5章 愚痴&愚痴 その壱

文字数 7,020文字

 4章まではどうにか押さえてきたけれども、本章では怨嗟の声を解禁します。ここで語られる内容は1~3章で長々と論じた科学知識とはいっさい無縁の、単なる著者の愚痴とツッコミに終始します(とはいえ社会科学、自由哲学などは組み込んであるので、一応科学論稿というていはなしている……はず)。
 いったい読者が負担させられた学習はなんだったのかとお思いでしょうが、本論は事実上4章で終わっているようなものですので、不快であればオミットしてくださってけっこう。ただ男性陣にはきっとウケると信じ、強行執筆いたします。
 それでは修羅の住む国、マッチングアプリのめくるめく白昼夢へご招待しましょう。

1 高すぎる要求
 まずはこれ。露骨に書く女性もいれば、それとなくほのめかす女性もいらっしゃるけれども、総じて求められている資質はものすごく高いです。こんな事例がありました。
 自分は低収入だが旦那は年収1,000万以上希望、大卒、将来的に専業主婦希望、エトセトラ。わたしはこんなのにはなんの目くじらも立てません。条件を並べ立てるだけなら個人の自由ですからね。それを満たした男性が仮にいたとして、当該会員を見初めるかはぜんぜんべつの話だというだけで。
 しかしこういう人って、マッチングアプリごときにそんなジャックポット的男性がいるとでも本気で思ってるんでしょうか。原則モテない男性のためのツールなんだから、そんなのいるわけないじゃん。そういうのは早稲田とか慶應義塾とかで出会った、家柄もおつむも容姿も優れた令嬢とくっついてるんですよ。それくらいわかりそうなものですが。
 上記のごとき露骨な地雷は簡単に避けられますが、厄介なのはハードルを設定していないかのように見える人ですね。特段男性にとって耳に痛い条件――身長、年収、年齢、趣味嗜好の一致の強制――はなにも書かれておらず、通り一遍の当たり障りのないことしか記載されていない。
 これが落とし穴なのですなあ。こんな若くてかわいい娘が誰でもOK! みたいな感じなの? 彼女を見つけられた幸運に感謝、ゆいちゃん、きみに決めた――いいね!
 結果がどうなるかは推して知るべしです。もちろんガン無視でございます。わざわざプロフィールに書いていないだけで、彼女らも結局のところ地雷女性と似たような水準を設定しているわけです。そうなりますとマッチングアプリとは、地雷原から宝石を見つけるがごとき任務とも形容できるでしょう。
 しかしまあ、いったいどういう種類の状態なんでしょうね、これは。原則的には低スペック男性がほとんどを占めるところへ、女性たちはみんなこぞって3高みたいなのを求めて争っている。マッチングなんかするはずがないですよね。もう名前を変えたらよかろうかと思います。

。せ、センスねえー!

 しかしなぜこうも見事に彼女らは高望みするのでしょうか。これはおそらく時間無制限の24時間開いている合コン会場という、アプリの強みそのものが原因かと推測しています。自分の近くの都道府県2~3県、年齢を30歳以下で検索しても(さすがにもうフェミニスト諸君も噛みついてはこないでしょう)、ヒット数は9,999人以上、カンストしてしまう。
 わたしの使っているアプリは1,000万人超とのことですので、比率を7:3だとしても、およそ300万人の女性が参加している計算になります。女性からすればこの数字が逆転するので、男は700万人、数が多すぎてもはや規模が把握しづらいほどです。
 みなさん700万人ですよ700万人。このなかにはおそらくほんのわずかだけれども、東大卒や京大卒なんかも混じっているでしょう。そいつらと添い遂げる女性はほんの一握りだけれども、どういうわけか人間は低確率で起きる事象を過大に見積もる傾向があります。
 宝くじなんて典型的な例でしょう。みなさんの周りにもいるのではないですか、とうてい当たりそうもないロト6に手を出している知り合いが。彼らは驚くべき持論をいくつも持っています。いわく、数字をぞろ目で展開するといかんとか、誰も使わなさそうな後ろのほうの数字を選ぶとよいとかのたぐい。ああいう意見を聞くたび、彼らは乱数という言葉をご存じないのだと悲しくなってくる。
 飛行機への過剰な恐怖心も同根ですね。飛行機事故は自動車事故よりはるかに発生率が低いけれども、一度でも事故が起こるとドミノ倒しみたいに座席がキャンセルされる。みんなビビっちゃって乗りたがらなくなるのですな。よっぽど日々の運転のほうが危ないことなんか頭からすっぽ抜けてしまう。
 マッチングアプリに参加している女性にもこうした誤謬が発生しており、ごく低確率でしか起こりえないまれな事象が、あたかも自分にだけは起こるのだと誤認してしまっている。ベターな男性は(根気よく探しさえすれば)けっこういるだろうに、つねにベストを望み続けてしまう。
 重ねて断言します。マッチングアプリはモテない男性の巣窟であります。女性はそれをちゃんと認識し、あんまり過度な期待をかけすぎないように使ったらよかろうかと思います。そうでないと、本人もつま弾きにされる男性も不幸になるLOSE-LOSEになってしまうので。

