第6話

文字数 1,628文字

「アオハルですなー賢人。中年女教師には眩しいわ。」
遠藤先生が嬉しそうにそう言った。
「茶化さないでくださいよ先生。俺たちに取っては重大な問題さ。」
「分かってるよ、今のあなたたちに取ってはそうだろうね。クラスにイジメが存在する、標的は高藤。」
私は涙を拭いて先生を見た。担任の池田先生にはそれとなくクラスのみんなからの仕打ちを相談していたが『気のせいでしょう?』と取り合ってくれなかった。遠藤先生があっさり『イジメ』という言葉を使った事に驚いた。
「いじめる側の中心が有坂でさ。今後は難しい展開になるね。」
佐々木くんは腕組みをすると難しい表情を浮かべながらつぶやいた。
「わかってるじゃん賢人、PTA会長の愛娘、しかも中堅とは言え祖父が会社の社長だっけ?父親が将来社長を継ぐって噂だから何年か先には社長令嬢様だ。どこまでの騒ぎになるか…」
「あいつの高藤へのイジメがだんだんエスカレートしてきてさ、何とかしないとって思ってたんだけど…あいつはクラスというか学校のインフルエンサーだからさ。おっしゃるとおり騒がれると収集がつかなくなると思ってイジメの証拠を掴んでタイマンのディール、取引で黙らせようと思ってたんだ。それを力也が…」
思い出したという表情をして佐々木くんが高橋くんの方に顔を向けた。
「力也、お前から相談を受けた時、俺に任せろって言ったよな。何有坂殴ろうとしてんだよ。お前を止めたのはいいが証拠集めしてる事、みんなにバレちゃったじゃないか。もうタイマンの取引はできないぜ。」
椅子に座った高橋くんが怒られて小さくなってしまった。
「ごめん賢人、有坂があまりに卑怯で許せなくて。でも本当に殴ろうとなんて考えてなかった。俺これでも空手の有段者だぜ。ちゃっんと寸止めで…」
「脅し?バカ!」
佐々木くんが高橋くんの弁明を遮った。
「寸止めなんか言い訳になるか!『高橋くんが有坂さんを殴ろうとした』というだけで即、校長室に呼ばれてるよ。そもそも有段者が素人に拳を向けていいの?」
「…ごめん。」
高橋くんは更に小さくなってしまった。そこに遠藤先生が口を挟んだ。
「生徒の心と体の健康を預かる保健の先生として今高藤に言ってやりたい事があるんだけどいいかな?」
二人は顔を見合わせたあと同時にうなずいた。すると先生は私にむかってゆっくりと言い含めるように話し始めた。
「高藤、あなたの事、見て見ぬふりをしている人ばかりじゃなかったという事、よく覚えて置きなさい。そして今後は困った時に誰かに助けてもらうことをあきらめないで。あなたの言葉に耳を傾けてくれる人は必ずいるから。ううん、耳を傾けてくれる人が見つかるまで助けを求め続けなければだめ。」
「はい。」
私は大きくうなずきながら答えた。涙はまだ止まらなかったが胸の奥で固く固まっていたものが〝すうーっ”と溶けてゆくすっきりとした感覚を私は感じていた。
遠藤先生は声色を深刻なものに変えて佐々木くんたちに向き直り話し始めた。
「で、私に何ができるかな?校長先生に報告をするのは雑作もない事だけど。」
佐々木くんが腕組みをして話し始めた。
「遠藤先生、ありがとう、でも先生に頼るのは僕らが本当のピンチになった時にしたい。」
「んー頼られてないって事かな?先生悲しいな。」
先生がおどけて言った。
「逆だよ、信頼してる。今回の件、どうしても池田先生を巻き込みたいんだ。」
「担任を巻き込む?でも正直彼女は同僚の私から見てもメンタルが強い方じゃない。有坂の親が学校に文句を言ってきたりしたら池田先生はお前らを守れるかどうか…」
「でも僕達の担任は池田先生さ。普通にクラスの状況を見ていたら、高藤へのイジメがあった事、気付かないわけないと僕は思ってる。」
「それで?」
「池田先生がこの問題に向き合って、クラスのみんなにもイジメはいい事ではないと宣言してくれないと学校を卒業するまで高藤へのイジメは止められないと思うんだ。」
「…まぁそうだね。」
遠藤先生が佐々木くんに同意した。
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