第六夜「修道女との出会い」
文字数 3,530文字
洞窟を抜けてから早くも数時間が経過しようとしていた。
それからというものの、一向に街は見えてこない。
「ねえアルバーン、これ本当にこっちの道に街があるのかい?」
「ある!間違いない。妾の魔力探知 の性能は魔女の中でも優れている。安心しろ、時期に見えてくるはずだ」
その言葉だけを信じ一向に視認できない街を目指すのは、ライアにとって困難だった。
陽がもう随分と西に傾いていた。
日没の時間が近い。
「この辺りは街灯もないんだな。街へと続く道も整備されていないということは、かなり辺境の地ということか?」
「その可能性もあるね。アラスタリアから南といっても、どれくらい緯度が低いのかも分からないし……とにかく知らない土地で夜道を歩くのは危険だよ、今日は一旦どこかで休もう」
二人は陽が暮れる前に、一夜かぎりの寝床を探すことにした。
近くに小さな森があった。
今夜はここで夜が明けるのを待つことにする。
ライアは細く燃えやすそうな木々をある程度伐採し、焚き火の材料とした。
「よし、これくらいあれば十分だろ。アルバーン、火を起こしてくれる?」
【火炎 】
炎の魔女は力加減に気をつけながら、薪にそっと火を付けた。
「ライア、お前は疲れただろうから先に寝ろ。見張りは妾がする」
随分と辺りを警戒するアルバーンの横顔をライアは不思議そうに見つめた。
「この辺りの魔物に襲われることはないと思うよ?道中もほとんど出くわさなかったし、それほど強い魔物もいなかったしさ」
アルバーンはジトッと目を細めて彼の方を見て言った。
「馬鹿か。妾は何も魔物に注意を払っているのではない。気づかないのか、大きな魔力が近づいているのを」
流石は魔女といったところか、彼女はすでに帝国の騎士の存在に気づいていた。
「そんなもの全く感じないけど…アルバーンがすごすぎるだけだよ。そもそも、その強大な魔力の持ち主が俺たちを狙う理由もないだろ?」
アルバーンは彼の話に耳を傾けることはなかった。
やはり人間の感覚は鈍いのだ。
魔女ならはっきりと分かる、この強大な魔力の持ち主が自分たちの首を狙っていることを。
「少し、厄介なことになりそうだな……」
彼女はふと彼の方を振り返る。
アルバーンに相手にされなかったからか、ライアはすでに深い眠りについていた。
「ふっ、とても疲れていたのだな。お前はゆっくり休め、そしてこの先起こりうる戦いに備えるのだ」
アルバーンはパチパチと燃え滾る灯りに手をかざし、そっと炎を拭い取るようにして消灯した。
葉から零れ落ちた朝露が頬に当たり、彼は目を覚ました。
「んん……朝まで寝ちゃってたのか。アルバーン、ずっと見張りしててくれたのかな?だとしたら申し訳ないな」
少し森の中を歩くと、見晴らしのいい丘に出た。
そこにはすでに目覚めていたアルバーンの姿があった。
彼女は光り輝く朝日に向かい、思いを馳せていた。
「人間や魔女は絶えず争っているのに、世界はこんなにも美しい。皮肉なものだな……必ず、こんな醜い争いに終止符を打つ。妾はそのために人間の世界に来たのだ」
その言葉を盗み聞き、彼は気づかれる前に元の場所に戻った。
「ライア……妾の戯言を聞いていたのか。気を、遣わせてしまったようだな」
数分経ってから、彼女も焚き火の跡に戻る。
「おお、起きていたのだな」
「あ、ああ……ちょっと前にね。さあ、街を目指そうか!」
二人は再度、街に向けて歩き出した。
アルバーンの魔力探知を頼りに歩くこと数時間、ようやく視界に街が入った。
「あった!やっぱりアルバーンの言ってた通りだな!」
「なんだ、信用してなかったのか」
緩やかな丘を下った先にその街はあった。
近くに看板がある。
どうやら「タレンシアの街」という所らしい。
「到着したらとりあえず美味しいものを食べたいな〜そういえばアルバーンは人間界の食べ物、食べたことなかったよね?」
彼女はこくりと頷き、こう続けた。
「アルバレスにいた時に本で読んだことがある。妾は……すぱげてぃというものを食べてみたい」
