第13話

文字数 1,914文字

「……それに僕は最新ゲームに興味がないんだ。関心があるのは、もっぱらレトロゲームと呼ばれるジャンル。まだ光ディスクになる前のゲームの事さ。それこそカセット世代のね」
 それで納得がいった。この前バスで会った時に、スマホでは無くてモノクロ画面の古臭い携帯ゲームをプレイしていた。その時はただの貧乏だと思ったけれど、レトロゲームのオタクだとすれば納得がいく。
「どうして昔のゲームがそんなにいいの? 最近の方が絵もきれいだし、迫力もあるでしょう」
「何も判ってないな」本条は、さも当然のように話を繰り出した。「今のゲームはグラフィックは良いけれど、情緒が感じられない。エフェクトも掛かり過ぎているし、システムも凝り過ぎなんだよ。サウンドも豪華な割にメロディラインが薄っぺらいし、シナリオだって複雑な上に、どれも似たような物ばかりで、オリジナリティが感じられない――それに比べてレトロゲームはシンプルで……」
 話は取りとめもなく続くが、香帆にはさっぱりついていけない。オタクというものは一度自分の世界に入り込んだら、誰にも止められないのだろう。
 適当に相槌を打ちながら、元きた道を戻り、グランドセピアを目指して足を進めていく。
 もう少し行くと建物が見えるということころで本条が立ち止まると、キャップの位置を直しながら、香帆に視線を向けた。
「仕方ないな。どうせゲームの事なんて何も知らないんだろう? だったらボクが簡単に教えてやるよ。その代わり……」
「その代わり?」香帆は訊き返した。
「中古で構わないから、あとでゲームを買ってくれよな。中古と言ってもプレミアがついて二万円くらいすると思うけど」
 そう言って怪しく目を光らせる本条は、眉を微妙に歪ませていた。香帆は肩を怒らせながら、とんでもないと首を振る。
「正気なの? 二万なんて大金、とても出せないわ。これでも“お姉さん”はキツキツなのよ」
 あっけらかんとしている本条は、再びキャップを整えながら上唇をペロリと舐めた。
「冗談だよ。いくら簡単といっても、所詮一晩では語りつくせない。それにおばさんには、いくら説明したところで、半分も理解できないだろうし」
 そう言われて益々ムカつく。確かに理解できる自信はないし、彼は『おばさん』を訂正するつもりもないらしい。
「じゃあ“さわり”でいいから教えてくれない? ゲームソフトとまではいかないまでも、ソフトクリームくらいなら奢ってあげるから」
 すると本条は不意に香帆の尻を右手でひと撫でした。
「きゃっ! 何するのよ!」
 両手を尻に当てて、たじろいだ香帆は、赤面しながら後ずさりをした。
「触れっていうから触っただけだよ。別におばさんのケツなんて興味ないし!」
「おさわりじゃないの。話のさわりの事を言ってるの。知っててワザとやったでしょう」
 さあね、という顔をして本条は真顔で語り始める。
「勘違いしているようだから説明してあげるけど、“話のさわり”というのは、最初の部分ではなく、一番盛り上がるメインの箇所を指す言葉なんだぜ。年上のクセにそんな事も知らないのかよ」
 恥ずかしさのあまり心臓が跳ね上がった。年下の高校生に言葉の間違いを指摘されるなんて、赤っ恥も良いところだ。
「……判ったから教えてくれない? 例えばテレビゲームの歴史なんかを」
 露骨に迷惑そうな顔を見せるが、それでもゲームの事を語りたいのか、本条はいやだと言いつつも口を開かずにはいられない様子だった。
「さすがにファミコンは知ってるだろ? スーパーファミコンは?」
「それも知ってるわ。私は持っていなかったけれど、だいぶ前に親戚の家で従妹と一緒に遊んだことがあるわよ」
 当時を思い出し、顎をさすりながら感慨にふける。
「じゃあ、PCエンジンは? メガドライブは?」
「それは全然知らないわ。それもファミコンの一種なの?」
「厳密に言うと違うけどね。ファミコンはファミリーコンピュータの略で任天堂の登録商標なんだ。コンピュータ“ー”では無くてコンピュータだから間違えないように。今では一般的にゲーム機全般を表す言葉になっているけれど、ボクたちのようなマニアからすれば、発売元の違う他のハードの事をファミコン呼ばわりされるのは、内心、穏やかじゃないから絶対に気を付けて。もちろんSad Onlyはプレイステーション4だけど、あれもファミコンと呼んじゃだめだよ。無知がバレるから」
 危ないところだった。香帆はゲーム機のことを、全部ファミコンというのだと認識していら。もしプレイステーションの事をイベントで訊かれたら、ファミコンと口を滑らせていたに違いない。別の意味で、失言続きの志田の事ばかりは言えなかった。
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