第1話 プロローグ

文字数 1,091文字

 2036年 4.10
 茨城県つくば市 男体山 山頂

 都内から早朝の電車で、急いで来たというのに空は真っ暗だった。
 青色と紫色に煌めく星雲がゆっくりと流転し、闇にすっぽりと包まれた空を彩っていた。

 まるで、プラネタリウムだ。
 時々、幾つもの色とりどりの流れ星が落ちていった。

 星降る神社。
 影の世界の日本で有名すぎる神社だ。

「わざわざ、ご足労おかけして申し訳ありませんね」
「いえいえ。こちらに星宗さまがいらっしゃるとお聞きしまして」
「はあ、今は大事な祈祷中でしたが、途中でどこかへ行ってしまいました。一体、どこへ行ったのでしょうかねえ? それにしても、政府のお偉い方がこちらへ足を延ばしになさったのは、これで何度目でしょうかね? 皆、せっかく来てくださったのに、星宗さまにお会いできずに、無駄足になっておられる」
「ああ。何度もいいます。こちらに星宗さまはいらっしゃるのですね?」 
「ええ。ええ……」

 そういうと、梶野はどこか不思議な木の実のお香がする玄関で、靴を脱いだ。そのまま、茶色い普通の洋服を着た老婆を、無理にどけてから廊下を歩いていく。

 広大な廊下は、紅空木(べにうつぎ)やサルスベリなどの紅い木が、所狭しと飾ってあった。

 神明造(しんめいづくり)の庇の持たない建物だ。

 そこら辺は神社と作りは変わらない。

 妙なところだ。

 と、梶野は思った。

 ここで、密かに星宗という女が日本の国の未来を左右していた。

 大っぴらには言えないが、正気の沙汰ではない。

 星宗の一言が、例え、神の思し召しの神託であれ、自身からの戯言であれ、国の将来の方針が暗雲たる影の世界で決まっていた。
 
「星宗さまー、星宗さまー。お客様ですよー」

 後ろの方からスタスタと歩きながら、老婆の呼び声が鳴り響く。
 一体。星宗さまはどこにいるのだろう?

 確か、星宗さまは聞くところによると、とても綺麗な妙齢の女性だということだった。

 あるいは、こうも聞いている。

 年端のいかない絶世の美少女だとも。

 もう一つ噂がある。

 絶世の美女だが、両目とも目が見えないのだそうだ。

 星降る神社の最奥に差し掛かると、辺りは急に薄暗くなった。

 と、その時。
 ポーンっと、ボールが高く跳ねる音がした。

 音の在処を探し当てようとすると……。
 軽い着地音の後に、コロコロと手鞠がこちらへ転がって来た。

 梶野は正直にそう思った。
 丁度、廊下に垂れ下がる紅い木の傍で、佇んでいる巫女装束の女がいた。
 きっと、彼女が噂の星宗だろう。
 
「あら? どちらさまで? ここへは神威しか入れないのですが?」
「神威?」
「ええ。そうですよ。ほら、あなたの後ろに……」
「え? ええと……ひっ!」
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