6章―2
文字数 3,427文字
「なっ、何だ⁉」
ガウィは階段に駆け寄り、村を見下ろす。トゥーイ達も近寄ると、市場の方からどよめきが聞こえてきた。
「向こうは俺が対処する。親父、トゥーイ達を頼む!」
「こっ、これ、待たんか!」
ヤウィが止める間もなく、ガウィは駆け出した。
「(まさか、これって……!)」
ヤウィとヒビロが深刻な様子で会話する横で、トゥーイは震えていた。轟音は彼女達の奥、つまり山の方角から聞こえたのだ。
犯人達の会話を思い出す。彼らは確か、『いつになったら下見に行けるんだ?』と言ったはずだ。彼らが『神』の宝を狙っているのなら、この爆発は恐らく。
「お、おい! 待て!」
気がつくと、トゥーイは走り出していた。スコード達の声など届かない。今はただ、岩の扉のことだけが気がかりだった。
息を切らし、森を駆け抜ける。静かなはずの森は、困惑した鳥の声が絶えず響いていた。道を進むにつれて、空気が張りつめてゆく。以前感じたような、澄んだ雰囲気は消えている。間違いない。先程の爆発は、岩場で起きたのだ。
視界が開く。トゥーイの懸念通り、岩の扉の前には男達がいた。
「まじかよ。この錠、びくともしねえぞ? もう一発ぶちこんだ方が」
「おい、大丈夫か? けっこうでかい音だったぜ。さすがにばれたんじゃ……」
扉の前には、起爆装置と見られる機械が置かれていた。しかし、扉についた錠は爆発を受けても傷ひとつない。
機械の前で議論を交わす青緑、そして紫の髪の男は、足音に気づいてこちらを見る。目が合った瞬間、彼らは下品な笑みを浮かべた。
「ラッキー。まさか鍵の方から来てくれるとはな!」
「さぁ嬢ちゃん、おとなしく渡してもらおうか」
トゥーイは一歩後退する。勢いで単身飛び出してしまったが、このままでは捕まってしまう。
すると、背後からスコードの声が聞こえた。彼は駆け足で剣を抜き、男達の前に立ち塞がる。
「トゥーイ、ここは俺に任せろ!」
「で、でも……」
怯む二人を睨みながら振り返らず、スコードは声を張り上げた。
「いいから、早く逃げるんだ!」
彼は剣を構え、二人に突撃する。トゥーイは胸元を握り、全速力で引き返した。相手は爆薬を持つ危険人物。スコードのことは心配だが、それよりも[鍵]の安全が第一だ。
山脈への分かれ道が見えてくる。ここまで来ると村はすぐそこだ。しかし、ほっと一息ついた瞬間、脇道から赤い髪の男が飛び出した。
「あっ、お前は!」
スコードと相対した人物は二人。気が動転して気づかなかったが、犯人はもう一人いたのだ。トゥーイは立ち止まり、悔しげに歯を食いしばる。赤い髪の男は忙しなく辺りを見回し、じりじりと迫ってきた。
「ふぅ、さっきの変態は撒いたようだな。……へへっ、じゃあ遠慮なく」
スコードも父も、ヒビロもいない。今度こそ、自分ひとりだけ。
――君はこの扉を見て『開けては駄目だ』と思ったのだろう? その想いが、[鍵]とこの地を守る力になるのだよ
その時、トゥーイはある言葉を思い出した。尊敬してやまないカルデムと一緒に、初めて岩の扉を見た時のこと。彼の落ち着いた声が、脳裏に反響する。
――もし先日のように窮地に陥った時は、この情景を思い出すのだ。守りたいと思う心さえあれば、やるべきことは自然と見えてくる
「(そうよ。私だって[鍵]を、『神』様を、みんなを守りたい)」
地面を蹴り、背後へ駆け出す。もう恐怖はない。この最悪の状況を変えられるのは、自分しかいないのだ。
トゥーイは距離を取り、脇道の森に飛びこんだ。男の悪態が聞こえるが、構わず奥に進んでゆく。木の幹に身を隠し、前方を確認する。男は自分を見失ったのか、きょろきょろと探し回っていた。
目の前の木の枝には、蜘蛛がぶら下がっている。ポーン島の[守護神]と同じ形をした蜘蛛も、トゥーイを応援しているように見えた。
「(『神』様、ポーン様。お願い。力を貸して!)」
トゥーイは地面の木の実をかき集め、勢い良く走り出した。
素早く横切りながら、木の実を投げつける。「いてっ!」という悲鳴が聞こえ、どうやら命中したようだ。
「くそう、どこだ?」
男は木の実が飛んできた方向に走るが、トゥーイは既に反対側に回りこんでいる。木陰の裏で一息つき、「いけるかもしれない」と勇気が湧いた。
