第二話

文字数 3,113文字

 村人たちの話を聞くと魔物は巨大な一匹だけ。洞窟に棲み、生贄を求める時にしか這い出てこない。生贄になった女性を助けようと果敢にも洞窟に挑んだ男たちもいたが、帰ってきた者はいないという。黒い闇の塊のような身体に(動物に例えるなら猪に似ている)、赤い鋭い目、人語を理解し話すこともできるという。
 棲み家である洞窟に乗り込むのは分が悪いと判断した。よって儀式の最中、魔物がネェウに気を取られている間に打ち取る作戦に決めた。賛同して鍬や鋤を持って戦おうとする者、馬鹿らしいと吐き捨てる者もいたが、望とアンジェロは本気だった。絶対に、魔物を打ち取ってみせる。現状それしか解決法がないのだから――。
 そして儀式当日。魔物は夜にやってくる。ネェウはまるで白い布をそのまま素肌に纏っただけのような姿になった。これが生贄の娘の正装らしい。村人たちが何人か鼻の下を伸ばすのを、望は白々しい目で見ていた。
「大丈夫だぞ、ネェウ。今日は勇者様方が守ってくれるからな」
 村人たちが励ますも、ネェウは不安げな顔で
「ネェウはいいのです。もしも魔物に食べられてしまっても、それで村を救えるのなら――初めて村の役にたてるのだから」と繰り返すだけだった。
 クイーンの姿形のまましおらしい佇まいを見せれられると、やはり違和感しかない。本当の彼女なら、今頃鼻の下を伸ばしている村人どもを蹴散らして、「魔物もあたしが倒してやる!」と拳をふるいそうなものだ。でも今目の前にいる彼女は、そうじゃない。
(どういうことなのかしら……)
 考えている間に日が落ちていく。ついに儀式の瞬間がやってきた。牧場の真ん中にやぐらを作り、ネェウがその上に寝そべる。すると魔物の方から現れるという。
 作戦はこうだ。普段通りに儀式を執り行うつもりで村民たちは魔物に跪く。完全にネェウに気を取られた瞬間、望が合図をしたら一斉に背後から村人たちともどもとびかかる。その隙にアンジェロがネェウをやぐらから救い出して安全な所へ運び、空中から応戦する。
 夜の闇が深くなり、やぐらの近くにたかれた松明に照らされて、ネェウの身体が妖艶に照らし出される。すると、牧場の奥、松明の光すら届かない闇の奥から、赤い目が2つ近づいてきた。
(う、うそでしょ……思ってた以上に大きい……!)
 望は村人のふりをしながら様子をうかがっていたが、魔物は望の想定より一回りも二回りも大きかった。村人たちの言うとおり猪のような巨大な鼻をぶひぶひと鳴らして、やぐらに近づいていく。
「ほう、今回は前回にもまして美しい娘じゃな」
 跪く村人たちを余所に、魔物はネェウを吟味し始めた。
「今よッ!」
 望の声を合図に村人たちは立ち上がり、暗闇の中、背丈の高い牧草に隠していた鍬や鋤を投げつける。背後からの予想だにしない攻撃に魔物はひるんだ。しかしそれも一瞬だった。
「何のつもりだ?人間風情が!」
(やっぱりあの巨体にはダメージは与えられないわね……)
 望は村人たちに下がるように命じた。そう、この作戦で望の大事な役割は"気を引くこと"だ。
「見る目がないのね。私の方が、貴方のお相手に向いてるわよ」
 望は震える手で背中の両手剣を抜いた。
「ほぉう、小娘、お前も私の餌になりたいようじゃな?」
 もちろんまともにやりあう気は毛頭ない。望の剣の技量はアナソルエ卿に教わった護身術程度のものだ。――逃げ切るかない。アンジェロがネェウを救い出すまで。