2 ダブルスタンダードについて
 ダブルスタンダードという用語についてはみなさんよろしいでしょうか。念のため簡単に解説しておきます。
 ダブルスタンダード(二重基準)とは、その名の通り2つ以上のルールを同一の事象へ恣意的に適用することです。騒音をまき散らすバイクがあるとしましょう(そして実際、あまりにもしばしばバイクは騒音をまき散らしております)。当事者のドライバーはこう言っている。「俺は電車内でイヤフォンから音漏れしてる野郎を見てるとぶっ殺したくなるぜ!」。
 つまりそういうことです。「騒音をまき散らす」という行為は等しく周りの人間にとって迷惑であり、それは彼のバイクも例外ではない。けれども彼はそれを棚に上げて、電車内のイヤフォン音漏れ野郎を糾弾している。この例では①自分の出しているバイクの騒音は例外、②自分以外の騒音は許容しないという2つのルールが併存しているわけです。いうまでもなく正しい態度は「バイクだろうがイヤフォン音漏れだろうが、等しく騒音は社会の迷惑である」という筋の通った見解になりますね。
 もうお気づきかと思いますが、ダブルスタンダードは手前味噌の意見を開陳する際の常套手段なのですね。わたしはダブルスタンダードを持ち出す輩が――大・大・大……nっっっっっ嫌いであります。筋がぜんぜん通っていないからです。4章のお酒の項でちょっと脱線してリバタリアニズムについて述べたけれども、当該思想は徹底してダブルスタンダードを排除しています。その1点から見てもリバタリアニズムが傾聴に値する思想だとわかるでしょう。
 さてここからは女性たちが披露しているダブルスタンダードを箇条書きで見ていきましょう。

①平然と行われる差別
 女性たちはこうおっしゃる。「年齢で女の子を差別するな!」、「容姿で差別するな!」、「年収がどうであろうと養え!」。まことにごもっともです。差別はあかんよホンマ。
 いっぽう、女性会員たちのプロフィールには次のような文言が踊っております。「25~32歳くらいまでのかた希望。上すぎると話が合わないと思うので」、「写真のない人はごめんなさい」、「年収400万円以上はほしいです。生活にゆとりを持ちたいので」。
 わたしは差別をするなと言いたいのではありません。差別をするのは個人の自由ですから。そうではなく、自分たちを差別するなと強要しておきながら、もういっぽうでは公然と男性側を差別する。ダブルスタンダードをやめろよと言いたいのですよ。
 ちなみに男性のステータス差別だけをしていて、自分たち女性を差別するなとかほざいていないのであれば、わたしはなんら目くじらを立てるものではありません。差別をするのは個人の自由だからです。リバタリアンはこう考えます。

