第6話 意味不明な賭博場の悲劇 その2
文字数 3,231文字
次の第9戦も同じ職場で働く男と女の対決だった。
オッズは男2倍、女15倍。
「よく分かんないけど、オッズは無視できないね」
「女が勝利するケースを考えた場合、何があるんだろう」
「さっきの対戦からなんのヒントもなかったし」
「そもそもこれはなんのギャンブルをやってるのか、さっぱりわからん」
「うん。全然わかんないねえ」
MとSの二人が会話しているあいだ、Kは競魔新聞を買ってきた。
「なんの情報もなくお金を賭けちゃダメだよね」
Kは新聞を広げた。後ろからMとSは見ていた。
「さっきの対戦は戦う前から結果が見えていたんだね」
Kはそう言いながら、赤ペンで次の対戦にポイントとなりそうなところに印をつけた。
「その結果がよくわからんのよ」Mは言った。
「さっき聞いてきたんだけど、どっちが先に惚れてしまうかというゲームだったらしいんだ。魔物たちのあいだで、あの男があの女に惚れることはないよね、というのはわかりきってたらしいんだ」
「そんなマニアックな地元ネタがよそ者にわかるわけないだろう」
Sはうんざりした気持ちでぼやいた。
「だから競魔新聞が必要なんだよ」
Kは赤ペンで新聞をパンパン叩いた。
「で、何が分かるの?」Mは訊いた。
「次の対戦は職場で問題が発生したときに、どっちに責任をなすりつけるかを争うゲームらしいんだ」
「気持ち的に滅入る対決だよね」
Mは苦笑いした。
「でも賭けるよね? さっき負けちゃったし。リベンジしないと」
Kはやる気満々だ。
「どっちに賭ければいいのさ?」
Mは新聞を見ていた。
「責任のなすりつけあいだから、普通に考えて男が有利でしょ」
Kは自信を持って結論を出した。
「女のミスに仕立て上げて、男は逃げ切ろうという流れ?」
Mは不条理な対戦に、なんだかなあという気持ちになった。
「男を切って、女をかばうという上司ってあんまりいないしね」
「女上司だったらそうでもないんじゃないか?」と、Sは疑問を口にした。
「上司の設定はないね、これ。やっぱりオッズのまんまだよ。これはさっきより難しくない」
Kの結論は動きそうもなかった。
「そうなのかのなあ」
Sはそう言ったきり黙ってしまった。
「実社会に照らし合わせて考えるんだよ。そうすると、女が会社を追われるケースだよ。だから男に賭けければいい!」
Kは澄み切った青空のような表情をしていた。
「わかった。Kがそこまで言うならそれでいいよ。さっき2000XG損しているから、ほどほどにしとこうよ」と、Mは言った。
Kは「今日の出費分と損失分合計で22000XGだから…トントンにもちこもう」と、言い出した。
「それはやめようよ」Mは言った。
「さっきは情報がないままお金を突っ込んだだけだから。今回は違う。しっかりと分析してやってるんだから、勝率はかなり高いはずだよ。オッズも味方してる。絶対大丈夫!」
Kは譲りそうもなかった。
MとSは諦めた。
男に11000XGを賭けることにした。
場内アナウンスが流れた。
「大変、お待たせいたしました。第9戦は同じ職場で働く男と女の対決です! 選手入場!」
フランシス・レイの『男と女』が場内に流れてきた。
左の入り口の幕が開くと、すらっと背の高い切れ者風のイケメンの男が入ってきた。
右の入り口の幕が開くと、こちらは背の低い少しぽっちゃりとした女が入ってきた。
「ちょっと待てよ。さっきと同じ人じゃないか」
Mは不安な気持ちになった。
「だったら、なおさら勝ち確定だ」
Kはもうニヤついていた。
「この賭け、何かがおかしい」
Sは嫌な気持ちになっていた。
二人はリングに上がると、それぞれが体をほぐしながら、集中力を高めて、戦いの準備に入っていた。
レフリーがそれぞれに注意事項を伝えているあいだ、二人は一触即発の睨み合いをしていた。
開始のゴングが鳴った。
二人は睨み合ったまま動かない。
会場は静まり返っている。
「このままいったら俺たちの勝ちじゃない?」
「取り戻すぞ! 絶対だ!」
「ゴング、早く鳴れよ…」
3人は腰を上げた。
女は急に泣き出した。
隣にいたおっさんが「ああっ!」と叫んだ。
「何があったんですか?」Mは訊いた。
「『泣き落としの技』を出してきた。同情を集めることでこの女に責任をなすりつけることが難しくなってくる。これで女が一気に形勢有利だ」
おっさんは握りこぶしをつくって、膝を何度も叩いている。
「男はどうすればいいんですか?」
「彼にクリエイティブな戦略があるかどうか…」
男は泣きじゃくる女を見て呆然と立ち尽くしている。
「いかん。レフリーが女に同情している流れだ…時間がないなあ」
おっさんは時計を見ながら唇を噛み締めている。
観客たちは男の次の一手を固唾を飲んで見守っている。
刻々と終了時刻に近づいている。
男は目をつぶった。
Sは頭を抱えた。
「損失がデカすぎる…」
男の膝がガクッと折れ、四つん這いになった。
観客がどよめいた。
男はそのままの姿勢で頭を落とし、後頭部と背中をぷるぷると震わせている。指先の爪で床をひっかきながら、う~う~う~、とかすれた声で呻いている。
観客の視線は男に集中している。
男は顔をあげて叫んだ!
