第一夜「赤髪少年と黒髪の魔女」

文字数 3,059文字

声を、聞いた。

少年はこの時確かに、女の声を聞いたのだ。

「なあ、知ってるか?この世には二種類の種族しかいない」

ーー人間と、魔女だ。



ゴオオオオオオオオオオッ

「軌道修正……不可能!落ちっ……」

かつて、まだ世界が一つだった頃。

この世には人間と魔女の二つの種族が共存していた。

魔女は人間に知恵を与え、その見返りとして人間から金品を受け取った。

しかしその関係は崩壊していた……

人間は魔女の血にとてつもない力が秘められていることを知った。

人間はその欲望から、魔女を殺そうとした。

魔女は人間に失望し、世界を2つに分けた。

人間の住まう地に、破壊不可能な「業魔の檻(ディズケージ)」をかけたのだ。

そしてそれから百余年……

長い年月をかけて、古代の戦争の事実は忘れられていった。

しかし、人間は魔女のことを忘れてはいなかった。

「魔女は敵だ、忌むべき存在だ、見つけたら殺せ」

その言葉だけが、現代の世の中に残っていた……



〈アラスタリアの街〉

その南に、のどかな平原がある。

名もなき平原である。

「ふぁーあ、よく寝た。なんだか変な夢を見た気がするけど、まあいいか」

この赤髪の少年の名はライア。

アラスタリアの街の少年だ。

彼はもともとこの街の住人ではなかったが、剣の腕を見込まれ、街の守護者として雇われた。

彼は寝ぼけた顔をしながら前髪をかきあげ、はっと何かを思い出して街の方へ駆けていく。

「そうだ、ラフィーナにお使いについて行くよう頼まれてたんだった!」

視線の先から、何やら人が近づいてくる。

彼女がラフィーナである。

ラフィーナはアラスタリアの街の町長の娘だ。

活発で、何事にも熱心に打ち込む生真面目な性格をしている。

「ラフィーナごめんっ!剣の鍛錬をしてたらすっかり眠くなってしまって……迎えにいくの忘れてたよ」

ラフィーナはいたってご機嫌だった。

「ううん、全然いいわよ!どうせ貴方のことだから昼寝でもしてるんだろうと思ってたし。それに今日は街の大切な行事があるからね!」

何から何まで見透かされていたことを知り、少し恥ずかしながらもライアは微笑んだ。

「じゃあ、町長に頼まれてた、儀式に使う冠を隣町まで買いに行くわよ!」



アラスタリアの街にはしきたりがあった。

10年に一度、豊穣の神に祈りを捧げる祭を行い、感謝の意を伝える。

住民からは一人、神子(かみこ)が選ばれる。

それに選ばれたものは特別な冠をつけて、街の代表として豊穣の神に祈りを捧げるのだ。

神子に選ばれたのはラフィーナだった。

とても名誉なことなのである。

それ故に彼女は機嫌が良く、些細なことでは怒るはずもなかった。



〈ダレフ村〉

アラスタリアから南の街道を少し歩いたところにこの村はある。

ダレフ村はアラスタリアの街との交友が悠久の関係にある。

街の祭りの冠はここの村でしか作ることはできない。

「ふう、やっと着いたわね!なんだか久しぶりに来た気がするわ、いつ来てものどかでいい村ね」

「ラフィーナはあまりアラスタリアから出ないもんね。俺はよく来るよ、修行の途中に休憩がてら」

ラフィーナはそんな話に興味はなかった。

「そんなの知らないわよ〜ほらほら、早く冠を買いに行きましょう!」

彼女はライアの腕を引っ張り、冠を作ってくれる職人のところに向かった。

「やあ、ラフィーナお嬢ちゃん。随分と大きくなったもんだね。今回の祭りは君が神子なんだろう?おじさんも見にいくからね、楽しみにしてるよ」

楽しげな会話を交わした後、ライアとラフィーナの二人は冠を受け取り、帰路についた。



この周辺は魔物などは普段出ない。

二人はゆっくりと足を進めた。

「この辺りは本当に平和だね。俺みたいな守護者なんて必要ないくらいに」

だがその話がフラグだったのかはわからないが、茂みから魔物が飛び出してきた。

「ブルースライムよ!なんでこんなところに……ライア!」

「言われなくても!」

ライアは背中にかけた剣を鞘から抜き、魔物を討伐した。

「ふう、まだ雑魚モンスターだったから良かったけど……こんなのがたくさん出てきたら厄介だな。これから祭りもあるってのに」

ほんの少し、胸騒ぎがした。



〈アラスタリアの街〉

一体の魔物と遭遇して以来、2人は何事もなく街についた。

ラフィーナは父親である町長に冠のことを告げた。

「おかえりラフィーナ。無事に冠も手にいれられたみたいだし、明日は盛大に祭を開こう!」

「ええ、お父様。私の神子としての姿、しっかり見ていてね」

ライアは外で待っていた。

街で遊んでいる子供の姿を横目に見ながら、ラフィーナが出てくるまで暇を潰した。

チカッ

空が一瞬、光ったような気がした。

「ん、なんだ?今ほんの一瞬だけど空が……いや、気のせいか」

彼は気にも止めることなく、外に出てきたラフィーナと街の裏にある森に出向いた。



〈泉の森〉

二人は祭りに使うための

というものを採りに来ていた。

「確か森の1番奥に自生している月光草から採れるのよね。いっぱい必要だから、貴方も頑張って採取してよね?」

「分かってるよ。雫を作るのはラフィーナの仕事だけど、摘むのは任せて!」

やけに森がざわつく。

まるで森の意思が二人を遠ざけようとしているかのように。

「さっきから何なんだ、この胸騒ぎは」

ラフィーナはそんなことを気にせずに森の奥へと突き進む。

十数分かけて二人は泉のある奥地までやってきた。

「ここ、懐かしいわね。覚えてる?よく二人でこの泉で遊んだよね」

ラフィーナは身をかがめて泉の水を両の手で掬いながらかつての情景を懐かしんでいる。

「ああ、覚えてるよ。もう随分前の話だよね。俺がラフィーナのお父さんに拾われて、それから……」

ゴゴゴゴゴ……

何かものすごい音を立てて上空から飛来物が落ちてくる。

先程まで鳴り止まなかった森のざわめきが全く聞こえないほどだった。

「な、何事だ!?」

「なにかが……空から降ってきた!?」

ドゴオオオン!

とてつもない衝撃とともに草木が吹き飛び、土煙が舞う。

塵が吹き飛び、煙が晴れる。

「一体、なにが落ちてきたっていうんだ……?」

煙が晴れた時、二人が目にしたものは、黒い外套で身を包んだ黒髪の女だった。

その近くには折れた箒の残骸が散らばっている。

「まさか、この子……魔女なのか?」

人間の世界に、魔女がいるはずはない。

だが目の前には魔女と思われる女がいる。

「ライア、この女……きっと魔女よ!何で人間の世界に魔女がいるのよ。そんなことより、早くこのことを報告しないと」

ライアは焦るラフィーナを止めた。

「落ち着いて、そんな事をしたら街は騒ぎになって大変なことになる。明日は大切な祭りがある。だから……言いたいことはわかるよね?」

「で、でもそんな事をしたらわたし達はタダでは済まないわよ……!」

ライアの考えている事を、ラフィーナは瞬時に理解していた。

「分かってる。でも今はこの方法しかない……」

ライアは大怪我をして地に倒れている魔女に近づいた。

「この魔女を匿おう」

赤髪の少年と、黒髪の魔女の運命が交差する瞬間だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み