なのだと。
 白人以外を雇わない会社があったとしましょう。黒人(ニガー)黄色人種(イエローモンキー)もダメ。だって白人(コーカソイド)が至上だもんよ、というわけです。黒人と黄色人種は当該企業への就職の機会を失うわけですが、よその差別をしない会社は彼らを安く雇える。白人至上主義会社はコスト高にあえぎ、いずれは市場から淘汰されるでしょう。
 上記の例でいえば、24歳以下・33歳以上にすばらしい男性がいるかもしれず、写真を掲載していない男性のなかに超絶イケメンがいるかもしれず、年収400万円以下の男性に将来のビル・ゲイツがいるかもしれない。差別をすればするほど選択肢を狭めているので、結果的に損になるのですね。ですから差別をしたければご自由にしてもらってけっこう。
 ただし、女性のほうの差別をするなという論理は通りませんよ。これだけは何度でもくり返して強調しておきます。筋の通らんことを言うなよと。わたしは年下の女性ばかり狙っているけれども、むろん男性を年齢で差別するなとは言いません。若い娘に粉をかけていいね! が返ってこなくても、「やっぱりおじさんすぎたかな」と潔く諦めます。
 そもそも差別をするなという主張自体が不自然に思えます。誰でもいつでもどこででも、差別はしているじゃないですか。似たような商品AとBがあるとして、どちらかを選ぶのは差別でしょ。ちがいますか? それを人間に敷衍するとどうして批判されるのでしょうか。
 世の中にはどうしようもない、心底いやなやつっているでしょう。そんなのとも分け隔てなく友だちになれというのですか? 年齢や容姿で差別するなという主張が通るのなら、われわれは好意を寄せられた相手すべてとお付き合いしなければならなくなりますよ。自由を制限するとこういう話になるのです。平等論者はよくよく自省してください。

②流行の一方的な強要
 これはつい最近、おそらくこれが原因でフラれたと思われるので、非常に個人的な理由から掲載しておきます(したがってよりいっそう怨嗟の度合いが強まるでしょうから、ぜひとも読み飛ばしてください。バランスのとれた議論もおそらくできず、主観論に近くなりそうなあんばいです)。
 音楽はとくに流行り廃りが激しく、最先端どころか10年くらい前の楽曲でもすぐに懐メロ化してしまいますよね。昨今ではヨルシカ、YOASOBI、髭男、BTSなどがトレンドだそうで(「漂流教室」の関谷さまもこう叫ぶでしょう。「流行歌を歌え!」)。
 いいですか、わたしがそんなもんを知ってるはずないでしょうが! 冗談でもなんでもなく、マジでどのグループの名前すら知らなかったし、楽曲にいたっては推して知るべし。それでも事前に会社の芳樹くんに聞いて、とりあえずそうしたグループがあるという事実だけは押さえておきました。ここまでが前日譚でございます。