そのまま通路に抜けると、男はようやく足音に気づき、追い始める。彼との距離は僅かに広がった。トゥーイは一瞬振り返り、再び森に身を隠した。同じように走り回りながら、木の実を投げつけ撹乱する。その繰り返しで徐々に距離を取り、少しずつ、村に近づいてきた。
「(木の実を拾う暇はないわ。このまま、一気に走る!)」
手元の木の実は使い切ったが、村はすぐそこだ。トゥーイは道に飛び出し、全速力で駆け出した。
「きゃっ⁉」
しかし地面を這う蔦に足を取られ、転倒してしまった。男は肩で息をしつつ、トゥーイに追いついた。道の奥に父と祖父の姿が見えたが、間に合わない。
「はぁっ、はぁっ……手間取らせやがって……」
男は手を伸ばす。トゥーイは服の上から[鍵]を掴み、ぎゅっと瞼を閉じた。
「あのな。それはこっちの台詞だぜ」
突如、飄々とした声が聞こえた。目を開けると、ヒビロが男の腕を掴み、捻り上げていた。
「いててて! 離せこの野郎!」
「離さねーよバカ。ったく、この俺を上手く撒きやがって」
ヒビロは更に腕を捻りつつ、呻く男の手に手錠をかけた。その間に父と祖父が追いつく。助かったのだ、と気づき、トゥーイは息を深く吐き出した。
「トゥーイ、無茶をするなとあれほど……」
「いやぁ、助かったぜ。君が時間稼ぎしてくれなかったら間に合わなかった。ありがとな、トゥーイ」
ガウィが声を荒げた瞬間、ヒビロはトゥーイを褒めちぎった。父は思わず口をつぐみ、祖父は「なんと!」と目を輝かせた。
「ヒビロさん、わ、私は……」
「こいつが大声で悪態をついてたから、こっちにいるって分かったのさ。君は立派に戦った。最高の『守護者』だぜ」
ヒビロは柔らかな笑みを向ける。トゥーイは嬉しくなり、精一杯の笑顔で涙を零した。
「おーい、トゥーイ!」
その時、スコードの声が聞こえた。彼は切羽詰まった様子で駆け寄ると、トゥーイの肩を勢い良く掴んだ。
「スコ、無事だったのね!」
「あぁ。あいつらなら気絶させた。お前も無事で、本当に良かった……」
スコードは声を震わせ、ほっとしたように俯く。トゥーイは感極まり、彼を抱きしめた。
「何をしているんだ、さっさと離れろ!」
「かっかっか、これくらいならよかろうよ」
「そーですよ。せっかくの感動の場面が台無しですよ!」
途端に慌て出すガウィを引き留め、ヤウィとヒビロは笑う。スコードも気まずそうに赤面していたが、トゥーイは彼らには一切構わず、事件解決の喜びを噛みしめていた。
――
騒々しく混み合う市場は一転、人々は真ん中の通路を開け、突如現れた隊列の様子を伺っていた。先頭には三人の容疑者と、彼らを連行するヒビロの姿。トゥーイ達は、その後ろについていた。
「な、なんか……ちょっと恥ずかしいかも」
住民も商人も皆、こちらを注視している。トゥーイの呟きが聞こえたのか、ヒビロは沿道の観衆に手を振りながら答えた。
「いいじゃねーか。こんなに見られるなんて滅多にねーんだから、楽しんでおけばいいのさ」
そうは言われても、楽しめるものではない。トゥーイはスコードと顔を見合わせ、困ったように肩をすくめた。
市場を抜け、門に差しかかる。ガウィはトゥーイに目を向けると、静かに口を開いた。
「ここからは俺達だけで充分だ。お前は先に、家に戻れ」
スコードは犯人達に睨みを効かせつつ「大丈夫だ」とばかりに頷く。ヤウィに肩を叩かれ、トゥーイは言葉を飲みこんだ。
「さて、君とはここでお別れのようだな」
ヒビロはガウィに容疑者を預け、トゥーイに近寄る。
「君はもう、立派に守護者を務めていける。これからも皆と力を合わせて、頑張ってくれよな」
彼はフッと微笑み、トゥーイの頭を優しく撫でた。事件が解決した今、ヒビロに会えるのはこれで最後なのだろう。そう思うと寂しくなったが、悲しい顔は見せられない。トゥーイは、最高の笑顔で答えた。
「ヒビロさん、私を……私たちを助けてくれて、ほんとうにありがとう!」
Protect and save the sacred ground!
(『神』の宝を守れ!)
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