第1話 プロローグ

文字数 2,149文字

 むかしむかしあるところに、天才魔術師と呼ばれていた男とエルフの少女が暮らしておりました。
 エルフの少女の首には奴隷の首輪がつけてられておりました。彼女は街で奴隷として売られているところを天才魔術師に買われたのです。それ以降、エルフの少女は彼のことを『ご主人様』と呼んで慕っておりました。
 二人は幸せに暮らしておりましたが、ある日、世界の敵である魔王が現れ、人間を殺して回っているとの情報が彼らの耳に届きました。
 天才魔術師は、魔王を滅ぼさなければ明日はない、と言って戦場へと向かおうとしましたが、奴隷であるエルフの少女はそれを必死に引き留めようとしました。
 魔王と戦うということは、彼女が慕う天才魔術師がもしかしたら死んでしまうかもしれないということを意味していたからです。
 なので、彼女は一日中泣きわめき、時には『私を置いて戦場に行くなんて……私のことが嫌いになったからそういうことが出来るんですよね!?』と心にもないことを言って、彼をなんとか戦場に行かせないようにしていたのですが……天才魔術師に『お前を守るためでもあるんだ』と説得をされた彼女は、結局、彼を戦場に送り出すことを決めました。
 戦場に送り出すと言っても、最初は奴隷のエルフの少女も天才魔術師と一緒に戦場へ行くつもりでしたが、彼から猛反対され、それも断念し、家で大人しく彼の帰りを待つことになりました。
 天才魔術師が戦場へと出立する日。彼はエルフの少女に指輪を渡し、『俺が帰ってきたら豪華な結婚式を挙げよう』と言ってプロポーズをしました。
 エルフの少女は目にいっぱい涙を溜めながら『はい』と言ってそのプロポーズを受け入れ、彼を精一杯の笑顔で送り出しました。

 時は流れ二年後。奴隷のエルフの少女は、天才魔術師の言いつけであった『俺が帰ってくるまで必要最低限の外出以外はするな』ということをしっかりと守り、家で彼の帰りをまだかまだかと待っていました。
 そんな時、彼女の耳に魔王との戦いが人間側の勝利で幕を閉じた、という情報が入ってきました。
 彼女の主人は、『魔王との戦争が終わればすぐに帰ってくる』と言っていたので、エルフの少女は心をウキウキさせながら、彼の帰りを待っていました。
 しかし、一日経っても、一週間経っても、一ヶ月経っても、一年経っても、十年、百年と経っても……彼は帰ってきませんでした。
 それでもエルフの少女は、自分の主人は必ず自分の元へ帰ってくると、豪華な結婚式を挙げてくれると約束したんだから、絶対に帰ってくると思って……天才魔術師の帰りを待ち続けました。
 しかし、エルフの少女もバカではありません。魔王との戦争が終わってからすぐに、その戦いに関する情報を収集して、天才魔術師と呼ばれていた人物が魔王と相打ちという形で死んだということを聞いていました。
 その人が自分の慕っていた、いや、自分が愛していた人であることは一目瞭然でしたが、天才魔術師なのだから、どこかで生きていて、怪我が治ったら自分のところに帰ってくると、そう信じていたのです。

 しかし、天才魔術師が奴隷のエルフの少女を残して戦場へ行ってから千年が経った頃。
 彼女は、彼は死んだのだと、自分を残して死んでしまったのだと。その事実をようやく飲み込むことにしました。
 エルフは寿命がかなり長い種族なので、千年経った彼女は、エルフの少女からエルフの若い女性になっていました。
 そんな彼女は、最初は天才魔術師のことを責めました。
 それもそうです。彼は彼女との約束を破ったのですから。千年も待っていた彼女との約束を破ったのですから。
 しかし、奴隷のエルフの彼女は次第に自分を責めるようになりました。
 彼を戦場に行かせることになった遠因は自分にあるのだと。自分がいなければ、彼は魔王と戦わずに済んだかもしれないと。
 彼の性格上、そんなことはありえないのですが、精神がずたずたになったエルフの女性はずっと、ずっと自分を責め続けました。

 そんな時、街で食事の買い出しをしていた彼女の耳に、ある噂話が入ってきました。
 この世界には輪廻転生のシステムがあり、この世に強い未練を残しながらも死んでしまった人は、来世では前世の時の記憶を持って生まれ直すのだと。そして、成長すると前世の時の顔や体とそっくりになるのだと。
 奴隷のエルフの元少女は、その話を聞いて、自分の愛していた天才魔術師の生まれ変わりを探すことにしました。
 ただの噂話で、嘘か本当か分からないような話でしたが、彼女にとっては一筋の希望の光だったのです。
 未練を残さずに彼が死んでしまったなんて、そんなことは一切考えませんでした。プロポーズまでしてきたのです。自分を残して死んでしまったのだから、絶対にこの世に未練を残して死んでいったのだと、そう彼女は信じていました。
 それに、彼女は彼に会って沢山言いたいことがあったのです。謝りたいことが、愚痴が、たくさんあったのです。
 だから、奴隷のエルフの若い女性は、天才魔術師の言いつけを初めて破り、家から出て、彼の生まれ変わりを探すために世界を旅することにしました。必ず彼を見つけると、そう心に決めて……
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