二十九の巻 総帥

文字数 5,094文字

    [二十九]


 幸太郎は面白くなさそうに車のハンドルを握り、次の目的地へと向かっていた。
 対する貴堂沙耶香は、胸のつっかえが取れたかのように、晴れ晴れとした表情をしておった。
 挙句の果てに、助手席で腕と足を組み、余裕の態度だったのじゃ。
 もう怖いものなしじゃな。

「三上君、貴方を頼りにしてるわよ。うふふふ、これで一安心だわ。ヒミコ様のお陰ね」

 貴堂沙耶香はニコニコじゃ。
 対する幸太郎はムスッとしておるのう。
 ウケる。

「ええ、俺もさっきのやり取りで、初心に戻りましたよ。俺の意思と関係なしに、面倒が起きるのは、陰の気が集まってくるからじゃなく、本体がいるからだと改めて思いましたから」

 幸太郎は口を尖らせ、親指で我を指さした。
 弟子の癖に、敬意の欠片もない態度じゃ。
 かなり頭に来たんじゃろうの。
 ほほほほ、怒れ怒れ。

「まぁまぁ、いいじゃない。ヒミコ様は貴方の師でもあるんだから。それに実を言うと、あの八王島のイベントで、貴方が術を使ったのを見た時から、ずっと考えてたのよね。三上君と大武會の件を交渉してみようって。かなり高い霊力を練れてたから、目を付けてたんだけど、思わぬ形で交渉成立したから良かったわ」

 貴堂沙耶香は満足そうじゃ。
 一仕事終えたような顔をしておるわ。
 恐らく、どうやってこの話をしようか、悩んでいたんじゃろう。

「俺は不覚を取った気分ですよ。まぁでも……自分で蒔いた種なんで、まだ納得は出来てませんが、なんとか諦めるとします。それはそうと、今から向かうのって貴堂総帥の屋敷って聞きましたけど、本当ですか?」

「ええ、もう総帥には連絡してあるから、待ってる筈よ。宗厳翁は今、この近くにある貴堂家の別邸に住んでるから」

「という事は、沙耶香さんからアポを取ったんですね。何かの報告ですか?」

「まぁ報告というか……貴方に用があるというか……」

 貴堂沙耶香は言葉を濁した。
 今度は何かのう。
 楽しみじゃ。
 とはいえ、幸太郎は嫌そうな表情じゃがの。

「え、俺ですか? もしかして……また面倒事じゃないでしょうね……」

「それはないわよ。とりあえず、行けばわかるんじゃない。私は連れてくるよう総帥に言われただけだから」

 恐らく、貴堂沙耶香もよくわからんのじゃろう。

「連れてくるようにって……なんか嫌な予感するんスけど」

 幸太郎は怪訝な表情のままじゃ。
 ほほほほ、警戒しとるのう。

「それは、北条さんの件を解決したのが、貴方だと報告したからよ。でも、反魂の呪法を使った事も報告したから……それについては、ちょっと言われるかもね。でも、大丈夫よ。私がちゃんとフォローしておいたから。それに、宗厳翁は御礼を言いたいだけだと思うし」

 ふむ、そういう事か。
 ならば、そう構える事もあるまい。

「そうですか。まぁとりあえず、何もない事を祈りますよ。それはそうと、さっきの大武會ですけど、他のメンバーとかって決まってるんですか?」

 貴堂沙耶香は溜息を吐き、首を横に振った。

「それが……まだなのよ。とりあえず、候補はいるんだけど、色々と悩んでるのよね」

「確かに、悩みますよね。締め切りまで3週間くらいありますし、俺の代わりになる優秀な術者も、現れるかもしれませんしね」

「往生際悪いわね、三上君。貴方は確定よ。カ・ク・テ・イ!」

 本当じゃわ。
 幸太郎は残念そうに目尻を下げた。

「さいですか……残念です。それはともかく、まだ時間もありますし、ゆっくり考えたらいいんじゃないですか?」

「そうも言ってられないのよ。出るにあたって、訓練やミーティングもしたいしね。開催は年末だし」

「そう言えば、年末に開催って書いてありましたね。まぁ色々と大変そうですけど、頑張って下さい。それと……話は変わりますが、さっき、『宗厳翁の言葉で、ちょっと面倒が起きそうだから』と言ってましたが……どういう事なんですか?」

