第五夜「アルバレス帝国」

文字数 1,891文字

時は少々遡り、1日ほど前……

ライアとアルバーンが花畑に飛ばされた直後のことである。

〈アルバレス帝国〉

ここは人間界の中枢であり、最高権威。

治世は全て、この帝国が行なっているといっても過言ではない。

絶対王政、その様な過酷なものではない……いやむしろ、それ以上に状況は悪いと言えるだろうか。

人民は姿の見えぬ国王を完璧に崇拝していた。

存在するのかも疑わしい国王の声だけが、国中に鳴り響き木霊する。

ーー魔女は敵だ、忌むべき存在だ、見つけたら殺せーー

毎日の様にこの狂ったアナウンスを耳にしている人民は、思考の常軌を逸していた。

このようにして、人々は魔女を撲滅させるという名目のもと、一つの大きな集合体となる。

それにしても皮肉なものだ、人間が魔女の世界の名を使い、アルバレス帝国などと名乗るのは。



〈アルバレス帝国 王宮 円卓の間〉

城の内部では、楕円形のテーブルに椅子が十脚、等間隔に並べられている。

帝国の騎士であろう十人の屈強な戦士たちは、それぞれ持ち場についた。

「さて、もうすでに議題を耳にしている者も多いとは思うが、これからある大きな話を進めていく」

恐らく十人のまとめ役が口を開けてそう言った。

「人間界に魔女が侵入した。これは一刻も早く消し去らねばならぬ脅威だ。この国の平和のために、そしてこの世界のために、そして……我々人間のために、魔女を見つけ出して殺せ」

無論、魔女を殺す理由など特にない。

魔女という存在自体がこの世界では罪なのだ。

ただこのちっぽけな世界に足を踏み入れただけで、彼の一族は理不尽に命を奪われる。

そして十人の騎士たちは席を立ち、それぞれ与えられた任務を遂行するために、各地へ飛び立った。

だが、十人のまとめ役の男は動くことはなかった。

「念のためにあいつらを動かしておいたが、まあ心配あるまい。なんせ、我々には強力な駒がまだ沢山あるのだからな……魔女狩りという部隊が!」

対魔女精鋭戦闘部隊、通称魔女狩り。

彼らは魔女を殺すためだけに組織された部隊である。

万が一、魔女が人間界に侵攻してきた時のための安全装置だった。

「我々に敗北の二文字はない。首を洗って待っていろ、忌まわしき魔女め」



〈アルバレス帝国 城下町〉

世界一の大きさを誇る街、王都。

それは流石の大きさを誇り、アラスタリアなどとは収容人数が桁違いだった。

彼方此方で人の声が反響し、混ざり合う。

帝国は常に、お祭り騒ぎであった。

ガシャ、ガシャン

鎧をつけた女が街を歩く。

タリーシャという女だ。

サラリとした青のロングヘアーで、顔立ちも整っており、貴族の風格が漂う。

自信のある表情で、その目はただ高みを見つめているかのようだった。

「タリーシャのお姉さん!今日もお仕事?頑張ってね!」

街にいた子供達が彼女に声を掛ける。

彼女は子供たちに視線を合わせ、屈むとこう続けた。

「ええ、そうよ。この街を守るために……いや、この国を守るために戦いにいくのよ」

子供達の目はキラキラと光った。

「俺もいつかお姉さんみたいな立派な騎士になりたいな!それから、悪い魔女を殺してやるんだ!」

まだ幼い子供でさえも、魔女は忌むべき存在であることを容認していた。

この国はやはり、歪んでいるのだ。

「そうね、あと十年もすればきっと立派な騎士になれるわよ。その時は共に戦いましょうね」

そう言って、彼女はアルバレス帝国をあとにした。

ピー、ピピピ

手持ちの水晶のネックレス型の通信機が音をたてる。

「こちらシグムンド。応答せよ」

「こちらタリーシャ。何の用?持ち場にならこれから向かおうと思っているところよ」

「そうか。お前に言っておいたほうがいいと思うことがあってな。どうやら魔女はお前の配属先周辺に身を隠しているようだぞ」

それを聞いてタリーシャは震えた。

自分の実力を試せる時が、遂にやってきたのだ。

「それは好都合ね。やっとこの手で、魔女を殺せる……魔女狩りのタリーシャ、この手で忌まわしき魔女を殺してやるわ」

彼女はこれまで研ぎ澄ましてきた刃を、再度磨き上げんとしていた。

ピュイッ!

帝国の使い魔を指笛で呼ぶと、空から大きな翼を持った飛竜が風をかき分けてやってくる。

「いい子ね。タレンシア地方に私を連れていって」

タリーシャは飛竜の背に乗り、魔女のいる地へ向かった。

ライアたちはまだ知らない、自分たちの身に死の危機が迫りつつあることを。
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