第14話

文字数 2,298文字

「無知で悪かったわね。そんな事、マニアしか知らないわよ。あなただってファッションやスイーツの事なんて何も知らないでしょう? それと同じよ」
「ボクはまだ子供だから、そんなこと知らなくてもいいんだよ」
 都合が悪くなるとすぐに自分を子供扱いする。まったく最近の高校生ってのは――。
「それで、Sad Onlyはどんなゲームなの? さっきの映像で面白そうなのは判ったけど、正直言って具体的な内容はさっぱりなの」
 香帆は本音を漏らした。ここは恥を捨てる覚悟で教えを請わなくてはならない。
「呆れるよ。それでよくレイカの恰好をしたな。よく似合っていたけど、すっぴんだと全然似てないし、まったく可愛くもない。やっぱりメイクの力は偉大だな」
「別人なんだから当然でしょう? 余計なことは言わなくても結構。それで内容についての解説はどうなのよ?」
 キャップのつばをひと撫でし、本条は右の口角を上げた。
「あれはいわゆる格闘アクションだな。ざっくり言うと、ものすごく複雑なスーパーマリオみたいなものさ。あ、ごめん。スーパーマリオというのは……」
「それくらいは知ってます! バカにするのもいい加減にして。ちっとも話が進まないじゃないの!」
 そこで背後から声が掛けられた。振り向くと黒のデニムに黒いシャツの三十前後に思える男が立っていた。
 髪はひと昔前のキムタクのような茶髪交じりのロン毛で、鼻筋のすっきり通ったかなりのイケメンのうえにスタイルも悪くない。無骨な志田よりも、むしろこのロン毛の方がユージンにふさわしいと思えるくらいだった。
「この姉ちゃんにゲームの話をしても無駄や。ただのコンパニオンやで? しかも最新ゲームやなんて説明されてもチンプンカンプンやろう。コンパニオンっちゅう仕事はショーを盛り上げたり、野郎ばかりのこの世界に華を添えたりするんが本来の役割であって、俺たちのような専門的な知識は必要ない。何を訊かれても『わかりませ~ん』と、可愛らしく舌を出しとけばええんや。あんた、てへぺろっちゅうのを知らんのかいな」
 本条と同じく、イケメンのロン毛もゲームマニアだった。しかも関西なまりが凄い。別に関西なまりの人をどうこう言うつもりは無いが、彼も癪(しゃく)に障る言い方をしている。
 だが、彼の言うことも一理あった。今さらここでゲームのことを勉強したからと言って、所詮は付け焼刃に過ぎない。深い話になると、きっとボロが出るだろうし、仮に乗り切れたとしても、再びゲームに関わる仕事が来るとは限らない。たった一回のイベントのために、ゲームを覚える必要は無いと思えた。しかも既に第一部は終了していて、後の出番は第二部の前半三十分と撮影会のみ。彼の言う通り、何を聞かれても、「判りません」と言って乗り切るのも、一つの手なのかもしれない。
 しかし香帆にもプライドというものがある。馬鹿にされたまま、黙っておくわけにもいかず、
「あなたのおっしゃりたいことは理解できます。でも、これを機会にゲームの事を勉強するのも、決して悪くないと思います? モデルだからってゲームをしたらいけないワケですか!?」
 ついカッとなり、声を荒げてしまった。如何に相手が失礼な態度を取っていたとしても、香帆がコンパニオンであることを知っているということは、彼もイベントの参加者であることに間違いはない。間接的とはいえ、大事なお客様に無礼な応対をしてしまった事に落ち込まざるを得なかった。
 ロン毛の男は憤慨している――かと思いきや、彼は自分から謝ってきた。
「これはシャレの利かんことを言ってしまい、えろう、すんまへんでした。ところでさっきのレイカはあなたでっしゃろ? とても似合うとったで。だが、素顔はもっとステキやね」
 そう言われて悪い気はしない。香帆の中で、ロン毛男の好感度が急上昇したのは言うまでも無かった。
「ありがとうございます。もしかして写メを撮りましたか? ご存知かとは思いますが、もしよろしければイベント終了後に撮影会を行いますので、そちらの方も是非参加してください」深々とこうべを垂れる。
「まさか。今どき写メなんて撮らへんがな。もちろん動画や動画」
 苦笑いを見せ、一瞬不安になった。動画ということは、まさかスカートの中も……?
 そんな気持ちを汲み取ってか、ロン毛男はデニムのポケットから笑顔でスマホを取り出すと、軽く振ってみせた。
「安心せいや。大事なところは撮ってないきに」
 ということは、既に動画をチェック済みということだ。第一部が終わってそれほど経過していないにもかかわらず、何と素早いアクションなのだろう。
「そうでしたか。良かったら第二部以降も楽しんで下さい。またレイカとしてステージに上がる予定ですから。今も言った通り、最後には撮影会もありますよ」
 周りを見廻すと、いつの間にか本条司の姿は消えていた。スマホの時計を確認すると、既に一時を過ぎている。第二部は一時半からなので、着替えやメイクのこと考えると、そろそろ楽屋に戻らなければならない。
 しかし、ロン毛男は行く手を塞ぎ、グランセピアへ戻ろうとするのを阻んだ。
「もし、君さえよろしけりゃ、今度食事でも交えながら、ゆっくりと話でもせえへんか?」
 そう言って名刺を渡してきた。本来であればすぐに返事をしたいところだが、さすがにイベントは待ってはくれない。
「また撮影会で会いましょう。今はちょっと時間が無いの。ごめんなさい」
 後ろ髪を引かれつつ、香帆はロン毛男の元を走り去った。
 背後から「良かったらメールくれへん? 名刺にアドレスが書いてありまっから」と、澄んだ声が聞こえた……。
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