第三夜「出会い、そして別れ」
文字数 4,691文字
「さあアルバーン様、魔女の国に帰りましょう」
鳴り止まない祭りの音楽が、ピタリと止まった。
桃色の髪をした魔女がこちらに近づく。
この女はアルバーンとは違い、くすんだ赤色の外套を身につけていた。
真っ白な肌に赤い瞳と口紅が映える。
桃色の髪が、静かな風に乗って靡く。
「ディーン……!貴様は国の指揮を取っていたはず。私を追うのは他の魔女の役目ではなかったのか!」
クスクスと、黒髪の魔女を嘲笑するかのように桃髪の悪魔は口角を釣り上げてみせた。
「何を仰るのですか。業魔の檻 を破れるほどの魔女はそう居るものではありませんよ。我々の国には、貴女と私くらいしかいないでしょう」
アルバーンにとって、これは大きな誤算だった。
よもや国の指揮をとるほどの大魔導師が人間の世界に足を踏みいれようとは。
「業魔の檻は破壊できたとしてもすぐに再生してしまう。だが破壊されたばかりの箇所は脆い。中級魔導師程度の実力で難なく破壊できるはずだ。なのに何故だ……」
「無理に理解せずともいいのですよ。なに、時が経てばその理由もわかります」
アルバーンには魔女の国の現状が掴めずにいた。
それほどまでに国の情勢は安定しているのだろうか、いや、それとも……
「ともかく、こうなればもう簡単には逃げられまい」
彼女は誰よりもディーンの実力を知っていた。
「アルバーン、この魔女はどれくらいやばい?」
ライアはディーンから目をそらさず、気を緩めることなく彼女に問いを立てた。
「下手をすれば、この辺り一帯が吹き飛ぶ。奴はああ見えて気性が荒く残忍だ。気をつけろ」
ビリビリとした激しい殺気が、街を飲み込む。
その禍々しい魔力に耐えきれず、倒れる者もいた。
長きに渡る対峙は、三人を除きついに全ての街の人々の意識を奪った。
「一体なんだっていうの……?この街にとって祭りは大切なものなの。どんな理由があろうと、式典を邪魔したことは許さない!」
ラフィーナは激昂していた。
彼女の祭りに対する想いはきっと人一倍強かったに違いない。
「何ですか?貴女は。それにアルバーン様の横にいる赤髪の人間も。離れなさい、汚らわしいですよ」
魔力の奔流が二人の肉体を押し潰そうとする。
意識が飛びそうになる中、二人は意志の強さだけで立っていた。
身体中に纏わりつく重たい空気の所為か、汗が止まらない。
大粒の雫が額から頬を伝い、地面にシミを作る。
一瞬たりとも、隙がない。
逃げようなどという考えはすでにアルバーンの中からは消えていた。
「これ以上迷惑はかけられぬ。すまないことをしたな、人間。伝統である祭りを止めてしまったのは妾の責任だ。許せ」
彼女は投降するかのように、ディーンの元に両の手をあげて近づいていく。
「アルバーン……!君は大切な目的があって、追われる身となりながらも人間の世界にやってきたんだろう?それをこんなに簡単に諦めていいのか!」
不思議とライアは魔女に同情していた。
「ライア……!あなた、どこまでもお人好しね。人間が魔女の肩を持つなんてバカみたい。でも……そういうところ、嫌いじゃないわよ」
ラフィーナでさえ、アルバーンがこのまま去っていってしまうことを望まなかった。
桃色の髪の魔女が祭りを壊したことに腹をたてているのだろう。
「お前たち……妾に協力するとでもいうのか?」
自分たちの判断が人間界の慣習に背いていることは明白だった。
だが、このまま黒髪の魔女を連れ去るだけで、あの大魔導師が身を引くことはないだろうと心のどこかで感じた。
「できるだけのことはする。でも、逃げられる確証はないよ」
「私たち人間が魔女に手を貸すなんてこと、あり得ないんだからね?今回は特別よ、貴女が逃げられるチャンスを作ってあげる!」
命を懸けて戦うのだ。
このまま抵抗せずに死ぬわけにはいかない。
明日を生きるために、二人は武器を手に取った。
「……恩に着る!」
三人は戦闘態勢に入った。
静かに吹いていた風が凪いだ。
「それが貴方たちの答えですか。いいでしょう、ほんの暇つぶしにもなりはしませんが」
ほんの少し、ディーンが魔力を解放する。
彼女を中心に風の渦ができ、次第に大きくなっていく。
それはまるで、大気を纏っているかのように思えた。
