第2話

文字数 1,391文字





「レッチリはやっぱりギタリストのジョン・フルシアンテがシンセサイザー好きなのが、僕の解釈があながち間違ってないのを証明するような気がする。その解釈から生まれたのが僕のこの曲だ、ふっふっふ」
「また変な曲つくってニヤニヤしてる。やめなよね、あんたの曲、これっぽちも面白くないから」
「ああん? 誰かと思えば島川じゃん。僕の勝手だろ」
「勝手とは言うけど、聴く側をガン無視してるのが気にくわないっつってんのよ!」
 アコースティックギターとボーカル録りのために貸しスタジオに入り、ドアを開けてスタジオのカウンター前で精算を終えたら、椅子に座っていた島川が、僕にいちゃもんをつけて来た。
 島川は、僕と同じ町に住んでいる女性のギタリストだ。とても上手い奏者だが、今はバンドは組んでいないらしい。恋愛でトラブルを起こして、バンドをやめたらしい。それも、もう一ヶ月前のことで、僕からすると、一ヶ月前というと、ずいぶん昔のように感じる。今は一月半ば。島川は首にマフラーを巻いていて、紺色のコートを着てペットボトルのお茶を飲んでいる。
 僕は島川の隣の椅子に座る。アコースティックギターのハードケースを横に置き、おろしたリュックからペットボトルのコーラを取り出し、飲む。
「あんたはボーカル録りだっていうのに炭酸を飲んでいるのがすでにダメなんだってば」
「問題はないだろ」
「あるわよ!」
「うっせぇなぁ。ところで、島川は、今日は一人で練習か?」
「悪いかしら?」
「いや、悪くはないけどさぁ」
「あんたもまたバンド組んだら」
「デスクトップミュージックで手いっぱいだぜ」
「つまんない奴ね、ヤス」
 僕の名前はヤス、という。
 島川がくすくす笑う。
「なにがおかしいんだよ」
「自分の名前はヤスだけど、僕は安い男じゃねーぞ、ってことあるごとに言ってるけどさ、あんたの横には、いつも誰もいないじゃん」
「余計なお世話だ」
「うさぴょんによろしくね」
「うっせ」
「いとしのいとしのうさぴょんちゃんに、ね」
 僕は立ち上がり、ダスターシュートに空のペットボトルを捨てると、貸しスタジオをあとにした。
 なんだかなぁ。

 スタジオの外は風が吹いていて、滅法寒い。茨城県日立市十王町。茨城県の北部にある町に、僕は住んでいる。日立の市街地にある貸しスタジオから外に出て、僕は駅前まで歩く。僕は市街地の駅から一駅の場所に、家がある。電車に乗り、最寄りの駅である十王町に着くと、改札から出て背伸びをする。僕はアーミージャケットを着ているが、それでも寒い。
 今年で僕は三十路だ。なーにやっているのやら。みんなは僕に「下手くそは音楽をやめろ。誰がおまえの曲なんて聴くんだよ」と、もっともらしいことを言う。その通りだろう。違いない。だが、僕はやめることが出来ないまま、おっさんと呼ばれる年齢になってしまった。嘆かわしいことだ。

 知られていないことだが、茨城県の北部は東日本大震災の被災地だ。北の方から順に、北茨城市、高萩市、日立市。この三行政区間は、家が倒壊したり、道が陥没したり、海側は家が丸ごと飲み込まれた。
 福島第一原発の復興作業員や、被災して家を失ったひとたちが、家を借りて住む場所にも、茨城県北地区が、なっているのはあまり知られていないことだ。
 そんな土地柄が、今の茨城の県北地区だ。
 僕は自宅に帰る前に、〈眠り姫〉であるうさぴょんの家に寄ることにした。


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