普段はクールでお高くとまっている彼女も、このような可愛らしいお願いはするのだ。
「お、おう……!じゃあ街についたら奢ってあげるから、期待しといてね!」
ワクワクした気分を隠しきれないまま、二人は街へと駆け込んだ。
〈タレンシアの街〉
アラスタリアの街とはまた違い、出店が多く賑やかな街だった。
「思ってたよりも都会だね!案外都から近いのかもしれない」
「都?そこには、強力な騎士もたくさんいるのか?」
ライアは右上を向きながら顎に手を添えた。
「うーん、詳しくは知らないけど、十人の円卓騎士がいるって噂だよ。その強さは人間界で随一だとか」
アルバーンは戦慄した。
今こちらに近づいていている魔力の主がその帝国の騎士なのだとしたら、都から近いかもしれないこの街には騎士の増援が容易に行えるということだ。
もしそうだとすれば、一刻も早くこの街から出ていかねばならない。
「ライア、早く腹ごしらえをして情報を手に入れ、アラスタリアを目指すぞ」
彼女は彼の左腕を無理やり引っ張り、無造作に近くの店に入った。
「もう、なんでそんなに急いでるんだ?せっかく街についたんだし、少しくらいゆっくりしても……」
アルバーンは話に横槍を刺した。
「いいか、今妾たちは危機的状況にある可能性が高い。昨日言っていた強大な魔力の持ち主が徐々にこちらに迫ってきている。もしかすると、妾たちに気づいているのかもしれぬぞ」
ライアには話が見えてこなかった。
「気づいてる?一体どういうこと?」
はあ、と大きな溜息を吐いてから彼女は徐に話し始める。
「人間界に魔女が侵入し、そして妾がその魔女だということが帝国とやらにバレたと言っているのだ」
彼にしか届かないほどの声量で彼女はそう告げた。
「な、なんだって……?もしそうだとしたら只事じゃないよ、確実に殺される!」
「だから事態は急を要するといっておるのだ!料理が出てきたらさっさと食って情報を集めるぞ!」
そう言うや否や、ウェイターが二人分のスパゲティを運んできてくれた。
「こちらがミートソース、そしてこちらがカルボナーラでございます。ごゆっくりお召し上がりください」
ライアの席に赤色の、アルバーンの席には白色の、それぞれ美しく盛られたスパゲティが置かれる。
「こ、これは……本で見たものよりも数倍美しい。なんといい香りだ……満遍なく振りかけられたペッパーの匂いが食欲をそそる」
彼女は本の中でしか見たことのない皿の品を十分に堪能し、店を出た。
「あのー、アルバーンさん?あれほど急げといった割には随分とお食事をご堪能でしたが……それについてはどう弁解致しますか?」
至福のひと時を過ごした彼女は、はっと我に返った。
「し、しまったつい……悪いことをしたな。先を急ぐとしよう!」
少し顔を赤らめながら、彼女はスタスタとあてもなく歩くのだった。
街の奥へと行き着いた二人だったが、それまで街の人と数回話をしていた。
その人々から入手できた情報は二つある。
一つ目は、このタレンシアの街はアラスタリアの街よりも南に位置し、ここから数百キロ北上したところにライアの故郷があるということ。
二つ目は、現在何かしらの理由で北にある関所が通行止になっており、通行許可証がない限り関所を通ることが不可能だということ。
これらを考慮し、二人はアラスタリアの街へ向かうのは困難を極めるという結論に至った。
「どうしよう……一刻も早く、アラスタリアに戻らないといけないのに。ラフィーナが心配だよ」
「焦るな、まだ何か方法があるはずだ。突破口を見つけるぞ」
その時、ライアは一人の女に目を向ける。
その女はシスターのようであり、聖職者の身分だとすぐに分かった。
髪の色はオレンジブラウンで、ストレートであり、恐らく腰くらいまで伸びている。
彼は何故だか、この修道女に惹かれていた。
その視線があまりにも不自然だったのか、女が自ら声をかけてきた。
「あ、あの……どうしました?そんなにこちらを見て。私に何か用でしょうか?」
彼女はまだ知らない、この二人組が魔女を匿う者であるということを。
