第22話 原点

文字数 1,030文字

◇◇ 原点 ◇◇

ナミは、普門館高校を卒業後、音楽の専門学校へ通い、プロ・デビューめざして必死にやってきた。
一日、一日が勝負の日々だった。
やがて、いくつもの壁が立ちはだかり、ひとつひとつに挑戦していった。
技術力、音楽性、エンターテイメント性、発信力、人脈...。何より、音楽性以前の体力・人間的魅力...。

また、チャンスのやってくる場に身を置く'嗅覚'をもつことも大事だった。

誰にもなんらかのチャンスはめぐってくる。
しかし、チャンスを十二分に生かし、さらにステップアップした次のチャンスへと結びつけていけるのは、「日ごろから練習しているから..」では通用しない。そんなこと、だれでもやっている。
日々、一歩ずつ進化し、どんどん変容していける練習のあり方が大事だった。

このレベルになると、最高の演奏技術を求める以前に、個性の魅力を生かした奏法なり技術、演出、発信のあり方などが問題になってきた。また、仲間も、自分の人間的魅力が増すにつれ、それ相応の魅力的な仲間にどんどん変わっていった..。


こうして、気付いたら、卒部後10年、経っていた。
進化、変容していくことで、業界で必死に生き残ってきた。



変容してしまった自分 ――― 。

―――ひょっとしたら、食うのに精いっぱい...ちゅうより、この10年間、ある意味、自分探しの時間だったかもしれへん。
いったい、もともとの自分のあり方は、どうだったんやろか...。


そう思ったナミは、まっすぐに、母校・普門館高校吹奏楽部を思い出した。
そして後輩たちのマーチング動画を、初めて見た。
いままで、泣いてしまいそうで、怖くて見られなかったのだ。


そして、思った通り――― 泣いた。

自分たち時代と変わらぬ衣装。曲や振り付けなど、やや、変化している部分はあるが、大本はずーっと、引き継がれている。
画面が滲んで、懐かしいというより、昔のピュアな自分の姿を見ているようで、なんか痛々しさえ感じられる。


また、今まで意識していなかった自分の'姿勢'の原点のようなものにも気づかされた。
どんなに変容しようとも、決して変わることのなかった軸足の置きどころに改めて気づかされ、感動で、泣いた。

やがて―――

そんなピュアさが、卒部後10年経った今でも自分に残っとったんか―――と思い至り、今度は、可笑しみがこみ上げてきた。

―――なんや、いっこも変ってへんやんか。


モニター画面を見ながら、独り、泣き笑いしているナミがいた。




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