第七夜「旅は道連れ世は非情」
文字数 2,763文字
「あ、あの……私に何か用でしょうか?」
修道女は怪訝そうな顔をして彼に尋ねる。
「あ、いやその……別段用があるというわけでは」
すると女はライアの首元にあるネックレスを見つめた。
「あ、これ!私がこの前タレンシアの洞窟で落としたネックレスです!無くして困っていたのですが……まさかあなたが拾ってきてくださったのですか」
修道女は目を光らせて彼の手をぎゅっと握った。
距離感が変な人だな、と彼はこの時思ったに違いない。
「これ、本当にお前のものなのか?ネックレスが貴重なものだとわかり、妾たちを騙して盗もうとしているのではあるまいな」
アルバーンは見知らぬこの女に疑いの目を向ける。
「そんな、違います!これは宝石の部分が魔水晶でできた貴重なネックレス。私の形見なんです」
黒髪の魔女は二、三秒沈黙を続けた後、それが真実であると踏んだ。
「そうか。ライア、この女にネックレスを返してやれ」
言われるがままに彼は修道女に古びたネックレスを返した。
「本当にありがとうございます!それと、私の名前はエリナです。この街の教会に勤めておりますので、何かあればまたいらしてくださいね。お礼がしたいので」
そう言い残し、彼女は一度こちらを振り返り会釈をした後、教会に入っていった。
二人は教会から離れ、再度街の入り口付近に戻ってきていた。
「結局、有力な情報は得られなかったね。街の位置はわかったけど、北の関所を抜けられないのならアラスタリアにたどり着けないし」
「妾の箒が生きていれば空を飛んで向かえたのだがな。生憎、墜落した時に折れてしまった」
しかし、一刻も早くこの街を出なければ帝国の騎士がここにやってきてしまう。
恐らくその危機は、数刻後にやってくるだろう。
「もう少し、あたりの土地の情報を仕入れるとするか」
「そうか、わかった。情報の提供感謝する」
アルバーンたちは着実に街周辺の情報を掴んでいた。
それを考慮して、関所を抜ける方法を模索している。
「うーん、やっぱり関所は必ず通る必要がありそうだね。となるとやっぱり……」
「ここから東にあるエジンバラという街を目指さねばならないようだな」
タレンシアの街から東に数十キロメートル足を進めると、エジンバラという街がある。
街の民曰く、エジンバラは小さな砂丘の中にあり、街の治安は悪く、タレンシア地方の人間ですら普段足を踏み入れることは滅多に無いらしい。
しかしそこに行くには十分すぎる理由があった。
現在、エジンバラの街には帝国の騎士団が在駐しているとのことだ。
そして、その連中は北の方角からやってきたことは確からしい。
通行証を持っていることは明白であった。
もし彼らから関所の通行証を奪うことができれば、関所を通過することのできる確率は飛躍的に上昇する。
「まあ、少し過激なやり方な気がするけど、これしか方法もないし……やるしかないよね」
「ああ。どうせ妾たちは魔女からも人間からも追われている身だ。その逆境を利用してやるぞ」
彼らはすぐさまタレンシアの街に別れを告げようとした。
しかし、完全に読み違えていたのだ……帝国騎士の実力を。
突然、黒い影が辺りの大地を包む。
雲一つなかった青い空からの光は遮られた。
バサバサと巨大な羽がはためき、それは地上に君臨する。
「ま、まさかこれほどに早いとは……!読み違えたか」
「タ、タイラントドラゴン!?帝国はこんな化け物を飼っているのか……?」
ドラゴンの背に乗っていた青い髪の女が降りてくる。
魔女狩りのタリーシャである。
「貴方たちが人間の世界に仇をなす存在ね。一人は魔女、もう一人は……なんと人間だなんて。貴方自分のしたことわかってる?もう生きては帰れないってことよ」
彼女は凄まじい魔力を放ち、ライアたちを威嚇する。
「アルバーン……こいつが、君の言ってた強大な魔力の持ち主に違いない?」
アルバーンは敵から目を寸分も逸らさず、言葉を発した。
「こいつに違いない。だが、想像以上の強者だ。妾の魔力探知 も鈍ったものだな」
ディーンと対峙した時の様に、冷や汗が止まらない。
「こんなやつ、どうやって倒せばいいんだ……?」
さすがは魔女狩りと呼ばれ、過酷な訓練を生き抜いてきただけあって、彼女の実力は本物のようだ。
