10. プレイログ(6~7回目)

文字数 3,595文字

◆唯青月 十七日
 腕を真っ直ぐ前に伸ばし、指に絡めたペンダントを真下に垂らして。さらさらと魔力の砂が落ちていくのをじっと見守る。
 砂が触れた地面から黄色の芽が現れた。細い茎がどんどん伸び、途中から折れ曲がって半円を立てた形になり、茎の先に下向きの白い小さな花が咲く。可愛いな、と思った時には花びらが散って、いぶし銀の色の実ができていた。
「今さらだけど、不思議だなあ」
 ちゃんと目を開けていると、未知の植物がとんでもない速さで成長していく様子がよく分かる。それを自分がやってるって実感は、あるような、ないような。

 調合のアイディアが浮かばなかったので、今日は新しく薬草を育ててみた。黄色い半円から一つだけ垂れ下がる球は、地球儀か町の雑貨屋で売ってるオブジェのようだ。明るい陽の光にてらてら輝いている。
 金属光沢をもつ実は手のひらに収まるサイズ。硬い皮にナイフを差し込むとぱっくり割れた。とたんにフルーツのような派手な匂いが拡がって、俺はごくりと唾を飲んだ。
「房がないから柑橘類っぽくはないなあ。あれ、柔らかい? スプーンで簡単にすくえる……」
 果肉は涼しげな青緑でバターに似た感触がする。皮と同じ鈍銀の種を避けてスプーンにたっぷりすくい取った。
「はむ。……うえ、辛い」
 でもなんだかクセになる味だ。俺は辛い辛いと言いながら実の半分を全部食べてしまった。

「う……は、吐きそう……」
 数分後、俺は自室のソファに転がることになった。
 胸のあたりをおぞ気の波が上がったり下がったりしている。口の中にぎゅっと変な味がする。食い縛った歯の隙間からうーうー唸って、吐き気を堪えた。
 そもそも、あの実を割った時からなんだかおかしかったんだ。毒見のために魔力で体内を探ることも忘れ、好みの味じゃないのに不思議と美味しく感じて、ばくばくと食べきっていた。実の香りに変な効果があるのかもしれない。
(毒のくせに食べたくなる匂いだなんて。酷い草だ)
 こいつを俺が生み出したという事実がまた、ムカムカする。あっ、ムカムカとか考えたら余計気分が悪くなってきた。無心、無心――。
 十分ぐらいうずくまっていると、やっと不快感は消えていった。

 いぶし銀の皮をうさんくさい気持ちで睨みながら、残った半分の実を慎重に少しだけ口に運ぶ。香りや吐き気にやられて鑑定できていなかったけど、冷静になると薬効もかなり強いことが分かった。脳の凝りをほぐして頭痛を抑えるみたいだ。
「んん……。また痛み止めの草か」
 ――『どんな薬草を生み出せるかは運』だというなら、栽培は占いみたいなものじゃないかと思う。自分の心を言い当てられたようで少し居心地が悪い。
 首元のペンダントを金属の指先で撫でると、体温でぬくまったガラスの感触が返ってくる。
 俺は小さいころ、大怪我をして行き倒れてたらしい。このペンダント以外何も持たなかった俺に、先生はほうぼうに手を尽くして『腕』を用意してくれた。それから住む場所と、知識をくれた。いつか自分の力で生きていけるように。
 先生に処方してもらった痛み止めの薬は、甘苦くて、美味しくなくて、でも懐かしい。あの薬は俺の中でとても大きな存在だ。誰かの役に立つ薬を作るのが、憧れであり目標。
(まだ全然届かないや)
 最近の調合記録を見て、ため息を一つ落とす。


◆唯青月 十八日
「自分の庭を持つってことにも、慣れてきたろ。今日は依頼の薬を作ってみねえか」
「……分かりましたッス! 頑張りますね!」
 俺が凹んでるのを見かねてだと思う。先生のところに来た依頼を手伝わせて貰えることになった。お客さんの症状や希望から、処方する薬は先生が決めてある。そのレシピを探してきて実際に作るのが俺の作業だ。

小石(コイシ)(ムギ)の粒の炭が十四グラム、()(タマ)(バナ)の蜜が十五グラム……」
 麦粒は火を使わず、魔法で炭化させる。よく潰して粉にする。フィルターをセットした漏斗に炭の粉を入れて、水で溶いた()(タマ)(バナ)の蜜を細く注いでいく。ちょうどコーヒーを淹れる時みたいに。
 蜜が勢いよく流れないようによくよく注意して、用意した分量を濾しきった。これで完成だ。
 奥深いハーブの香りの薬を少しだけ舐め、効能に問題がないことも確認した。
(でも、この薬って……)

