第三話

文字数 3,278文字

 白い石造りの巨大な城――。深緑の屋根の尖塔が立ち並ぶ、立派な城。そのふもとには人々でにぎわう町があった。いわゆる城下町だ。食事処、商店、宿、雑貨屋などが軒を連ね、様々な人物が行き交っている。
 先程までぽつんと2人きり草原に投げ出されていた2人は、正反対の環境に圧倒されていた。とりあえず、人々の間をぬって歩く。もしかしたら仲間の誰かがいるかもしれない――と期待はしているのだが、この人混みでは探すのも一苦労だ。
 2人はひとまず、町の中心部にある広場の噴水に腰を下ろした。
「私たち2人だけの世界じゃなかったのね。本当に、この世界に生活している人がいるんだわ」
「ああ、そうみたいだな……。悪霊の罠にしちゃ、リアルで広大すぎる。可能性は低そうだ。ハロウィンの時みたいに、また何か不思議な存在に巻き込まれたのかもしれねぇ」
 幽霊でもなく、悪霊でもない"概念"という存在が引き起こしたハロウィンの事件。またそんな奇妙奇天烈なものに巻き込まれたのか――望が頭を抱えていると、広場を覆いつくしていた人の波が、急に引いていくのを感じた。まるで誰かを通すように。そしてできた人の通路の先が自分たちであることに、2人は理解が追い付かずにいた。視線の先には顔を含めて全身を細身の鎧で覆った騎士が立っていた。
「アナソルエ卿だ」「どうして卿がこんなところに?」
 住民たちの声から、彼が普段こんな場所に顔を出さない人物だということが分かった。アナソルエ卿と呼ばれた人物はまっすぐに望とアンジェロに向かって歩を進めてくる。その圧倒的な威圧感に思わず背筋が伸びた。
「この城下町では許可のない者の武器の携帯は禁じられている。許可状はあるのか?」
 ああほら厄介ごとに巻き込まれた――望は盛大にため息を吐いた。
「どうする?」
「どうするっつっても――」
「持っているのかと聞いている」
 小声で相談する様子の2人を見てか、先ほどよりも語気を強めた様子でアナソルエ卿は尋ねた。
(嘘を吐いても、事態は悪化するだけね……)
「いいえ。持ってないわ。そんなルール知らなかったんですもの」
 望がはっきりした口調で答えると、群衆たちがざわついた。まるで望のアナソルエ卿に対する態度がまずかったとでも言うように。そしてアナソルエ卿の顔色を窺うような空気が流れた。
「知らないでは済まされん。この町の治安を守るため、貴様には罰を受けてもらう」
「罰ぅ!?そんな、たまたま知らなかっただけじゃねぇか!そんなの誰にでもあるだろ?」
「黙れ!その程度の言い訳がまかり通るようでは町の平和は保たれん!」
 アナソルエ卿はスラリと剣を抜いてアンジェロの首へ向けた。
「それとも反逆罪として斬首になるか?」
「……!」
 2人が睨みあっている最中、アナソルエ卿の背後からゆっくりと、馬の蹄の音が近づいた。
「アナソルエ、おやめなさい」
 凛とした女性の声が沈黙を破る。
 アナソルエ卿がややあってから剣を収め、振り返る。望とアンジェロの視界には、桃色のドレスを纏った美しい女性が、白馬の上から見下ろしていた。
「ラルル姫様、しかし……」
 姫。アナソルエは確かにそう言った。ラルルと呼ばれたその女性は、銀色のつややかな髪を揺らして首を横に振った。
「その方々は、"伝説の勇者"かもしれません」
 アナソルエ含め、群衆が大きくざわついた。
「馬鹿な、こんな小娘と子供が!?」
 アナソルエ卿が明らかに動揺した声をあげた。
(――?)
 望はアナソルエ卿のその声になぜか聞き覚えがあったような気がしたが、しかしそんなことよりも――。
「"伝説の勇者"ぁ?」
 望とアンジェロはそろって素っ頓狂な声をあげた。自分たちはわけもわからずこの世界に現れたばかりの余所者で、濡れ衣もいいところだ――そう説明しようとしたが、ラルル姫によって遮られた。
「とにかくお話があります。アナソルエ、その方たちを城へ」
「は、はい……」
 こうして腑に落ちないという様子のアナソルエに連れられて、もっと腑に落ちない様子の2人は、城の中へと導かれたのだった。

