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文字数 1,796文字
コンビニを出て、すぐに二人は東大路通を反対側の車線に渡った。
向かいのバス停で207系統が四条河原町に停まることを確認すると、二人はちょうどやってきたバスに乗る。
車内にはそこそこ人はいたが、後部の二人掛けの座席が空いていたので並んで座った。
「よかった」
席に着くと、彼女は心底ほっとしたように小さく言った。
その隣に座りしな、良樹がそんな彼女の顔を窺うと、はたと目線が合う。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
胸元で細い指の小さな両の手を合わせてみせた彼女が、そう言ってふんわりと笑ってみせる。
真っ直ぐな、全幅の信頼を置く彼女の目線に良樹は何だか照れてしまって、目を逸らせながら答えた。
「いや、そんな…──」
後の言葉が続かない。仕方なく良樹は、判らないように深呼吸をして自己紹介することにした。
「あー、おれ……いや、僕は、宮崎良樹……です……」
気恥し気に良樹の顔が彼女を向く。
「わたし──」 パッと笑顔になって胸元を指して口を開きかけた彼女が、次の瞬間には、何かを思い出したように言い淀む。「──…あの……」
──?
名前、言いたくないのかな?
やっぱり〝訳あり〟なのだと話題を転じようとする良樹の前で、彼女はおずおずと良樹の表情を窺うように訊く。
「──あの、クラスは……?」
「クラス?」
良樹は、
思いの外真剣な表情で訊いてくる彼女が不思議だったけれど、良樹はとりあえず答えた。
「──あ……D組だけど……」
宏枝の、それまで探るようだった表情が、何故だかほっとしたふうになった。
「わたし、“なかざとひろえ”っていいます。──A組です」
胸元に細い指の手を当てた彼女が、そう言ってふんわりと笑ってみせる。
良樹も笑顔になって彼女を見返す。
そこでちょっと会話が途切れた。
それが残念なのに、次の言葉が見つからないで目線を下げた良樹の耳元に、不意にじゃらじゃらと重なり合う乾いた音が飛び込んできた。
目線を上げると、彼女がタブレット菓子のパッケージを目線の高さで振ってみせていた。
小首を傾げてみせる。
「いりませんか?」
「あ……、じゃ、……いただきます」
彼女が、先に良樹の手のひらに一錠、二錠……と振り出してくれた。
「──みやざき〝さん〟、でいいですか?」
今度はやり取りが途切れることなしに、彼女の落ち着いた朗らかな声が続けて訊いてきた。
「あ……、名前?」
「呼び方です」
はい、と彼女が頷く。
言いしな、自分の分のタブレット錠を小さな手のひらの上に落とし始めた彼女の横顔に、良樹は答えた。
「ん……、じゃ、それで……」
とくにこだわりみたいなものがある訳でなしに、ふと浮かんだ想いが口を吐いて出ていた。「──けど、やっぱさん付けになるんだ? (なるほど……)」
何とはなしの問いだったけれど、彼女の方は顔を上げると大まじめに応じた。
「あ……。宮崎さんって、なんかその、落ち着きあって、大人っぽく感じました。だから……」 彼女が、ちょっとだけドギマギしたように目線を外して言った。「──それじゃー、宮崎〝くん〟……?」
そんな彼女──中里宏枝の表情に何か照れてしまった良樹の答えは、ことさらわざとらしい感じになってしまう……。
「んー、じゃそれで。……あ、何だったら〝みやざき〟でも、〝よしき〟でも──」
ちょっと場の空気が変わった気がした……。
──バカ。なに舞い上がってるんだ、おれは‼ 別にデートとか誘ってるわけじゃないんだからな!
自分自身にくぎを刺す。
「あ、じゃあさ、君の方は、──なかざと〝さん〟かな?」
宮崎良樹と名乗った彼がそう訊いてきて、宏枝はこくりと頷いて返した。
ただ頭の中では、さっきの彼の言葉がリフレインしている。
──何なら〝みやざき〟でも、〝よしき〟でも……
『何なら、〝ひろえ〟でも……』なんて言ったら、そう呼んでくれる、……ってこと?
そんなふうに過ぎった考えに、宏枝はもう一度彼の顔を見た。
──あ……、ちょっと、イケメンなんだ……。
きゃーと、宏枝は赤くなって俯き、手のひらの上のタブレット菓子を慌てて口に放り込んだ。