 お客さんに渡すところまでやれと言われ、店のカウンターに出た。待っていたのは髪を短く切りそろえた、二十くらいの男の人だった。
「お待たせしました。こちらがお薬……()(タマ)の賦活薬、です」
「ありがとねえ。君、お弟子さんなんだって? 君が作ったって聞いたよ」
「はい、先生を手伝わせてもらってるッス。あっ、でも、ちゃんと効果は確認したんで!」
「ははは。大丈夫、先生が任せたのなら信用してるさ」
 気さくに笑うお客さんに、たっぷり数十回分入りの瓶を手渡す。それから注意事項を暗唱した。
「これは、身体の治癒能力を高めて、傷の治りを速くします。ただ身体がとてもだるくなるので……丸一日寝て過ごすつもりで、飲んでください」
「うん、承知してるよ。よくお世話になるからね」
 あんまりあっさり言うから、お客さんの前だってのに俺はぽかんとしてしまった。

「小さな傷を治すために、一日床に臥すような薬を飲むのが……不思議かい?」
「はい、あ、いえ、すみません……」
 薬草魔術師は、相手に合った薬を処方するためにあれこれ事情を訊くこともある。でも今回は先生が問診し終わっているんだから、俺がさらに色々知りたがるのはただの好奇心で、ぶしつけだ。
 さいわいお客さんは気にしなかったらしい。内緒話のような声で自分のことを教えてくれた。
「構わないよ。僕は町の高級料理店の見習いでね」
「あなたもお弟子さんなんですか」
「うん、君と一緒だ。で、料理長がとんでもなく厳しいんだよ。指先にちょっと切り傷でも作ろうものなら、料理に穢れが入るって厨房に立たせてもらえないんだ」
「じゃあ、少しでも早く厨房に復帰するために……?」
「そ。傷が治るまで休んでても、その間ずっと料理のこと考えちゃうからさ。寝込んでもいいから早く治したいんだよ」

 笑いながらひらひらと左手を振るお客さんの、人差し指には包帯が巻かれている。
「そうだったんですね……。お客様の傷が、どうかすぐ治りますように」
「ありがとう」
 代金替わりの小さな宝石をトレーに置いて、にこやかに帰っていくお客さん。扉がちりんちりんとベルを鳴らして閉まっても、俺はぼうっと入口の方を見ていた。


◆薬草の記録
【ウィキッドボール】
茎は黄色でこよりのようにねじれ、半円を立てたような形。高さは20cmぐらい。茎の先端は下に折れて、半円の中心にくるように実がなる。実は鈍い銀色で直径8cmぐらいの球形。皮は無臭で硬い。中身は青緑のバター状で鈍い銀色の種がまばらに入っている。複数のフルーツを混ぜたような強烈な香り、辛しょっぱい味。
実に薬効。脳の疲れや緊張をやわらげ、頭痛をとる。吐き気をもよおす毒性もある。
薬効や毒性とは別に、香りを嗅ぐと実を食べたくなる効果あり。薬に使うには、これをどうにかするのが大前提。
メモ:はらたつ!!!!


◆(先生の)薬品の記録
()(タマ)の賦活薬】
菫色で粘性のある水薬。ハーブ臭、無味で弱い清涼感。
治癒力を一時的に高め、全身の傷の治りを早める。特に体表の切り傷に有効。
代謝が急に上がることから微熱と倦怠感を伴う。これは効能と表裏一体のため、改良は困難。


◆判定結果等
6回目 栽培実験
生成判定:<魔力>を選択、ダイスの目4・5→成功
栽培:スペードJ→「人間の手のひらか握り拳程度の大きさ」「寒色系 or 暗い色|角ばっている or 硬い」
耐毒判定:ダイス目1→失敗
効果:ダイス目1→「痛み・かゆみに関する効果」
味:ダイス目3→「辛味がある・辛味が強い」
香り:ダイス目2→「華やかな香り・上品な香り」
薬効・毒性:ダイス目3・6、薬効6毒性3に割り振り→「とても強い薬効。一部の病に効く程度」「弱い毒性。少し調子が悪くなる程度」

7回目 依頼調合
薬効・毒性:ダイス目4・4、薬効4毒性4に割り振り→「強い薬効。数時間は風邪のような症状に効く程度」「強い毒性。薬草魔術師が数時間寝込む程度」
味:ダイス目6→「清涼感がある・清涼感が強い」
香り:ダイス目4→「力強い香り・エスニックな香り」
形状:「薬品類」表から1を選択→「飲み薬・ポーション」
効果:ダイス目2→「傷・やけどに関する効果」
材料1:クラブK、ダイス目1→「炭・炭粉末」「寒色系 or 暗い色|丸みがある or 柔らかい」「14グラム」
材料2:クラブQ、ダイス目3→「蜜・樹 液・糖液」「寒色系 or 暗い色|丸みがある or 柔らかい」「15グラム」
生成判定:<器用>を選択、ダイスの目1・5→成功
報酬:ハートA→「宝石1個」

・ついに直球で耐毒判定失敗です。<耐毒>1は伊達ではない。


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