「良い事」

文字数 834文字

 何からお話すれば良いんですかネエ。ウウン……。
 アア、貴方、二年前に××市で起こった、交通事故をご存知ですか。飲酒運転の車が、男女が乗っていた車に突っ込み、女性が死亡したというヤツです……。エッ、ご存知。ならば話が早い……。
 あの日……二年前の六月二日……僕達はデートの最中だったのです。レストランなぞ予約して、プロポーズなぞする予定でした。一世一代の勝負の日でした……。断られようものなら、自決してやろう……などと考える程度には、僕は本気であったのです。
 しかし、レストランも間近、△△交差点で信号待ちをしていると……。エエ、件の車と衝突したのです。物凄いスピードでした。僕は、驚きのあまり、何も出来ませんでした。ハンドルを切る事も、頭からスッカリ抜け落ちて、固まってしまったのです……。
 嫁に取る女を守れずして、何がプロポーズだ……そう罵倒されることも覚悟していました。けれども、誰も、彼女の両親でさえ……僕を罵ることはありませんでした。相手の運転手が全て悪いのだから、気に病むなと、労ってくれました。
 事故の話は、これくらいで。思い出して、辛くなってきました。アア、ハンカチを貸してくださるのですか。貴方は、優しい方ですね……。
 兎に角、憎き飲酒運転のせいで僕は恋人を亡くしたわけです。これこそ自決ものでしたが、自分の両親、彼女の両親に止められ、思い(とど)まりました。お前が死んでも彼女は喜ばない……魔法の言葉をかけられると、死への意欲がフニャフニャになって、溶けてしまうのです。
 彼女がいない世界で何をしているのかといいますと、自作小説を書いているのです。拙い文章ではありますがね……彼女と結婚した後を想像して、書いているのですよ……アハ……。
 勿論、虚構の世界に浸っているばかりではございません。一年に何回か……六月二日は必ず……お墓参りに行っているのです。彼女の死は「現実」として受け入れておりますよ……。
 そのお墓参りの中でですね、良い事が起こったのです。
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