第20話 リスタート

文字数 2,040文字

 スペインバルを出る。最初は暗い話もあったが、その後はマンガやネット動画など明るい話で穏やかに過ごした。由香里は終電には間に合いそうだったが、帰る方向が一緒だったので、峰岸の提案で二人でタクシーに乗った。
「明日も大学?」
「はい」
「一限目から?」
「はい。始まったばかりなんで、来週からは出ないと思いますけど」
「土曜か日曜って空いてる? 平日でもいいんだけど、良かったら映画とか行かない?」
 突然の話に瞬きの回数が急激に増える。
「二人でですか?」
「うん、二人で」
「彼女いないんですか?」
「夏に別れたんだ」
「……ワタシで良ければ」
「じゃあ、また連絡する」
 会話が終わる。二人が無言のまま、タクシーは走り続けた。下宿先のアパートの近くまで来て、車を止めてもらい、ドアが開く。
「タクシー代……」
「いいよ、俺が払っとく」
「すみません、ありがとうございます。スペイン料理もごちそう様でした」
「こちらこそ、ありがと。映画楽しみにしてるから。おやすみ」
「おやすみなさい」
 頭を下げてから車を降りた。ドアが閉まり、タクシーが走り去る。由香里の気持ちは可能性に揺さぶられ始めていた。

 10月7日、金曜日。二回目の八人会議が行われることになった。場所も時刻も前回と同じく18時半から東京駅近くのカフェで、座った席も同じ八人掛けのテーブル席だった。成瀬たち二年生の代表が一列に四人並んでいるのに対し、一年生の側は田村弟と君嶋だけで二つ空いている。森と真中は用事があると言って来なかった。
「じゃあ、始める。狩野の話を聞いてくれ」
「なんや、いきなり緊張するな……」
 前置きはなく、男だけの会議が始まる。狩野は注文していたオレンジジュースを一口飲んだ。
「えーっと、まずやな、コインとお金のレートを決めます」
「コインをお金で買えってことですか?」
 田村弟が聞き返した。
「ごめん、最後まで聞いてえな」
「……はい」
「えーっと、それから、後期の試験が終わった後に、コインを所持したまま進級するのを禁止する条例を作ります」
 説明が止まって沈黙が続き、田村弟が「以上ですか?」と尋ねると、狩野が「以上や」と答えた。
「レートを作るのは、二年に余分な単位を取らせるためのインセンティブだ。去年も議論になったが、金のためにコインを売るのは良くないって思ってる奴もけっこういるから、あえて公認する。だから一年は買わないように」
 成瀬が補足すると、田村弟が首をかしげた。
「どうやってですか? 条例で買わないようにするんですか?」
「それをすると二年が余分に単位を取らなくなる。売れる相手がいなくなるわけだからな。レートも買えそうで買えない値段に設定するつもりだ」
「……余分に取った単位って、何枚になるんですか? 2000単位になるとは限らないですよね」
「その点はやってみないと分からない」
「でしたら、前回と同じでいいです。進級券の所持を禁止する条例を作りますので、2000単位分のコインを下さい」
 成瀬が狩野に顔を向ける。
「それでいいか?」
「……しゃあないな」
「じゃあ、前回と同じで進める。今後はメッセージアプリにグループを作って、そこで話し合うことにしよう」
 一同がうなずき、成瀬が『八人会議』という名称のグループを作った。

 カフェを出ると、二年生たちは店から少し離れた所で立ち止まった。その様子に田村弟と君嶋が気づくが、足を止めずに背を向け、この場を後にした。前回と同じように四人で立ち話が始まる。
「結局、こうなるんやな」
「先にいい条件を提示してるから仕方ない」
 狩野がもどかしげに言うと、市川が冷静に原因を語った。
「それで、これから条例を作って、みんなからコインを徴収するの?」
 倉田が尋ねると「そうだ」と成瀬がきっぱり答えた。
「みんなにはどう説明するの?」
「八人会議で決まったと。このまま行くと、二年は進級券を買うのに15日かかるし、一年が売るより先に絶対なるから、妥協するのは仕方ないと」
「なるほど」
「相談があるんやけど……」
 成瀬と倉田のやり取りが終わると、狩野が弱々しく言った。
「僕のコースのみんな納得せえへん。僕自身が思たこと口に出す性格やからか、すごい反論されるようになって……」
「三人でも成立しないことはないが」
「すんまへんな」
「それより、成瀬。滝山教授がいなくなったのは知ってるよな?」
 市川の質問に成瀬は「ああ」と返事した。
「大丈夫なのか? このまま支配できるのか?」
「もう問題はない。オレの計画は八割、いや九割くらい完了してる。あとは条例案を可決していく、それだけだ」
 成瀬の強気な言葉に、他の三人は自然とうなずいた。

 10月12日、水曜日。掲示板に投票のお知らせが貼られた。
『コイン徴収条例案(二年生)が審査を通りました。この条例案の内容は10月21日までに、自身のコースの代表者に12単位分のコインを支払わない者を退学処分にするというものです。投票日は10月19日、一号館(旧本館)四階の投票所で行います』
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