そして、とあるきっかけからこれからの人生が崩壊してしまうことを。
それからというものの、一向に街は見えてこない。
「ねえアルバーン、これ本当にこっちの道に街があるのかい?」
「ある!間違いない。妾の
その言葉だけを信じ一向に視認できない街を目指すのは、ライアにとって困難だった。
陽がもう随分と西に傾いていた。
日没の時間が近い。
「この辺りは街灯もないんだな。街へと続く道も整備されていないということは、かなり辺境の地ということか?」
「その可能性もあるね。アラスタリアから南といっても、どれくらい緯度が低いのかも分からないし……とにかく知らない土地で夜道を歩くのは危険だよ、今日は一旦どこかで休もう」
二人は陽が暮れる前に、一夜かぎりの寝床を探すことにした。
近くに小さな森があった。
今夜はここで夜が明けるのを待つことにする。
ライアは細く燃えやすそうな木々をある程度伐採し、焚き火の材料とした。
「よし、これくらいあれば十分だろ。アルバーン、火を起こしてくれる?」
【
炎の魔女は力加減に気をつけながら、薪にそっと火を付けた。
「ライア、お前は疲れただろうから先に寝ろ。見張りは妾がする」
随分と辺りを警戒するアルバーンの横顔をライアは不思議そうに見つめた。
「この辺りの魔物に襲われることはないと思うよ?道中もほとんど出くわさなかったし、それほど強い魔物もいなかったしさ」
アルバーンはジトッと目を細めて彼の方を見て言った。
「馬鹿か。妾は何も魔物に注意を払っているのではない。気づかないのか、大きな魔力が近づいているのを」
流石は魔女といったところか、彼女はすでに帝国の騎士の存在に気づいていた。
「そんなもの全く感じないけど…アルバーンがすごすぎるだけだよ。そもそも、その強大な魔力の持ち主が俺たちを狙う理由もないだろ?」
アルバーンは彼の話に耳を傾けることはなかった。
やはり人間の感覚は鈍いのだ。
魔女ならはっきりと分かる、この強大な魔力の持ち主が自分たちの首を狙っていることを。
「少し、厄介なことになりそうだな……」
彼女はふと彼の方を振り返る。
アルバーンに相手にされなかったからか、ライアはすでに深い眠りについていた。
「ふっ、とても疲れていたのだな。お前はゆっくり休め、そしてこの先起こりうる戦いに備えるのだ」
アルバーンはパチパチと燃え滾る灯りに手をかざし、そっと炎を拭い取るようにして消灯した。
葉から零れ落ちた朝露が頬に当たり、彼は目を覚ました。
「んん……朝まで寝ちゃってたのか。アルバーン、ずっと見張りしててくれたのかな?だとしたら申し訳ないな」
少し森の中を歩くと、見晴らしのいい丘に出た。
そこにはすでに目覚めていたアルバーンの姿があった。
彼女は光り輝く朝日に向かい、思いを馳せていた。
「人間や魔女は絶えず争っているのに、世界はこんなにも美しい。皮肉なものだな……必ず、こんな醜い争いに終止符を打つ。妾はそのために人間の世界に来たのだ」
その言葉を盗み聞き、彼は気づかれる前に元の場所に戻った。
「ライア……妾の戯言を聞いていたのか。気を、遣わせてしまったようだな」
数分経ってから、彼女も焚き火の跡に戻る。
「おお、起きていたのだな」
「あ、ああ……ちょっと前にね。さあ、街を目指そうか!」
二人は再度、街に向けて歩き出した。
アルバーンの魔力探知を頼りに歩くこと数時間、ようやく視界に街が入った。
「あった!やっぱりアルバーンの言ってた通りだな!」
「なんだ、信用してなかったのか」
緩やかな丘を下った先にその街はあった。
近くに看板がある。
どうやら「タレンシアの街」という所らしい。
「到着したらとりあえず美味しいものを食べたいな〜そういえばアルバーンは人間界の食べ物、食べたことなかったよね?」
彼女はこくりと頷き、こう続けた。
「アルバレスにいた時に本で読んだことがある。妾は……すぱげてぃというものを食べてみたい」
普段はクールでお高くとまっている彼女も、このような可愛らしいお願いはするのだ。