「何だよこのふざけた魔力は……!」
足が震え、今にも戦意を喪失してしまいそうだった。
その中、アルバーンは桃色の悪魔を睨めつけ、正対していた。
「その程度の威圧で妾の動きを制限することは出来ぬぞ!」
「流石はアルバーン様。あの方の娘なだけはありますね」
その言葉を口にされた瞬間、黒髪の魔女は大きく目を見開き、激怒した。
彼女の魔力が激しく揺らぐ。
「その事を口にするな!!貴様が……あの時あんな事をしていなければっ!!」
それ以上、アルバーンの口が開くことはなかった。
「さて、この程度の威圧で動けなくなるほどの相手です。私が相手をするまででもないでしょう」
パチン
ディーンは腕を高く上げ、指を鳴らした。
「余興です。これは私からの贈り物。喜んでもらえると嬉しいですね」
指を鳴らした途端、あたりに魔物が大量に出現した。
「何これ!どうして急に沸いてきたの!?」
「ディーンほどの魔女ならば、人間界の脆弱な魔物の意思を操ることくらい容易い。魔物の処理は、お前達に任せたぞ」
アルバーンはそう言い残すと、桃色の悪魔の元に突き進んだ。
残された二人は体勢を立て直し、深呼吸をしてから魔物の軍勢に立ち向かう。
「ラフィーナは俺の支援を!俺は魔物を蹴散らす!」
「オーケー!支援魔法も得意よ。じゃんじゃんやっつけて!」
【付加 :攻撃強化 】
ラフィーナの術式がライアにかかる。
ライアの体は魔法陣の光に包まれた。
「そぉれ!」
魔物に渾身の一撃が命中する。
普段以上の力が出ている分、一振りで数体の魔物を撃破した。
「まだまだこんなものじゃないわよ!」
【付加 :速度強化 】
ライアの動きがどんどん加速する。
「ものの数分もかからずに終わりそうだね」
常人には目で追えぬほどの速さで彼は魔物を翻弄した。
一方、アルバーンは苦戦していた。
魔女の中でも群を抜いて魔力の高いディーンに、彼女は攻撃を当てることさえできずにいた。
「このままでは埒があかぬ。やはり、妾の力ではこやつに勝つことはできぬのか」
「いやあ感心しましたよアルバーン様。この数十年で随分とお強くなられましたね。かつての指導係としては大変嬉しく思いますよ」
魔女の寿命は長い。
平均的に五百年は生きるだろう。
そしてこの二人は、師弟関係にあったようだ。
「貴様とそのような関係にあった覚えはない。妾は貴様を嫌悪する!」
微笑んだまま悪魔は口を開こうとはしなかった。
「そろそろお遊びも終わりです。少し、力を出しましょうか」
ディーンは右手に光の魔力の球を作り出し、街を破壊した。
建物が崩れる音が響き渡る。
誰もそれを止められるものはいなかった。
「私たちの街が!やめて……これ以上アラスタリアを傷つけないで!」
ライアは考える事をやめた。
もはや怒りが頂点に達し、ディーンを討伐することしか頭になかったのだ。
「ディーン!!お前は絶対に許さない!」
「良いですね、怒りは自身を強くする。さあ、もっと怒りなさい。その身を滅ぼすまで」
それでもなお、ディーンは笑った。
人間の、愚かで浅はかな行動を鼻で笑っていた。
ライアは大きく剣を振りかぶり、憎き魔女に叩きつけた。
しかしその重たい一撃でさえも、奴に届くことはない。
軽々と、手持ちの杖で防がれる。
「やはり、人間は弱い。生き残るのは我々なのです。淘汰されるべきは弱小種族の人間だ」
ディーンはついに、冷酷な本性を現した。
その気になればいつでも、三人を仕留めることはできたのである。
目にも留まらぬ速さで繰り出された閃光を、各々は受け止め切ることができなかった。
彼らには最早、立つ力も残されてはいなかった。
「くそ……こんなところで、死んでたまるか……」
「人間は死にゆく時が最も美しい。さあ、あなたの断末魔を聞かせてください。憎しみを持つ者の声は、私を一段と興奮させてくれるに違いありません」
ディーンはライアに杖を向けた。
先ずは、この男から始末しようと考えたのだ。
アルバーンはその隙を見逃さなかった。
瞬間、彼女は魔法を詠唱し、地に伏したままディーンに放った。
両者の魔法がぶつかり合う。
凄まじい光と爆音が街全体に轟く。
光が消え去った頃、その場にライアとアルバーンの姿はなかった。