「さて、どう調理しようかしら。腕を切り落とすのが先か、腹を裂くのが先か」
タリーシャは数秒眼を瞑ったのちに答えを出した。
「よし決めた、股から上を真っ二つにする」
零コンマ1秒にも満たないほどの速度で魔女狩りの女はアルバーンの命を奪わんとした。
その神速とも言える攻撃を見越していたのか、彼女は間一髪でレイピアの一撃を回避した。
タリーシャの剣が空を切る。
ビュオオ!という耳を劈くような激しい音を鳴らし、衝撃は彼方へと消え去る。
その衝撃だけでも、数メートル後方まで地面は抉り取られた。
「へえ、今ので息の根を止めるつもりだったのに。それほどの傷で済むなんてラッキーね」
アルバーンは頬に深い切り傷を受けていた。
「アルバーン!まさかこれほどの敵だなんて。剣の腕は俺の何倍もある」
三人は数秒の間、互いの動きを牽制し合う。
まるでその時間が永遠のように思えるほど、一つ一つの動作に意識を集中させた。
ライアがタリーシャに向かって剣を振るおうとしたその時、彼を呼ぶ女の声が聞こえた。
「赤髪のお方〜!何をしているんですか。街が騒がしいと思えば、帝国の方と戦いをしているのですか?」
そこにやってきたのは、オレンジブラウンの髪の修道女、エリナだった。
「エリナさん!こ、これは話すと長くなる事情があってですね……」
ライアは慌てふためいていたが、アルバーンは至って冷静だった。
「おい、エリナという女。お前、ネックレスの礼をしたいと言っていたな。今がその時だ……妾たちが逃げる隙を作れ」
「え、ええええ!?」
ネックレスの対価に要求されたのは、なんと帝国騎士の足止めだった。
普通ならこの取引は対等ではない。
しかし、エリナはまじめすぎる性格だったのが功を奏した。
「わ、分かりました……これも何かのご縁、貴方たちのことを全力でサポートさせていただきます!」
「貴方馬鹿でしょ。領民が帝国騎士に反抗したらどうなるか知った上でその行動をとっているの?でもこうなった以上決まりね、死体が一匹増えるわ」
尚更タリーシャの魔力が強まる中、エリナの足はガクガク震えていた。
「な、なんでこんなこと引き受けちゃったんだろう……」
修道女は怪訝そうな顔をして彼に尋ねる。
「あ、いやその……別段用があるというわけでは」
すると女はライアの首元にあるネックレスを見つめた。
「あ、これ!私がこの前タレンシアの洞窟で落としたネックレスです!無くして困っていたのですが……まさかあなたが拾ってきてくださったのですか」
修道女は目を光らせて彼の手をぎゅっと握った。
距離感が変な人だな、と彼はこの時思ったに違いない。
「これ、本当にお前のものなのか?ネックレスが貴重なものだとわかり、妾たちを騙して盗もうとしているのではあるまいな」
アルバーンは見知らぬこの女に疑いの目を向ける。
「そんな、違います!これは宝石の部分が魔水晶でできた貴重なネックレス。私の形見なんです」
黒髪の魔女は二、三秒沈黙を続けた後、それが真実であると踏んだ。
「そうか。ライア、この女にネックレスを返してやれ」
言われるがままに彼は修道女に古びたネックレスを返した。
「本当にありがとうございます!それと、私の名前はエリナです。この街の教会に勤めておりますので、何かあればまたいらしてくださいね。お礼がしたいので」
そう言い残し、彼女は一度こちらを振り返り会釈をした後、教会に入っていった。
二人は教会から離れ、再度街の入り口付近に戻ってきていた。
「結局、有力な情報は得られなかったね。街の位置はわかったけど、北の関所を抜けられないのならアラスタリアにたどり着けないし」
「妾の箒が生きていれば空を飛んで向かえたのだがな。生憎、墜落した時に折れてしまった」
しかし、一刻も早くこの街を出なければ帝国の騎士がここにやってきてしまう。
恐らくその危機は、数刻後にやってくるだろう。
「もう少し、あたりの土地の情報を仕入れるとするか」
「そうか、わかった。情報の提供感謝する」
アルバーンたちは着実に街周辺の情報を掴んでいた。
それを考慮して、関所を抜ける方法を模索している。
「うーん、やっぱり関所は必ず通る必要がありそうだね。となるとやっぱり……」