「そ、それは……」

 貴堂沙耶香は口ごもった。
 言いにくい事のようじゃな。
 ここは我が幸太郎に手を貸すかの。

「ほう、我も気になるのう。弟子を大武會とやらに参加させるんじゃから、教えてくれまいか?」

 我の言葉を聞き、観念したのか、貴堂沙耶香は大きく息を吐いた。

「確かに……2人には話しておいた方がいいかもね。実は、今回の霊戦技大武會の件なんだけど……宗厳翁の言葉が、事の発端なのよ」

「何を言ったんですか?」

「宗厳翁は今年の元旦……新年の祝いの場で、7人の実子を集めて、自分の後継者の話をしたの。そこで1つの条件が提示されたのよ」

「条件?」

 貴堂沙耶香は溜息混じりに答えた。

「私は父の代理でその場に居合わせたんだけど、そこで宗厳翁は、こんな事を言ったの……『天主帝釈霊戦技大武會(てんしゅたいしゃくれいせんぎだいぶかい)に、道師(みちのし)の精鋭チームを出場させ、見事、優勝して見せよ。それを成し遂げた者に、後継の道を譲る』とね」

「ああ、そういう事だったんですか。なるほど……」

 また、面倒な条件を出したもんじゃの。
 どうやら、7人の子供達に争わせるつもりのようじゃ。
 
「お陰で貴堂家は今、凄くギスギスしてるのよね。もう嫌になるわ……宗厳翁はなぜ、こんな事を突然言い出したのか……」

「へぇ、突然……ね。ところで、沙耶香さんのお父さんて、病気なんですか?」

 貴堂沙耶香は悲しげな表情になり、頷いた。
 あまり思わしくないのかものう。

「ええ、そうよ。ちょっと……良くない病気に罹ってしまってね」

「そうですか……皆、色々とありますよね。ちなみに先程、父の代理で沙耶香さんが出られたと仰いましたが、総帥の実子であるお祖父さんはどうされたんですか?」

「お祖父様は随分前に他界したわ。私……1人っ子だから、色々と大変なのよ。後継ぎみたいなモノだから……」

 幸太郎は今のやり取りで、色々と察したようじゃ。
 同情の眼差しを送っておるわ。

「沙耶香さん、俺が言うのも変な話ですが、あまり……無理はしないようにして下さいよ」

「なによ、心配してくれるの?」

 貴堂沙耶香は意外そうに幸太郎を見た。

「ええ、まぁ……沙耶香さんの場合、事情が少し特殊なんでね。無理したくなると思いますけど……時には身体を休めたほうが良いです。さっきの検定でわかったと思いますが、俺は気の流れを見るのが得意なんで、沙耶香さんが疲れているのくらいわかりますよ。たまには休んだらどうですか?」

 すると貴堂沙耶香は、はにかんだ笑みを見せ、窓の外に目をやったのじゃった。
 意外と嬉しかったようじゃ。

「貴方……色々と深く考えすぎよ。三上君に、母みたいな事を言われると思わなかったわ。まぁでも……ありがとうね。一応、礼は言っておくわ。疲れてるのは事実だからね……」

 とまぁそんなやり取りをしつつ、車は街の中へと進むのじゃった。

    *

 貴堂家別邸。そこは武家屋敷を思わせる佇まいをした屋敷であった。
 築100年以上を感じさせる古式ゆかしい家屋で、苔がびっしりと生えた庭にひょうたん型の池が良い感じじゃ。
 以前、幸太郎が見せてくれた時代劇とやらに出てきそうな屋敷じゃな。
 くせ者じゃ、であえ、であえ! などという声が聞こえてきそうである。
 まぁそんな話はさておき、貴堂家別邸の屋敷に到着した貴堂沙耶香と幸太郎は、広い座敷へと使用人に案内された。
 貴堂沙耶香と幸太郎は、座敷の中央にある黒塗りの座卓の前へ行き、供えられた座布団に腰を下ろす。
 それから暫くすると、座敷の襖が開き、年経た男が中に入ってきたのじゃった。
 男は幸太郎達の向かいに腰を下ろすと、ニコヤカに頭を下げた。

「私は貴堂宗厳と申す者。此度はよう参られた」

 貴堂宗厳と名乗った老人は、剃髪したかのように一本も髪が生えておらず、坊主が着るような作務衣姿であった。
 中肉中背で、歳は80を越えておるそうじゃが、生気が漲っており、なかなかに眼光が鋭い。
 真っ白な顎鬚と、垂れた白い眉が特徴のジジイじゃった。
 全体的に、好々爺然とした感じじゃから、案外、狸ジジイかもしれぬのう。
 貴堂沙耶香は深くお辞儀をした。