目を覚ますと、そこは美しき花々が咲き狂う平原だった。
「お、俺は一体…というか、ここはどこだ?」
時刻は早朝くらいだろうか、陽はすっかり登っていた。
彼の近くにはアルバーンが立っていた。
「アルバーン!まだここにいるってことは…俺たちは無事に生き残れたってことか」
「どうやらその様だな。あの魔法の衝突が起こった時、凄まじい光が妾達を包んだ。それにより空間が歪み、空間転移が起こったのだ。今は知らぬ土地にいる」
ライアはあの恐ろしき桃色の悪魔から逃げられたことに、ひとまず安堵した。
「そうだ、ラフィーナは……?どこかに花でも摘みに行ってるのか?」
アルバーンは沈黙する。
彼女は表情を曇らせ、そして顔を俯けた。
「ラフィーナという人間の女は、ここにはいなかった。恐らくまだあの街にいる」
ライアの中で何かが切れる音がした。
まだアラスタリアの街にいるのならば、彼女が生きている保証はない。
あの大魔導師がいる限り、半径数十キロメートル圏内に安寧の地は存在しない。
「そんな……!ラフィーナが危ない。助けに行かないと!」
彼は途端に走り出そうとした。
ここがどこの土地なのか、アラスタリアからどれほど離れているのかも知らずに。
「待て!気持ちはわかるが、冷静になれ。まずはここがどの辺りなのかを知る必要がある」
黒髪の魔女に諭され、赤髪の少年は我に返る。
「そうだ……ラフィーナはきっと生きてる。今は焦っても仕方がない。信じるしかない。必ず、迎えに行くから」
彼は決意をした。
大切な人と再会するために、またあの場所へ行こうと。
「ならば妾も、同行させてもらおうか」
魔女は人間の世界に来た理由を明らかにする。
「妾は人間の勇士を探しに来た。魔女を殺すことのできる、強力な戦士をな」
そして彼女はライアの前に立った。
「お前を……妾の希望にさせてはくれないか」
体が震えた。
承諾して仕舞えば、魔女という強大な一族と敵対する事になるからだ。
だがライアの答えは決まっていた。
彼はディーンをすでに、憎んでいたからだ。
「俺は大切な街を……大好きだった街のみんなを傷つけたあの魔女を許しはしない。絶対にあいつを倒す!そのために、俺は君の希望になろう」
これは魔女を恨む少年と、重い罪を犯した魔女の物語。
『彼岸の魔女』
鳴り止まない祭りの音楽が、ピタリと止まった。
桃色の髪をした魔女がこちらに近づく。
この女はアルバーンとは違い、くすんだ赤色の外套を身につけていた。
真っ白な肌に赤い瞳と口紅が映える。
桃色の髪が、静かな風に乗って靡く。
「ディーン……!貴様は国の指揮を取っていたはず。私を追うのは他の魔女の役目ではなかったのか!」
クスクスと、黒髪の魔女を嘲笑するかのように桃髪の悪魔は口角を釣り上げてみせた。
「何を仰るのですか。
アルバーンにとって、これは大きな誤算だった。
よもや国の指揮をとるほどの大魔導師が人間の世界に足を踏みいれようとは。
「業魔の檻は破壊できたとしてもすぐに再生してしまう。だが破壊されたばかりの箇所は脆い。中級魔導師程度の実力で難なく破壊できるはずだ。なのに何故だ……」
「無理に理解せずともいいのですよ。なに、時が経てばその理由もわかります」
アルバーンには魔女の国の現状が掴めずにいた。
それほどまでに国の情勢は安定しているのだろうか、いや、それとも……
「ともかく、こうなればもう簡単には逃げられまい」
彼女は誰よりもディーンの実力を知っていた。
「アルバーン、この魔女はどれくらいやばい?」
ライアはディーンから目をそらさず、気を緩めることなく彼女に問いを立てた。
「下手をすれば、この辺り一帯が吹き飛ぶ。奴はああ見えて気性が荒く残忍だ。気をつけろ」
ビリビリとした激しい殺気が、街を飲み込む。
その禍々しい魔力に耐えきれず、倒れる者もいた。
長きに渡る対峙は、三人を除きついに全ての街の人々の意識を奪った。
「一体なんだっていうの……?この街にとって祭りは大切なものなの。どんな理由があろうと、式典を邪魔したことは許さない!」
ラフィーナは激昂していた。
彼女の祭りに対する想いはきっと人一倍強かったに違いない。
「何ですか?貴女は。それにアルバーン様の横にいる赤髪の人間も。離れなさい、汚らわしいですよ」