「ここから東にあるエジンバラという街を目指さねばならないようだな」
タレンシアの街から東に数十キロメートル足を進めると、エジンバラという街がある。
街の民曰く、エジンバラは小さな砂丘の中にあり、街の治安は悪く、タレンシア地方の人間ですら普段足を踏み入れることは滅多に無いらしい。
しかしそこに行くには十分すぎる理由があった。
現在、エジンバラの街には帝国の騎士団が在駐しているとのことだ。
そして、その連中は北の方角からやってきたことは確からしい。
通行証を持っていることは明白であった。
もし彼らから関所の通行証を奪うことができれば、関所を通過することのできる確率は飛躍的に上昇する。
「まあ、少し過激なやり方な気がするけど、これしか方法もないし……やるしかないよね」
「ああ。どうせ妾たちは魔女からも人間からも追われている身だ。その逆境を利用してやるぞ」
彼らはすぐさまタレンシアの街に別れを告げようとした。
しかし、完全に読み違えていたのだ……帝国騎士の実力を。
突然、黒い影が辺りの大地を包む。
雲一つなかった青い空からの光は遮られた。
バサバサと巨大な羽がはためき、それは地上に君臨する。
「ま、まさかこれほどに早いとは……!読み違えたか」
「タ、タイラントドラゴン!?帝国はこんな化け物を飼っているのか……?」
ドラゴンの背に乗っていた青い髪の女が降りてくる。
魔女狩りのタリーシャである。
「貴方たちが人間の世界に仇をなす存在ね。一人は魔女、もう一人は……なんと人間だなんて。貴方自分のしたことわかってる?もう生きては帰れないってことよ」
彼女は凄まじい魔力を放ち、ライアたちを威嚇する。
「アルバーン……こいつが、君の言ってた強大な魔力の持ち主に違いない?」
アルバーンは敵から目を寸分も逸らさず、言葉を発した。
「こいつに違いない。だが、想像以上の強者だ。妾の
ディーンと対峙した時の様に、冷や汗が止まらない。
「こんなやつ、どうやって倒せばいいんだ……?」
さすがは魔女狩りと呼ばれ、過酷な訓練を生き抜いてきただけあって、彼女の実力は本物のようだ。
「さて、どう調理しようかしら。腕を切り落とすのが先か、腹を裂くのが先か」
タリーシャは数秒眼を瞑ったのちに答えを出した。
「よし決めた、股から上を真っ二つにする」
零コンマ1秒にも満たないほどの速度で魔女狩りの女はアルバーンの命を奪わんとした。
その神速とも言える攻撃を見越していたのか、彼女は間一髪でレイピアの一撃を回避した。
タリーシャの剣が空を切る。
ビュオオ!という耳を劈くような激しい音を鳴らし、衝撃は彼方へと消え去る。
その衝撃だけでも、数メートル後方まで地面は抉り取られた。
「へえ、今ので息の根を止めるつもりだったのに。それほどの傷で済むなんてラッキーね」
アルバーンは頬に深い切り傷を受けていた。
「アルバーン!まさかこれほどの敵だなんて。剣の腕は俺の何倍もある」
三人は数秒の間、互いの動きを牽制し合う。
まるでその時間が永遠のように思えるほど、一つ一つの動作に意識を集中させた。
ライアがタリーシャに向かって剣を振るおうとしたその時、彼を呼ぶ女の声が聞こえた。
「赤髪のお方〜!何をしているんですか。街が騒がしいと思えば、帝国の方と戦いをしているのですか?」
そこにやってきたのは、オレンジブラウンの髪の修道女、エリナだった。
「エリナさん!こ、これは話すと長くなる事情があってですね……」
ライアは慌てふためいていたが、アルバーンは至って冷静だった。
「おい、エリナという女。お前、ネックレスの礼をしたいと言っていたな。今がその時だ……妾たちが逃げる隙を作れ」
「え、ええええ!?」
ネックレスの対価に要求されたのは、なんと帝国騎士の足止めだった。
普通ならこの取引は対等ではない。
しかし、エリナはまじめすぎる性格だったのが功を奏した。
「わ、分かりました……これも何かのご縁、貴方たちのことを全力でサポートさせていただきます!」
「貴方馬鹿でしょ。領民が帝国騎士に反抗したらどうなるか知った上でその行動をとっているの?でもこうなった以上決まりね、死体が一匹増えるわ」
尚更タリーシャの魔力が強まる中、エリナの足はガクガク震えていた。
「な、なんでこんなこと引き受けちゃったんだろう……」