 一方、上空の夜闇に隠れていたアンジェロも、魔物の意識が完全に望に向いたのを確認した。
(今だッ!)
 音を立てずにふわりとやぐらの近くへ舞い降りる。すると数名の村人たちが、ネェウをやぐらに固定しようと、ロープで彼女を縛ろうとしていた。
「おい!何やってんだ!」
 アンジェロが思わず叫ぶと、村人たちは煩い!と声を荒げた。
「穏便に儀式が済めば、俺たちは平和なままでいられるんだ!嘘っぱちの勇者が、事を荒立てるんじゃねぇ!」
 明らかに、2人を勇者と認めていない者たちの独断行動だった。ネェウは乱暴に腕を縛られて、顔を歪めている。その様子に、アンジェロは思わず村人たちの輪の中に身体をねじ込んだ。
「痛がってんだろ!乱暴にするんじゃねえ!」
 アンジェロがネェウへの手を振りほどこうとした瞬間、首にかけて服の中に仕舞っていたペンダントがポロリと零れ落ちた。ガラス片のそれにネェウの目が合ったかと思うと、ペンダントを見つめたままネェウの動きがぱたりととまった。
「ネ、ネェウ……?」
 村人のひとりが不安げに声をかけると、ネェウはぐるん!と勢いよく首を回してそちらを見た。そして
「なんっっっっっっっじゃこりゃーーーー!!」
 今までのネェウのしおらしい様子から一変、素っ頓狂な大声を出して暴れ出した。
「ね、ネェウ?一体どうしたんだい……?」
「はぁ?ネェウって誰?あたしの名前はクイーンだっつーのッ!」
(クイーン!)
 裸同然で縛られている状況にぎゃあぎゃあと喚いている様子は確かにクイーンで、アンジェロは思わずホッと胸を撫で下ろした。
「なんじゃ、妙に騒がしいな……」
 そうこうしている間に魔物の気配が裸同然のネェウもとい、クイーンに向けられてしまった。
(まずい……!)
 攻撃を避けながら走り回っていた望も限界に近かった。ただでさえ普段運動をしないせいで、すでに両膝が笑っている。
「げーっ何あの怪物!?もしかしてあたし狙われてるわけ!?」
 クイーンは周囲を見渡し、ネェウの様変わりっぷりに呆然とする村人たちに対して言い放った。
「アンタたち!ぼーっとしてないでこれ外して!あと何でもいいから服ちょうだい!」
「し、しかし、儀式が……」
「アンタたち、生き残りたくないのッ!?」
 クイーンの圧に押されて、村人たちは結んでいたロープを外し、ネェウがもともと纏っていたボロボロの服を持ってきた。クイーンは裸になるのも恐れず豪快に着替えを済ませると、魔物に向かって光の矢をつがえた。これが彼女の天使としての武器だ。
「なんだかよくわかんないけど、あたしの裸を見た罪は重いわよッ!」
 クイーンの放った矢は魔物の眉間のど真ん中に命中した。魔物は悶絶しどうと倒れる。この隙にアンジェロはクイーンに駆け寄った。
「クイーン!元に戻ったんだな!」
「元に戻ったって何?あ!!あんたもあたしの裸見たでしょ~~!!」
「しょ、しょうがねぇだろ!不可抗力だよ!」
 ぎゃあぎゃあと騒いでいると、望も合流した。
「クイーン!」
「やっほーもっちー!って何その剣、超絶ハマってない」
「説明はあと!とにかくこいつを倒してしまわないと」
 3人が話している間に、魔物は呻き声をあげて立ち上がろうとしていた。
「オレさまが空中でひきつける。クイーンは地上から。望は隙を見てぶった切れ!」
「OK!」ネェウだったころの頼りない面影はどこへやら、自信たっぷりにクイーンは頷いた。
「ええっ、ぶった切れって言われても!」
 アンジェロは夜空へまっすぐ飛び立ち、空中から魔物へ銃弾の雨を降らせる。クイーンは望の傍らに控えたまま、弓を引き絞り、放つ。光の矢は八方に分裂して、様々な角度から魔物を襲った。
「ええいもうやけだわ!」
 2人の攻撃で魔物の身体が大きくよろめいた瞬間、その巨体めがけて大きな剣を振り下ろした。すると不思議なことに、望の描いた剣先の弧は鋭い光の刃となって、魔物の身体を一刀両断した。
「ば、か、な……」
 魔物は断末魔を残して、黒い煙となって蒸発するように夜空に消えていった。
 わああああ―――!という歓声をと共に、夜が明けていく。
「つ、疲れた……」
 望だけがその場に崩れ落ちた。
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