魔力の奔流が二人の肉体を押し潰そうとする。
意識が飛びそうになる中、二人は意志の強さだけで立っていた。
身体中に纏わりつく重たい空気の所為か、汗が止まらない。
大粒の雫が額から頬を伝い、地面にシミを作る。
一瞬たりとも、隙がない。
逃げようなどという考えはすでにアルバーンの中からは消えていた。
「これ以上迷惑はかけられぬ。すまないことをしたな、人間。伝統である祭りを止めてしまったのは妾の責任だ。許せ」
彼女は投降するかのように、ディーンの元に両の手をあげて近づいていく。
「アルバーン……!君は大切な目的があって、追われる身となりながらも人間の世界にやってきたんだろう?それをこんなに簡単に諦めていいのか!」
不思議とライアは魔女に同情していた。
「ライア……!あなた、どこまでもお人好しね。人間が魔女の肩を持つなんてバカみたい。でも……そういうところ、嫌いじゃないわよ」
ラフィーナでさえ、アルバーンがこのまま去っていってしまうことを望まなかった。
桃色の髪の魔女が祭りを壊したことに腹をたてているのだろう。
「お前たち……妾に協力するとでもいうのか?」
自分たちの判断が人間界の慣習に背いていることは明白だった。
だが、このまま黒髪の魔女を連れ去るだけで、あの大魔導師が身を引くことはないだろうと心のどこかで感じた。
「できるだけのことはする。でも、逃げられる確証はないよ」
「私たち人間が魔女に手を貸すなんてこと、あり得ないんだからね?今回は特別よ、貴女が逃げられるチャンスを作ってあげる!」
命を懸けて戦うのだ。
このまま抵抗せずに死ぬわけにはいかない。
明日を生きるために、二人は武器を手に取った。
「……恩に着る!」
三人は戦闘態勢に入った。
静かに吹いていた風が凪いだ。
「それが貴方たちの答えですか。いいでしょう、ほんの暇つぶしにもなりはしませんが」
ほんの少し、ディーンが魔力を解放する。
彼女を中心に風の渦ができ、次第に大きくなっていく。
それはまるで、大気を纏っているかのように思えた。
「何だよこのふざけた魔力は……!」
足が震え、今にも戦意を喪失してしまいそうだった。
その中、アルバーンは桃色の悪魔を睨めつけ、正対していた。
「その程度の威圧で妾の動きを制限することは出来ぬぞ!」
「流石はアルバーン様。あの方の娘なだけはありますね」
その言葉を口にされた瞬間、黒髪の魔女は大きく目を見開き、激怒した。
彼女の魔力が激しく揺らぐ。
「その事を口にするな!!貴様が……あの時あんな事をしていなければっ!!」
それ以上、アルバーンの口が開くことはなかった。
「さて、この程度の威圧で動けなくなるほどの相手です。私が相手をするまででもないでしょう」
パチン
ディーンは腕を高く上げ、指を鳴らした。
「余興です。これは私からの贈り物。喜んでもらえると嬉しいですね」
指を鳴らした途端、あたりに魔物が大量に出現した。
「何これ!どうして急に沸いてきたの!?」
「ディーンほどの魔女ならば、人間界の脆弱な魔物の意思を操ることくらい容易い。魔物の処理は、お前達に任せたぞ」
アルバーンはそう言い残すと、桃色の悪魔の元に突き進んだ。
残された二人は体勢を立て直し、深呼吸をしてから魔物の軍勢に立ち向かう。
「ラフィーナは俺の支援を!俺は魔物を蹴散らす!」
「オーケー!支援魔法も得意よ。じゃんじゃんやっつけて!」
【
ラフィーナの術式がライアにかかる。
ライアの体は魔法陣の光に包まれた。
「そぉれ!」
魔物に渾身の一撃が命中する。
普段以上の力が出ている分、一振りで数体の魔物を撃破した。
「まだまだこんなものじゃないわよ!」
【
ライアの動きがどんどん加速する。
「ものの数分もかからずに終わりそうだね」
常人には目で追えぬほどの速さで彼は魔物を翻弄した。
一方、アルバーンは苦戦していた。
魔女の中でも群を抜いて魔力の高いディーンに、彼女は攻撃を当てることさえできずにいた。
「このままでは埒があかぬ。やはり、妾の力ではこやつに勝つことはできぬのか」
「いやあ感心しましたよアルバーン様。この数十年で随分とお強くなられましたね。かつての指導係としては大変嬉しく思いますよ」
魔女の寿命は長い。
平均的に五百年は生きるだろう。