「宗厳翁、お久しぶりでございます。今日は先だっての件でお伝えした、三上殿をお連れ致しました」

 貴堂沙耶香はそこで幸太郎に目配せをした。
 幸太郎はそれに習った。

「お初、お目にかかります、貴堂宗厳様。私は三上幸太郎と申します。縁あって、貴堂沙耶香様の元でお世話になる事となりました。よろしく、お願い致します」

 おうおう、目上の者に対しても堂々としておるのう。
 所作が自然というか。
 まぁこ奴の場合、我の供養塔を壊すくらいにアホなところがあるからの。
 緊張などとは無縁じゃろう。

「ほう……なかなかの好青年じゃないか、沙耶香よ。良い人材を見つけたようだな」

 貴堂沙耶香はニコリと頷いた。

「はい、宗厳翁。先の八王島では、なかなかの活躍ぶりでしたので、こちらに引き入れる事にしました」

 それを聞き、貴堂宗厳は幸太郎に向き直った。

「おお、そうだったな。三上殿と申されたか……先の一件、誠にありがとうございましたな。結果は残念だったが、よう孫を見つけて下された。おまけに犯人も捕まえられたので、儂も少しは納得できたところじゃ。まぁその際に、色々と禁忌の術を使ったとは聞いたが、それに関しては、儂はもう何も言うまい。沙耶香から既に聞いている事じゃろうからの」

 幸太郎は申し訳なさそうに深く頭を下げた。
 たぶん、演技じゃろうがの。

「その節は申し訳ありませんでした。私は野良の術者みたいなモノでしたので、呪術業界の掟やルールといったモノをまるで知らなかったのです。沙耶香様から今、そういった事を指南されておりますので、今後はそれに倣い、活動していく所存です」

「ふむふむ、それで良かろう。して……沙耶香よ、例の件は三上殿にお伝えしたのかな?」

「霊戦技大武會の件は、先程、彼に出て頂く事で了承を得ました」

 幸太郎はそれを聞き、眉がピクリと動いた。
 何か言いたそうじゃったが、観念して諦めたようじゃ。
 まだ足掻こうとしとるんじゃろう。

「ほう……それは心強いの。先程、授法院から連絡があり、三上殿の検定結果を教えてもろうたよ。三上殿は相当な手練れのようじゃな。それに加えて、不思議な事に……儂もさっきから、奇妙な凄みを感じておるのじゃよ……」

 貴堂宗厳は品定めするかのように、幸太郎を見ていた。
 もしかすると、我の気配に勘づいておるのかもの。
 なかなか好々爺然なジジイじゃし。

「ええ、私もそう思っております。彼は今まで、呪術業界に身を置いてなかったので、術具や法規はまだ危うい部分もありますが、それ以外の項目は相当なレベルです。それらを習得すれば、指折りの道師(みちのし)になる事は、まず間違いないでしょう」

「そうか。しかし……気になるのう」

 貴堂宗厳はそこで幸太郎をチラッと見た。

「気になる? と申しますと?」

「三上殿は一体、誰に師事をし、そこまでの力を身につけたのかじゃよ。それだけではない。奇妙な霊的気配も感じるんじゃ。儂もこの業界に身を置いて長いんでの。得体の知れぬ凄みを感じるわい。差し支えなければ、教えてはくれまいか?」

 やはり、勘づいておるのう。
 幸太郎はそこで貴堂沙耶香を見た。
 すると貴堂沙耶香は頷き、肯定の意を示したのである。

「三上殿……宗厳翁には話して頂けますか」

 Goサインが出たようじゃ。

「わかりました。では……論より証拠です。私のスタン……じゃなかった、本人に説明してもらいましょう」

「は? 本人?」

 貴堂宗厳はポカンとしながら、首を傾げた。

「召喚します。いでよ……疫病神ィ!」

 呼ばれたので姿を現すとしよう。

「なんじゃ姿を現すのか……しょうがないのう。ほれ、出てやったぞ」

「な!? なななな! なんじャァァァ!」

 ジジイは顎が外れそうなほど、大きな口を開けて我を見ておった。
 衝撃的だったようじゃ。

「め、め、面妖な! なな、なんという威圧的な霊力……これは……なんという事じゃ……祟り神ではないか!」

 するとジジイは血相を変え、我に向かって、術具と思わしき数珠を向けたのじゃった。
 完全に我を敵じゃと思うておるな。
 ほほほほ、ウケる。

「そ、宗厳翁、落ち着いてください。この方は、違うのです」

 貴堂沙耶香は慌てて、話に割って入ってきた。

「なにィ? ち、違うじゃと……どういう意味じゃ、沙耶香。説明せい!」

 すると貴堂沙耶香は、拝むように手を合わせ、幸太郎を見たのじゃった。

「三上君、お願い。ここからは貴方が話してくれる?」

「はい、わかりました。では、私から順を追って御説明させて頂きます」――
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