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文字数 1,120文字
良樹が宏枝の母──中里
静子は、いきなり訪ねてきて雨に濡れるのを厭わずに懸命に娘の危篤を伝える、つい先日に一度会っただけの高校生の話を、最後には信用した。
虫の知らせのようなものもあった。
あの日──この高校生と一緒に──訪ねてきた宏枝を返してしまった後、それまで遠くに感じてきた娘が、さらに遠くへといってしまった感覚に囚われた。
母に電話をしてみたが、何度かけても繋がらない。
漠然と胸の中に不安が湧いてきて、いよいよ東京出て宏枝の顔を見てそれを晴らそうかと考え始めた矢先に、彼が来た。
*
東京行の新幹線は19時20分台の『のぞみ』だった。
車中、静子は娘の学校生活のことを訊きたがった。
やはり、不安なのだろうと良樹は思う。
とは言え、良樹にしても宏枝の日常を知りはしない。結局、美緒から伝え聞いたことをそのまま伝えることしかできなくて、それが悔しかった。
中里とは、この先ずっと、いろんな出来事を一緒に積み重ねていきたいと思っていた。
高杉美緒の〝思い出〟の中の彼女でなく、自分の記憶の中の彼女──宏枝を、もっと語りたかった…──。
これから始まると思っていたのに……。
唐突に、それは
*
良樹に話せることがなくなってしまうと、今度は静子が、自分と母と、宏枝とのことを少しだけ語った。
静子は、宏枝を祖母の許に置いていきはしたが、娘のことを忘れたわけではなかった。
例えば小中高校の入学式の季節などには、実家の門柱から姿を見せる宏枝の姿を、こっそりと遠くから盗み見ていた。
一年前には、母翔子に手紙を出している。
京都で初めて開いたフラワーデザイナーとしての個展に、母と宏枝を招待したのだ。
家を出た後に、母に躾けられた華道の才でフラワーデザイナーという職を得ていた静子が、ようやく母への感謝を添えて、宏枝への想いを綴ったその手紙に、返信はなかった……。
まだ母の怒りが解けていないことを、静子は思い知った。
そんなことから一年が経って宏枝が訪ねてきたときに──
静子は、娘の想いに応えることなく、母との約束をたてに追い返してしまった。
ただ抱き締めてやるだけのことに思い至らず、それが出来なかったことが悔やまれる。
もし、赦されるなら……、せめて最後には傍に居てやりたいと思う。
間に合うだろうか。
宏枝を、一人きりで逝かせてしまいたくはないと、母は想う。