不測の事態

文字数 1,383文字

 亜希は丈をワザと短目にしてある制服スカートを左手でまくり上げ、左太モモに取り付けたサポーター素材のホルスターからショートサイレンサーが付いたオートマチックを1/3秒で引き抜いた。

 “アッという間に体ギリギリに弾丸をかすめるように撃って、あのコを通報ボタンから遠ざけてやる”
 
 次の1/3秒で亜希は射撃プランを立てながら非常通報ボタンに手を伸ばしている生徒へ照準器を向けた。 

 “私のスタスキーはフェザータッチ(落ちた羽が触れるのと同じくらいの力で撃てるほど引き金が軽い)だし、私だってドーパミン増強剤で反射神経と運動機能を増幅しているんだから”


 『あれはFSB(ロシア連邦保安庁)の正式拳銃だったヤルイギン拳銃… アイツは危ないぜ…』


 教室内の出来事に呆気を取られた生徒が扉を閉じる力をゆるめたため、できた扉のすき間から中の様子をのぞき見ながら兼高 雪秀(かねたか ゆきひで)はカラダのいつもの場所にいつものブツがあることを右手でたたいて確かめながら、いつでもはずせるようホックに触れる。


 最後の1/3秒でドンピシャの弾道に必要な角度と向きをすぐに割り出し、狙いをつけながら銃身への弾込め済みをインジケーターピンに触れて確認し、亜希は何の躊躇いもなくトリガーに触れた。 が、

 「いったいなにしてんだ、キミは!」

 将人が大声で怒鳴りながら亜希の持つ拳銃の上に身を覆いかぶせてきた。

 「バカ、何するんだ! 危ないだろ!」

 常人が引き金に触れていたなら途中では絶対に止められず、取り返しのつかない事態となっていたタイミングで、亜希は触れていた引き金への入力をドーピングの能力増幅も借りてなんとか中断した。

 「乃絵さんも早くボタンを!」

 「おいノエ、そんなことしたらタダじゃ済まねーぞ」

 将人と亜希が銃を奪い合うさなか、自分の体に向かって銃口が行ったり来たりするので乃絵が通報ボタンを押しに行くのは容易なことではなかった。

 「!」 × 「!」

 拳銃をめぐって全力を出し合っているため、互いに声を出すことなどとてもできなくなる亜希と将人。始めこそその場での力比べだったが、徐々にエスカレートして周囲に悪影響を及ぼし始めた。

 ガタ、ガタ、ガタ! ガッシャン! 

 無言で二人が組み合う中、二人のもみ合う動きに沿って周囲の机やイスが倒されたり、はじき飛ばされ教室内に四散していく。二人と同様に無言で衆人が監視するもと、最後には体格と体力に優る将人が力づくで拳銃を奪い取った。

 「ハアハア… こ、こんな危険なモノ、絶対ひ、人に向けるな!」 

 自分たちとは真逆の方向に銃口を向けて拳銃を持った将人が息を切らしながら亜希のことを怒鳴った。

 「乃絵さんも早くボタンを押して!」

 乃絵はうなずくと通報ボタンの方へ近づいていく。

 “これで決まったな…”

 ブツをしまったホルスターのホックから雪秀が手を離した時だった。

 「何言ってんだ、オマエ! 私のスタスキーを返せ!」

 全力での銃の奪い合いの直後でも息を切らすこともない亜希が怒鳴り返しながら、再び将人に飛びかかる。将人は奪われないように銃から亜希を遠ざけようと腕を思いっきり伸ばし身体を反りかえらせた。

 ヴァシュ カラン!

 拳銃のサイレンサーのくぐもった発射音よりも銃から排出された薬きょうが床に落ちた金属音の方が大きく教室内に響き渡った。
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