お待ちかねの時間

文字数 1,528文字

 「…以上で今年の1-Bの役員・委員の選出を終了します。皆さんどうもありがとうございました」

 それまで場を仕切っていた藤村 将人が大きな声をクラス中に行き渡らせてから一礼をした。行きがかりでそのまま黒板への板書を続けていた弓月 亜希に将人が何ごとか声をかけた。

 “私はオマエのパシリじゃネーんだよ…”

 将人に対して言おうとしていた言葉を亜希は飲み込んだようだった。そして亜希は眉間にしわを寄せながら黒板の板書を消そうとし始めた。
 
 そのとき裕一は席を立って黒板へ向って歩き始め、通りすがりに咲良に小声をかけた。

 「森栖さん、オレたちで一緒に黒板くらいは消そうぜ」 

 裕一は黒板のところに着くとすれ違いざまに亜希へ小声で感謝を述べた。

 「弓月さん、ここまでどうもありがとう」

 “ふ~ん、コイツは気が利くじゃん…”

 「こちらこそどういたしまして、岸本 裕一くん」

 亜希は裕一には微笑みかけた一方で、手にした黒板消しは遅れて前に出てきた咲良の方へさりげなく手渡した。


 「はい1年B組の皆さん、今日は1日お疲れ様でした」

 ここまでの役員選びには納得いかないことを隠せない声で響子先生が教室内を見渡し教室の生徒たちに呼びかけた。

 「あさってには午前中に健康診断、午後から体力測定があります。体操着とジャージの上下を準備しておいてください。グランド用の体育の運動靴も忘れないでくださいね」

 “危ねっ! もうチョイでオレ革靴で体力測定するところだったぜ! 忘れねーように気を付けようっと…”

 中学まではスニーカーで登校していた裕一は高校では体育の時には運動靴が別に必要なことを思い出し内心で冷や汗をかいていた。

 「それと保健委員になった岸本さん、森栖さんの二人には養護教諭のサトー先生から明日の事前準備について役割の話し合いがあります。これから電子教材室へ行ってください」

 咲良が黒板の板書を消し始めたところで、もう一つの置いてあった黒板消しを手に取った裕一は急に響子先生の方を向いた。


 「先生、オレ」

 「どうしたの岸本君、真剣な顔をして」

 振り返った響子先生は不思議そうな顔をして裕一の方を見た。それがすぐにうかがうような顔つきに変わった。
 
 「もしかして… あなた、自分が保健委員になったことが気に入らないの?」
 
 「いや、先生そんなことは全然ないんだけど」

 「ないんだけど?」

 「これからの打ち合わせの集合場所と集合時間を俺たちに教えてくださいよ。オレらは新入生、つか高入生で何にも知らないんだから」

 「あっ、そうだったわね! 確かね… 電子教材室って渡り廊下でつながった専科棟の2階にあるはずよ。それと集合時間の方は…」

 安心したような表情になってから、あわてて手持ちの資料をガサゴソ調べ始めた響子先生のことを裕一は残念そうに見つめる。

 「え~とね… あっ! 集合時間はもうすぐよ! すぐにでも行ってちょうだい!」

 ふぞろいの書類の束から目的の紙を見つけ出して、真顔に豹変した響子先生は裕一に指示を出した。

 「ええっ! じゃ、おれ先に行ってるよ! 森栖さん、消し終わったらすぐに来てくれ!」

 あわてて裕一が教室を飛び出ると同時に響子先生がまたも叫び声を上げた。

 「わ、私にもすぐに行かないといけない打ち合わせがあるじゃない! 恐い先生方ばかりだから急いで行かないと! 皆さん、それでは失礼します!」

 あまり丁寧とは言えないお辞儀をしてから響子先生も大きな音をたてて扉を閉めて教室を飛び出した。

 
 役員・委員決めとホームルームが終り安堵しざわつく教室内で、待ちかねたような独り言が周囲に気付かれることなくある生徒の口から漏れていた。

 「やっと先生もいなくなった…」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み