「お、おう……!じゃあ街についたら奢ってあげるから、期待しといてね!」
ワクワクした気分を隠しきれないまま、二人は街へと駆け込んだ。
〈タレンシアの街〉
アラスタリアの街とはまた違い、出店が多く賑やかな街だった。
「思ってたよりも都会だね!案外都から近いのかもしれない」
「都?そこには、強力な騎士もたくさんいるのか?」
ライアは右上を向きながら顎に手を添えた。
「うーん、詳しくは知らないけど、十人の円卓騎士がいるって噂だよ。その強さは人間界で随一だとか」
アルバーンは戦慄した。
今こちらに近づいていている魔力の主がその帝国の騎士なのだとしたら、都から近いかもしれないこの街には騎士の増援が容易に行えるということだ。
もしそうだとすれば、一刻も早くこの街から出ていかねばならない。
「ライア、早く腹ごしらえをして情報を手に入れ、アラスタリアを目指すぞ」
彼女は彼の左腕を無理やり引っ張り、無造作に近くの店に入った。
「もう、なんでそんなに急いでるんだ?せっかく街についたんだし、少しくらいゆっくりしても……」
アルバーンは話に横槍を刺した。
「いいか、今妾たちは危機的状況にある可能性が高い。昨日言っていた強大な魔力の持ち主が徐々にこちらに迫ってきている。もしかすると、妾たちに気づいているのかもしれぬぞ」
ライアには話が見えてこなかった。
「気づいてる?一体どういうこと?」
はあ、と大きな溜息を吐いてから彼女は徐に話し始める。
「人間界に魔女が侵入し、そして妾がその魔女だということが帝国とやらにバレたと言っているのだ」
彼にしか届かないほどの声量で彼女はそう告げた。
「な、なんだって……?もしそうだとしたら只事じゃないよ、確実に殺される!」
「だから事態は急を要するといっておるのだ!料理が出てきたらさっさと食って情報を集めるぞ!」
そう言うや否や、ウェイターが二人分のスパゲティを運んできてくれた。
「こちらがミートソース、そしてこちらがカルボナーラでございます。ごゆっくりお召し上がりください」
ライアの席に赤色の、アルバーンの席には白色の、それぞれ美しく盛られたスパゲティが置かれる。
「こ、これは……本で見たものよりも数倍美しい。なんといい香りだ……満遍なく振りかけられたペッパーの匂いが食欲をそそる」
彼女は本の中でしか見たことのない皿の品を十分に堪能し、店を出た。
「あのー、アルバーンさん?あれほど急げといった割には随分とお食事をご堪能でしたが……それについてはどう弁解致しますか?」
至福のひと時を過ごした彼女は、はっと我に返った。
「し、しまったつい……悪いことをしたな。先を急ぐとしよう!」
少し顔を赤らめながら、彼女はスタスタとあてもなく歩くのだった。
街の奥へと行き着いた二人だったが、それまで街の人と数回話をしていた。
その人々から入手できた情報は二つある。
一つ目は、このタレンシアの街はアラスタリアの街よりも南に位置し、ここから数百キロ北上したところにライアの故郷があるということ。
二つ目は、現在何かしらの理由で北にある関所が通行止になっており、通行許可証がない限り関所を通ることが不可能だということ。
これらを考慮し、二人はアラスタリアの街へ向かうのは困難を極めるという結論に至った。
「どうしよう……一刻も早く、アラスタリアに戻らないといけないのに。ラフィーナが心配だよ」
「焦るな、まだ何か方法があるはずだ。突破口を見つけるぞ」
その時、ライアは一人の女に目を向ける。
その女はシスターのようであり、聖職者の身分だとすぐに分かった。
髪の色はオレンジブラウンで、ストレートであり、恐らく腰くらいまで伸びている。
彼は何故だか、この修道女に惹かれていた。
その視線があまりにも不自然だったのか、女が自ら声をかけてきた。
「あ、あの……どうしました?そんなにこちらを見て。私に何か用でしょうか?」
彼女はまだ知らない、この二人組が魔女を匿う者であるということを。
そして、とあるきっかけからこれからの人生が崩壊してしまうことを。