第二話

文字数 2,214文字

 チチチ……という鳥の長閑な鳴き声と、みずみずしい草のにおいで望は瞼を開いた。
 目の前には広大な大空。青くどこまでも広がり、白い雲がゆったりと流れていく――。
「――は?」
 自分の今の状況を自覚して、思わず荒々しい声を出してしまった。自分は今、どことも知らない広大な草原に大の字で投げ出されている。
「はぁあああ!?」
 飛び起きて辺りを見渡す。大きな山脈、どこまでも広がる草原、そして遠くにそびえる巨大な白亜の城……。それは今まで望が暮らしていたアスファルトのビル群が立ち並ぶ世界とは程遠い、いわば――"ファンタジー"の世界だ。
「いったい何がどうなっているの……?」
 望が呆然と立ち尽くしていると、どこからかうぅんとうなり声が聞こえた。振り返ると、赤いパーカーの少年がまるで犬のように金髪をかき乱して、頭の葉っぱを振り落としているところだった。
「アンジェロ!よかった……!あなたも一緒なのね!」
「おう望……って、なんだこの世界は!?」
「こっちが聞きたいわよ」
「お前ひとりか?他のみんなは?」
「わからない。気が付いたらここにいたのよ。ここに来る前の記憶もない……」
「もしかして、悪霊の罠か!?」
 アンジェロは掌から光る二丁拳銃を取り出し、構えて辺りを警戒する。しかしいくら警戒しても、辺りにはそよそよと草原をなぜるのどかな風が吹いているだけだ。
「いったい何がどうなってるんだ……」
 アンジェロが拳銃を下ろしたその時、ふっと背後に佇む謎の気配を感じ、再び拳銃を構えて振り返る。
 そこには先ほどまでいなかったはずの少年が立っていた。――いや"浮いて"いた。地面から数センチといったところにふわりと漂う少年は、姿こそ人間の形をしているが、和服のような服から覗く緑色の肌の色から人間ではない何かだとわかる(特に顔は、濃い緑と薄い緑の2色だ)。草原の葉っぱたちよりも青々とした瞳で、こちらを見つめている。その表情は、どこか悲しげで、敵意は感じられない。
「お前は何者だ?」
 それでもアンジェロは警戒を解かない。拳銃を向けたまま少年に問いかける。その姿に、少年はますます申し訳なさそうに俯いた。
(こんなことになってしまって、ごめんなさい)
「えっ?」
 望とアンジェロの頭の中に、悲しげな声が響いた。目の前の少年は口を動かしていないが、不思議なことにこの少年の声だと2人は直感した。
(助けてあげたいけれど、今の僕にはこれぐらいのことしかできない……)
 すると少年は何かを持ち上げるように掌を上向きに腕を掲げる。すると少年の掌の上がまばゆい光を放ち、細長い物体が現れた。それは青色の簡素な装飾の鞘に収まった、大きな剣だった。アンジェロは警戒を強めた。そんな警戒とは裏腹に、少年は剣を抜こうとはしない。
(お願い。僕たちを助けて)
「助けて?どういうことだ?」
 アンジェロが尋ね返すも、少年の姿は薄れていく。
「お、おい!」
(僕たちを助けて……。この世界を……して……)
 そう言い残すと、少年の姿は完全に消えてしまった。ガシャン、と音を立てて剣が落ちる。
「お、おい!一番肝心な部分が聞こえねえじゃねぇかよぉ!」
 アンジェロの叫びも空しく、少年の気配はもうそこにはなく、ただ剣だけが残されていた。
「『僕たちを助けて』って、私たちが助けてほしいぐらいなのに……」
 2人は残された剣に近づいて見下ろす。
「でも、彼を助けたら、私たちが元の世界に戻る方法も教えてくれたりするのかしら」
 望は少年の言葉を思い出していた。彼は、助けたいけれど、今はこれしかできない、という旨の発言をしていた。もしかして彼を助けてあげることが出来れば、自分たちのことも助けてくれるのではないかと。
「まぁ確かに、今はそれしか手立てがねぇな……」
 アンジェロが恐る恐る剣の柄に手を伸ばす。
「しかしこの剣、罠だったりしないだろうな……ん?なんか引っかかってるぞ?」
 よく見ると、剣の柄に輪状の紐が引っかかっていた。手に取ってみるとそれは革紐でできたペンダントのようなもので、宝石の代わりにいびつなガラスのかけらのようなものが括り付けてある。
「なんかゴミみたいだな」
「よくわからないけど剣と一緒に渡されたのだから持っておきましょ……」
 望は得体の知れないものを持ちたくないという理由で、ペンダントはしぶしぶアンジェロが首から下げることになった。
「じゃあ、この剣もオレさまが持っていいよな!……って、重ッ!」
 剣やはり少年心の憧れなのか、意気揚々と剣に手を伸ばしたアンジェロだったが、その剣は彼の体格よりも長く、重かった。彼が持ち運ぶとすれば引きずるしか方法がない。
「ってことは私!?私が背負わなきゃいけないの!?」
「それしか方法がねーんだからしかたねぇじゃねぇか」
 完全にいじけたアンジェロを横目に、望はため息を吐いた。
「仕方ないわね。うう……なんでこんな物騒なもの……」
 幸いにも鞘には剣を背負うための革のベルトが付いていたため、望は背中にしっかりと大剣を背負った。ずしりとしたそれはちょうど望の扱いやすい長さではあるものの、両手でなければ扱えない重さだ。
「戦うときはオレさまが使うからな!」
「当たり前よ!私は使わないからね!」
 ぎゃあぎゃあと言い争いながらも、望は剣、アンジェロはペンダントと担当が決定し、とりあえず誰か人がいるであろう城を目指すことにした。

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