第11話  これって、本当に「作った話」じゃないんだよ。

文字数 1,267文字


 4月18日が「良い歯の日」だということを、「悪い歯」を抜いて帰ってきた時に、テレビで女子アナが喋っていた。
 これって、作った話じゃないんだよ。



    繭玉みたいな丸い綿は、抜いた歯茎に詰めて咬み、出血を止めるためのモノ。


 去年から歯痛に悩まされていたんだ。
 もう一年前になるんだけれど、右下の奥歯の隣の歯が痛くて、近くの歯医者さんへ予約しないで飛び込んだんだ。
 神経を抜いてある歯なので痛みの原因は、歯根の部分が割れて歯茎が炎症をおこしているとのこと。

「そこの歯を抜くと全体のバランスが崩れて、最終的には他の歯も抜けてしまうことになりますよ」
 だから、薬を飲んで騙しだましながらこのままにしておいたほうがいいとのこと。

 なるほど、悪い歯が全体のバランスを崩さないための役に立っている。
 これは、小説のテーマとして面白いと思ったよ。
 歯医者さんの抜かずに治療するというポリシーにも賛成。
 それからは、毎月通ってケアをしていたんだ。

 このケア、つまり歯の掃除なんだよね。
 歯茎が痛いので小さな歯ブラシで磨いてくれるんだ。
 以前は、機器で「ガッガッガッ」と削られて、口呼吸のぼくには苦痛だったんだ。
 
 それが快楽に大きく変化したよ。
 たぶん、若くてきれいなスタッフだと思う。

 最近、その歯がひどく痛んで、顔の右側全体や右肩が強張って、日常生活に支障をきたすようになったんだ。
 そこで、一週間前に、歯医者さんへ「抜いて欲しい」と頼みにいったんだ。

「痛み止めを出しますので、一週間後に決めましょう」
 この日の帰り道の出来事を、前回に書いたんだ。

 歯医者さんのポリシーは理解できるし、賛成なんだけれども、この歳で将来もそれほどないだろうし、この痛みを我慢する努力を放棄したんだ。

 麻酔の注射が痛いのは昔と同じだった。
 薬が効くまでしばらく待つんだけれど、その間は恐怖でしかない。
 歯を抜くっていうのは突貫工事だね。
 医者が指でぼくの口を引っ張りながら「うん、うん」って力んだ息払いをするたびに、ぼくの右足がピクンピクンと伸びるんだ。
 もう容赦なしだよ。
 機器の「ガガガッ」って削る音、「グワグワ」と唾をバキュームする音。その先端が舌や頬の内側に当たって苦しいんだよね。
 痺れているから痛くはないんだけれども、何をしているかは想像できるから苦痛は感じる。
「うぅん」と息つかいが変ると、何かまずいことが起こったのかと、これまた恐怖だ。
 最後は医者が左の親指をぼくの口の中に入れて顎を掴むんだ。
 固定してから右手で、歯を引き抜く。

 処置が終った時はへとへとになったよ。
 座っていただけなんだけれどもね。

 先週よりも、ヨロヨロとしながら帰ったんだ。
 こんなときに、あの「じゃーまなんだよ」男に遭遇してしまうと、余裕がないから言い返してしまうだろうな。

 まぁ、ああいう人は、しっかりとスケジュールで動いているだろうから、歯医者さんに長くいたぼくとは会わなかった。

 「良い歯の日」に「悪い歯」を抜いたんだ。





 これって、本当に「作った話」じゃないんだよ。



 
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