第35話 吹奏楽版「パガニーニの主題による狂詩曲」

文字数 1,823文字

◇◇ 吹奏楽版「パガニーニの主題による狂詩曲」 ◇◇



監督から'謎の指示'が飛ぶ。


――オルガンみたいにバスドラ叩くんや

 (???)

――そこ、打楽器みたいに、吹くんや。

 (えっ?????)

――トランペットは、トランペットの音を出したら、あかん!

 (はああ????????)


練習室の中は、「?」で充満する。


トランペットのツムギは思う。

 (ペットにペットの音を出さないで吹けいうんは、どうしたらいいんやろう。この'吹奏楽版パガニーニの主題による狂詩曲」にとりかかってから、謎ばかりや..。)



たしかに、演奏するほうは、大変だ。

パーカス,クラ,チューバ,グロッケン...―― 鬼むずい。

サックスには、地獄の連符。

過酷な、ホルン・ソロ...。


でも、原曲を吹奏楽用に'鬼アレンジ'したのには、必然性があるはずだ。

この曲には、個人の技量だけでなく、ハーモニーが求められる。それも、いろんな色のあるハーモニーが..。



監督からの指示には、フレーズやモティーフの理解、アーティキュレーション等々あるが、とくに、和声の指示が多いようだ。


――この部分は、トニックやなく、サブドミナントにすることで、色彩感を出し、次の展開につなげているのがわかるか?

?????

――ここの'和声の解決'が、感動を高めていくんや!膨らませていくんや!

????????


またまた、練習室に「?」が充満する。



学生指揮者のメイは、部内で'教授'といわれるほど、中学時代から楽典とソルフェージュに親しんできた。

 (ウチには、監督の言わはることはわかる。やけど、部員全員に伝わっとるんか?
...やけど...、監督の指示を、ウチが学生指揮者として噛み砕いてみんなに伝えるんは、無理や。全員にある程度の知識があることが、監督の要求水準に届く前提ちがうか?この曲は、そこまで要求してるのとちがうやろうか..。)



――アナリーゼをして、曲に対する理解をもっと深めるように...

監督はいう。


メイは思う。

 (..うーん...、うちらがやっとる吹奏楽版には、原曲のピアノのパートは、あらへんしなあ。なんとなく、それっぽい感じは残っとるけど...吹奏楽版は、原曲とは別物ちがうか????
いったい、監督は、何年がかりで仕上げていくつもりなん?
吹奏楽コンクールで使うんなら、埼玉のI学園並みでないと、金賞、取れへんやろうし...。
あっ...、監督のアナリーゼをしてしまっておる!)


練習中、いきなり吹き出しそうになったメイを見て、監督は、一瞬、怪訝な表情を向けた。




何週間か、過ぎた。

そのうち、部員たちは、かなり技量がないと、譜面に想定されている響きが実現できないことに気づきだした。

パートごとで粒だった、透明感あるサウンドが出せ、さらに他パートとの間で、豊かな倍音同士の生み出す完璧なハーモニーも必要だ。さらに、そのハーモニーにも、奏法を含め、高いレベルでのいろいろな表情が求められるのだ。

ここに至って、ツムギも、ようやく、ペットはペットの音を出すな―――の意味合いが分かってきた。


メイも、気づいた。

 (いままでの練習やと、平均律の基準になる音程を高くしたり低くしたりして歌って音程のイメージ練習をしたうえで、喉や声帯、さらには鼻腔や頭蓋骨に共鳴させて、みんな、それぞれ演奏してきた...やけど、それだけでは不十分だったんや..。歌うように吹くだけやなくて、和声も意識して、奏法も含めて、周りとのハーモニーの一段高い調和を目指すことや。編曲者の意図も理解して..)



だんだんと'譜面の想定する響き'の実体が明らかになっていくにつれ、監督の指示も理解でき、薄れかかっていた'この曲を初めて聴いた時の感動'が甦るようになってきた。そして、この曲が、この曲の吹奏楽的な響きが、皆、頭から離れられなくなってきた。
そこに至って、部員たちは、ようやく、'気持ち'を少しずつ、乗せられるまでなってきた。そう、どこまで'吹部一体となった気持ち、色をのせられるか'が、この曲の成否なのかもしれない。


発表まで、あと1か月半。指導に、加速度と柔らかさも出てきた。

今年度の吹部の代表作となるのも、もう、すぐだ。






(筆者より)
これはフィクションですので読み物としてお楽しみいただき、もし、現役の方がお読みくださっていたら、(とても有難いことですが、)現在、ご指導くださっている先生のご指示に従ってくださいますよう。




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