 実はわたくし僭越ながら、どうあってもこれ以上は望めない僥倖に恵まれておりまして、25歳の若い娘とお知り合いになれたのであります。それも向こうからいいね! をくれるという余禄までついてきた(しかもそのもらいかたがまた、神がかっていた。「お気に入り」といういいね! 送信予備軍を入れておく宝物庫があるのですが、それを整理していたおり、「この娘はちょっと高嶺の花すぎるかな」と思って削除しようとしたのですね。相手のプロフィールを選ぶと足あとがつき、それが先方へ通知されるしくみです。ちょうど相手がわたしの足あとを察知し、即座にいいね! をくれたという経緯でした。もう運命の女性やろこんなもん……)。
 だからといって驕ることなく、ていねい×3(byサカナクション)に対応し、よい印象を与えられていたようです。その証拠にそのまま1回めのデートにこぎつけ、オシャレなカフェで邂逅。別れ際などは「本当に恋人いらっしゃらないんですか?(意訳:こんないかした人に彼女いないなんて信じらんないわん♡)」、「ぜひまた誘ってください!(意訳:もうあなたにメロメロよん♡)」というセリフを引き出すことに成功しさえしたのであります。
 そのままやりとりは途切れることなく続き、運命の2回めのデート。向こうからの強い要望によりカラオケとなりまして、これはヒトカラで鍛えまくった美声を披露するチャンスであります(自慢ではないですがDA PUMPのU.S.A.くらいであれば原曲キーで出ますし、点数も90点超えします、ドヤッ!)。
 ただ上述のように流行歌は知らない。ですから無難な有名どころの楽曲でお茶を濁したわけです。カラオケは(お互いの楽曲がすれちがっているのを除けば)楽しく進み、合間に談笑(キャッキャウフフ)しながら終了。
 その後向こうがお腹空いたと露骨にディナーにいきたい意思を表明していたのでディナーとなり、そこではおいしいパスタをいただきつつ、木曽三川の治水の歴史や源氏物語の読みどころなどで盛り上がりました(相手が非常に教養のある娘さんだったので。決してわたしがそんなとっつきにくい話題を出したのではありませんよ!)。
 もうわたしは嬉しくて嬉しくて、こんなにどんな話も通じて教養もあって、しかも若くてかわいい娘さんとお近づきになれるなんて、これは夢ではなかろうかと何度も頬をつねったものです。
 そう、それは夢だったのであります。「聖戦士ダンバイン」のトッド・ギネスも死に際にこう言っておりました。「いい夢見させてもらったよ」。ショウ・ザマのごとくこう叫びたい。「いい夢かよ!」
 なごやかに2回めのデートが終了したあと、数回のやり取りののち、完全に連絡は途絶えました(2021年12月13日現在。まだだ! まだ終わらんよ! とはいえすでに6日経っているので厳しいでしょう)。
 連絡がこなくなってから2~3日のあいだは、それはもう地獄のような苦痛にさいなまれておりました(いまもおりに触れて苦しんでますが)。いったい俺のなにがいけなかったのか? 細かく洗い出せばすべてが悪かったように思える。けれども会話も終始弾んでいたし、歌唱力は(選択は軒並み古いけれども)水準以上、夕食の代金は本論でも推奨した通り、当然全額負担しました。
 絶対にそつはなかった。退屈させたはずがない。親しみを込めて向こうもちょくちょくタメ口を使ってくれていたし、帰り際には(南アルプス・鋸岳での滑落エピソードを覚えていてくれたのか)危険な山行はやめてほしいと心配までされる始末でした。これもう彼女やろ、ちがうか?
 あれこれ逡巡した結果、残っていたのは流行歌への無知。これしか思い浮かばない。そんなことで切られるの? とも思うけれども、フィーリングという魔の言葉で一応はつじつまが合ってしまう。若者の感性を身に着けていないのならば、それだけでほかのプラス要素すべて帳消しとなるのかもしれません。

 たいへん前置きが長くなったけれども、ここからがダブルスタンダードの説明。流行りの楽曲というのはつねに変動していくものです。ドラマ「振り返れば奴がいる」の放映当初、CHAGE & ASKAの「YAH YAH YAH」は記録的なヒットを打ち立てましたよね(ドラマも曲も文句なしの名作です)。
 この例から即座にわかる通り、流行りの曲というのは

であることがわかります。当たり前だけれども、流行歌なんてのはそのときどきで移り変わるものです。
 であるならば、ですよ。若い女性がわたしに髭男なりヨルシカなりYOASOBIなりに通暁するのを求めるのならば、わたしにもまたCHAGE & ASKAなりGLAYなりMr.CHILDRENなりの楽曲を覚えてもらう権利を行使できるはずです。だってそれらも流行歌だったんですから。
 ですからいま流行りの曲だけをフォーカスしてフィーリングが合わないとのたまうのなら、こっちにだって当時の曲だけをフォーカスしてフィーリングが合わないと反論することも可能なはずです。
 わたしが髭男の「I LOVE……」を歌えないのと同様、若い女性たちは「守って守護月天!」主題歌「さぁ」なんか知りもしないですよね? こうした状況で責められるべきはわたし一人ではなく、双方喧嘩両成敗、打ち消し合って同等の立場であるはずなのです。
 ですからもしカラオケの選曲がおじさんっぽいのだという理由でわたしを切ったのであれば、わたしにだって同等の権利がある。彼女の選曲が「なんや知らん、ぽっと出の曲ばっかやさかい、切ったろ!」という態度も成り立つのであります(惜しむらくは、わたしのほうにはそんなしょうもない理由で彼女を切るつもりなど毛頭なく、涙を流してどうか連絡をくださいと懇願する立場なのだ、という点でありましょう)。
 以上、ダブルスタンダードをいっさい容認しないという公平な視点から、流行りものについていけない人びとを救済したのでした。

おことわり ほかのトピックも大したことを言っていないけれども、とくに本項の議論は精彩を欠いている、ですって? そりゃそうでしょうよ。ダブルスタンダード批判にかこつけた、女性に対する恨みつらみを述べるためだけに興されたトピックなのですから……。
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