか言ってたよな。おまけに、その魏の国に使者を送り、親魏倭王(しんぎわおう)の称号と金印紫綬(きんいんしじゅ)を賜ったとも」

「ああ、言ったのう。それがどうかしたかの?」

 貴堂沙耶香はそれを聞き、少し後ずさると、口元に手を当てていた。
 そして、我に向かい、信じられぬモノを見るかのような視線を向けたのじゃ。
 ふむ、コレは恐らく、我が知らぬ歴史に関係する事なのかものう。
 まぁ今となっては、どうでもええ話じゃがな。

「そ、それってまさか……邪馬台国の女王の?」

「だと思いますよ。でも、この方、その辺の記憶をかなりデリートしてるみたいなんですよ。そうなんだろ? 疫病神さん?」

 幸太郎はそう言って我に話を振ってきた。
 慌て驚く貴堂沙耶香とは対照的に、面倒臭そうな表情の幸太郎であった。
 面白い構図じゃ。
 それはともかく、答えるとするかの。

「幸太郎の言うとおりじゃな。我は邪馬台国とか、卑弥呼なぞ、知らぬぞよ。我がいたのはヤマタイコクではなく、ヤマトの国じゃった……ような気がするんじゃがのう。もう忘れたわ」

 幸太郎は貴堂沙耶香に振り向き、疲れたように両手を上げた。

「ね? こんな感じなんスよ。で、俺もあれからちょっと調べたんですけどね。魏志倭人伝は……って、これは後世の日本側の言い方だったな。まぁそれはともかく、魏志倭人伝に当たる向こうの紀元前の歴史書、三国志の魏書・第30巻の烏丸鮮卑東夷伝(うがんせんびとういでん)には、確かに卑弥呼と邪馬台国が出てくるんですけど、これって当時の向こうの人達が、勝手にそう記しただけで、本当はどうだったかなんて、わかんないんですよね。大体、使われてる漢字が、思いっきり蔑んだモノになってます。普通、卑しいとか邪とか、自分の国や名前に使わんでしょ。当時も今も、同じような意味合いの漢字ですしね。まぁそういうわけで、俺に祟っているこのお方は、別の名前だった可能性があるんですよね。で、その部分を疫病神さんは綺麗サッパリ忘れてるんですよ。というのが、俺の考えです。どうです、この仮説?」

 軽く話す幸太郎と違い、貴堂沙耶香は少し及び腰になっておった。

「ま、まぁ……筋は通ってるけど……ええぇ……それが本当なら……ええぇ……」

 貴堂沙耶香は呆然と我を見ていた。
 恐らく、頭の中で整理がつかんのじゃろう。
 幸太郎はそんな貴堂沙耶香を見て、やや困った表情で、後頭部をポリポリとかいていた。
 予想外の反応で困惑したのかもの。

「すいません、ちょっと混乱させましたかね? とりあえず、あまり深く考えないで下さい。所詮、素人の戯言なんで。さて、それじゃあ、俺はこれで……」

 幸太郎はそう言って、この部屋の入口へと向かい、ドアノブに手を掛けた。
 するとその直後じゃった。

「あ、ちょ、ちょっと待って、三上君!」

 貴堂沙耶香が慌てて呼び止めたのである。

「ん、どうかしました?」

「今の話……誰かにした?」

「いえ、貴堂沙耶香さんが初めてですよ」

 それを聞き、貴堂沙耶香はホッと安堵の息を吐いた。

「そう、良かった。あのね、三上君……今の話、私以外に話したら、絶対ダメよ! いい!」

 貴堂沙耶香は幸太郎に急接近し、鋭い目で力強くそう告げた。
 幸太郎はこの豹変ぶりに、少したじろいでいた。

「ど、どうしたんですか、急に……」

「いい! 絶対よ! 私と貴方だけの秘密だからね! 返事は?」

 貴堂沙耶香はそこで、人差し指を立て、更に詰め寄ったのである。

「は、はい……わかりました」

 幸太郎はそれに気圧され、コクコクと首を縦に振っていた。
 こりゃ、何かあるのう。

「よろしい……じゃあ、折角なんで、もう少し、お話をしましょうか? いいでしょ? どうせ、何もする事ないんでしょうし」

 貴堂沙耶香はなぜか幸太郎を引き止めてきた。
 コチラをチラチラ見てくるので、どちらかというと、我に用があるんじゃろうのう。
 ほほほほ、面白い女子じゃ。

「え? でも、もうそろそろ、夕食の時間ですよ」

「あら、もうそんな時間なの?」

 貴堂沙耶香は腕時計を見た。

「本当ね。じゃあ、一緒に食べに行きましょうか、三上君。ン?」

 するとその時、「コンコン」と、扉がノックされたのじゃった。
 幸太郎と貴堂沙耶香は、そこで顔を見合わせた。
 予想外のノックだったのじゃろう。

「誰ですか?」

 と、貴堂沙耶香。

「あの……北条です。すいません、お忙しいところ……」

 声の感じからすると、どうやら北条日香里のようじゃ。
 さて、隠れるとするかのう。

「え、北条さん? ちょっと待ってね」

 貴堂沙耶香はそこで我に視線を向けた。 
 もう既に、我は気を下げておるので、姿は見えぬ筈じゃ。

「もう隠れたのね。察するのが早くて助かるわ」

 貴堂沙耶香はそう言って扉を開いた。
 すると扉の向こうには、北条姉妹が何ともいえぬ微妙な表情で、静かに佇んでいたのじゃった。
 なにやら妙な雰囲気じゃのう。
 はてさて、どうしたのやら。

「あら……北条明日香さんと日香里さんじゃないですか。どうかされたのですか?」

 日香里は部屋の中をチラッと見た。
 そこで幸太郎と目が合った。
 すると日香里は、気まずそうに目を逸らし、話を始めたのじゃった。

「すいません、お話し中のところ……三上さんの帰りが遅いので、何かあったのかと思って、お伺いしてしまったのです」

「え? 三上君? ああ、そういうことね。それなら、もう終わったところよ。今から彼と夕食に行くところなのよ。何でしたら、北条さん達も一緒に来られますか?」

 北条姉妹は顔を見合わせた。
 そこで明日香が日香里に小さく囁いた。
 そして、2人は頭を下げたのである。

「はい、それでは私達も、ご一緒させて頂きます。よろしくお願いします、貴堂様」と――
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