そしてこの二人は、師弟関係にあったようだ。
「貴様とそのような関係にあった覚えはない。妾は貴様を嫌悪する!」
微笑んだまま悪魔は口を開こうとはしなかった。
「そろそろお遊びも終わりです。少し、力を出しましょうか」
ディーンは右手に光の魔力の球を作り出し、街を破壊した。
建物が崩れる音が響き渡る。
誰もそれを止められるものはいなかった。
「私たちの街が!やめて……これ以上アラスタリアを傷つけないで!」
ライアは考える事をやめた。
もはや怒りが頂点に達し、ディーンを討伐することしか頭になかったのだ。
「ディーン!!お前は絶対に許さない!」
「良いですね、怒りは自身を強くする。さあ、もっと怒りなさい。その身を滅ぼすまで」
それでもなお、ディーンは笑った。
人間の、愚かで浅はかな行動を鼻で笑っていた。
ライアは大きく剣を振りかぶり、憎き魔女に叩きつけた。
しかしその重たい一撃でさえも、奴に届くことはない。
軽々と、手持ちの杖で防がれる。
「やはり、人間は弱い。生き残るのは我々なのです。淘汰されるべきは弱小種族の人間だ」
ディーンはついに、冷酷な本性を現した。
その気になればいつでも、三人を仕留めることはできたのである。
目にも留まらぬ速さで繰り出された閃光を、各々は受け止め切ることができなかった。
彼らには最早、立つ力も残されてはいなかった。
「くそ……こんなところで、死んでたまるか……」
「人間は死にゆく時が最も美しい。さあ、あなたの断末魔を聞かせてください。憎しみを持つ者の声は、私を一段と興奮させてくれるに違いありません」
ディーンはライアに杖を向けた。
先ずは、この男から始末しようと考えたのだ。
アルバーンはその隙を見逃さなかった。
瞬間、彼女は魔法を詠唱し、地に伏したままディーンに放った。
両者の魔法がぶつかり合う。
凄まじい光と爆音が街全体に轟く。
光が消え去った頃、その場にライアとアルバーンの姿はなかった。
目を覚ますと、そこは美しき花々が咲き狂う平原だった。
「お、俺は一体…というか、ここはどこだ?」
時刻は早朝くらいだろうか、陽はすっかり登っていた。
彼の近くにはアルバーンが立っていた。
「アルバーン!まだここにいるってことは…俺たちは無事に生き残れたってことか」
「どうやらその様だな。あの魔法の衝突が起こった時、凄まじい光が妾達を包んだ。それにより空間が歪み、空間転移が起こったのだ。今は知らぬ土地にいる」
ライアはあの恐ろしき桃色の悪魔から逃げられたことに、ひとまず安堵した。
「そうだ、ラフィーナは……?どこかに花でも摘みに行ってるのか?」
アルバーンは沈黙する。
彼女は表情を曇らせ、そして顔を俯けた。
「ラフィーナという人間の女は、ここにはいなかった。恐らくまだあの街にいる」
ライアの中で何かが切れる音がした。
まだアラスタリアの街にいるのならば、彼女が生きている保証はない。
あの大魔導師がいる限り、半径数十キロメートル圏内に安寧の地は存在しない。
「そんな……!ラフィーナが危ない。助けに行かないと!」
彼は途端に走り出そうとした。
ここがどこの土地なのか、アラスタリアからどれほど離れているのかも知らずに。
「待て!気持ちはわかるが、冷静になれ。まずはここがどの辺りなのかを知る必要がある」
黒髪の魔女に諭され、赤髪の少年は我に返る。
「そうだ……ラフィーナはきっと生きてる。今は焦っても仕方がない。信じるしかない。必ず、迎えに行くから」
彼は決意をした。
大切な人と再会するために、またあの場所へ行こうと。
「ならば妾も、同行させてもらおうか」
魔女は人間の世界に来た理由を明らかにする。
「妾は人間の勇士を探しに来た。魔女を殺すことのできる、強力な戦士をな」
そして彼女はライアの前に立った。
「お前を……妾の希望にさせてはくれないか」
体が震えた。
承諾して仕舞えば、魔女という強大な一族と敵対する事になるからだ。
だがライアの答えは決まっていた。
彼はディーンをすでに、憎んでいたからだ。
「俺は大切な街を……大好きだった街のみんなを傷つけたあの魔女を許しはしない。絶対にあいつを倒す!そのために、俺は君の希望になろう」
これは魔女を恨む少年と、重い罪を犯した魔女の物語。
『彼岸の魔女』