「まずはこの世界の現状について、話さなければなりませんね」
 天井が高く、華やかな装飾が施された石造りの空間。目の前には玉座に座る、望と年齢もそう変わらないけれども、浮世離れした美しさの姫。望とアンジェロはそわそわと落ち着かないまま、ふわふわの椅子に座らされていた。
「しばらく前のこと、この城のちょうど反対の空に、黒い城が現れたのです。そこには魔王が居座り、この世界を支配しようと企んでいるようなのです。それからというもの世界の様々な所に魔物が現れ、私たちの生活を脅かすようになりました。その魔の手はこの城の近くまで及ぶように――しかし、この国にはこんな言い伝えがあるのです。

"世界に黒い闇がふりかかる時、それは大きな光の現れし時でもある。
白と青の衣に剣を携え、金縁の赤い盾を持った勇者が現れ、この世界の危機を救うだろう。"と」

 なんじゃそりゃ、と望は心の中で呆れていた。"言い伝え"?そんな根拠のないものがこの世界には広まっているのか。
「まぁ白と青の衣はわかるけど、金縁の赤い盾……?そんなもの……」
 アンジェロが言いかけたその時、ラルル姫と目が合った。自分の姿を見る。黄色の縁取りの、赤いパーカー……。
「オレさまが盾か~~い!!」
「ありえない話ではありません」ラルル姫は極めて真剣な表情で返した。「何よりその剣こそ、勇者である証拠。お願いします。どうか私たちを……この世界を救ってください!」
 ラルル姫は姫であるにも関わらず深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待って!」望は思わず立ち上がった。「信じられないかもしれないけど、私たちは貴方たちとは別の世界から来たの。それなのに急に"伝説の勇者"って言われても、信じられないわ」
「恐れ多くも姫様、私も信じがたいですね」
 望とアンジェロの傍らに跪いていたアナソルエ卿も異を唱えた。
「王国騎士団ですら手を焼く魔物たちに、こんな少年少女が勝てるとは思いません」
「――確かに、魔王軍は日に日に力を強めています。しかし、それでなければ、なぜ彼らが異世界からこの世界にやってくるというのでしょう。世界が、彼らを必要としたのです」
「そんな御伽話のようなことを……」
「私は本気よアナソルエ」
 ラルル姫の凛とした声に、アナソルエも望もアンジェロもたじろいだ。確かに急にこの世界に放り投げられた理由としてはあり得るかもしれない――彼女の言葉にはそう思わされる強さがあった。
「――で、お前は剣の心得があるのか?」
「……ないわ」
 アナソルエ卿はやはりな、とため息を吐いた。
「姫様は言い出したらきかない人だ。俺が剣の稽古をつけてやる。死なない程度にはなるだろう」
「ええーっ!」望はあからさまに嫌そうな声を上げた。
「なんだその露骨に嫌そうな声は。少しでもお前が生き残れるようにしてやろうというのに」
「まー護身術ぐらいは習っといて損はねぇんじゃねぇの?」
「貴様もだ、少年」
「オレさまは自分の身ぐらい自分でまもれるからな――っと!」
 アンジェロの両掌が光り輝くと、アナソルエ卿は剣を抜き、姫を守るようにアンジェロの前に立ちふさがった。それとほぼ同時にアンジェロの掌には白銀の二丁拳銃が現れ、その銃口はアナソルエ卿に向けられた。
「……なるほど、攻撃は最大の防御というわけですね。貴方が"盾"で間違いない」
 ラルルは動揺することなく淡々と、アンジェロとアナソルエ卿のにらみ合いを見ながら言った。
「――まだお名前を伺っていませんでしたね、勇者様方」
「オレさまはアンジェロだ!」くるくると二丁拳銃を弄びながらアンジェロは名乗った。
「――望よ」相対して渋々といった風に望は名乗る。
「アンジェロ様、望様、どうかこの世界をよろしくお願いします――」
 再び頭を下げて、ラルル姫は奥の私室へと去っていった。

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