「ママ~! ママ~! この女の人がね、ウソ泣きして、ボクを悪者にしようとするの~!! ママ~! マ~マ~! マ~マ~! マンマ~! アンア~!」
男はわんわん泣き出した。
目から涙、鼻から鼻水、口からよだれ。
完璧な技だった。
観衆は総立ちになり、大歓声が上がった。
Kも立ち上がった。
「よっしゃ~! こいや! こいや!」
Kの顔つきはこの旅で一番凛々しかった。
「これで勝ちは確定ですか?」Mはおっさんに訊いた。
「すごい大技をもってきたよな。女の攻撃をオフセットして、完全に逆転。このままいければいいんだが…」
おっさんはまだ慎重な表情を崩していない。
レフリーは時計を見た。
女はあきらかに動揺していた。
歓声のボルテージが上がっていく。
女は四つん這いになっている男に強く当たりに行った。男はバランスを崩した。女はすかさず男の手を取って、自分の胸に当てさせた。男は必死に引っ込めようとするが、女は力いっぱい握って離さない。男が振りほどこうとしたとき、女はわざと自分から倒れて、しばらくうずくまった。
そして体を起こしたときには、服が少し破れていて、中から下着が見えていた。
男はリングの中央で仰向けになって激しく泣き叫んだ。
女はリングの隅っこで横座りのまま小声で泣いていた。
終了のゴングが鳴った。
試合は審議入りした。
「最後、自分で服破ったよな!」
Kは魔券を強く握りしめた。
「やっぱりそうだよね」Mは言った。
「じゃあ女の反則負けになるのか?」
Sはそう言って、審議しているレフリーたちを見ていた。
おっさんは力なく首を振って、やんわりと否定した。
「印象度が重視されるから、判定が男有利になるとは思えない」
長い審議の結果、女の逆転勝利だった。
「やられたなあ」
おっさんは嘆いた。
「くそっ! もう少しだったのに!」
Kは魔券をビリビリに破ってリングに向けて投げつけた。「次、どうする?」
「もう、やめようよ」Sは言った。
「このままじゃ引き下がれないでしょ?」
Kは怒りと興奮で口からつばが飛んだ。
「いいか、K。今日一日で33000XGも使ってるんだぞ。残り17000XGだ」
Sは声を落として言った。
「だから! それ全部取り戻すんだ!」
Kは大声を上げた。鬼の形相だった。
「落ち着け。この賭博は何かがおかしい。これはゲームなんだ。いろいろな罠が仕組まれてるんだ。カネを巻き上げるための八百長にしか見えないんだよ」
「Mは?」Kは訊いた。
「目的は『死んだら城』に行くことだから、ここで消耗するのはまずいと思うよ」
MはKを優しく諭すように言った。
「そうだよ。Mの言う通りだ。ここは引いて、明日に備えよう」
SはKの肩をポンポンと叩いた。
オッズは男2倍、女15倍。
「よく分かんないけど、オッズは無視できないね」
「女が勝利するケースを考えた場合、何があるんだろう」
「さっきの対戦からなんのヒントもなかったし」
「そもそもこれはなんのギャンブルをやってるのか、さっぱりわからん」
「うん。全然わかんないねえ」
MとSの二人が会話しているあいだ、Kは競魔新聞を買ってきた。
「なんの情報もなくお金を賭けちゃダメだよね」
Kは新聞を広げた。後ろからMとSは見ていた。
「さっきの対戦は戦う前から結果が見えていたんだね」
Kはそう言いながら、赤ペンで次の対戦にポイントとなりそうなところに印をつけた。
「その結果がよくわからんのよ」Mは言った。
「さっき聞いてきたんだけど、どっちが先に惚れてしまうかというゲームだったらしいんだ。魔物たちのあいだで、あの男があの女に惚れることはないよね、というのはわかりきってたらしいんだ」
「そんなマニアックな地元ネタがよそ者にわかるわけないだろう」
Sはうんざりした気持ちでぼやいた。
「だから競魔新聞が必要なんだよ」
Kは赤ペンで新聞をパンパン叩いた。
「で、何が分かるの?」Mは訊いた。
「次の対戦は職場で問題が発生したときに、どっちに責任をなすりつけるかを争うゲームらしいんだ」
「気持ち的に滅入る対決だよね」
Mは苦笑いした。
「でも賭けるよね? さっき負けちゃったし。リベンジしないと」
Kはやる気満々だ。
「どっちに賭ければいいのさ?」
Mは新聞を見ていた。
「責任のなすりつけあいだから、普通に考えて男が有利でしょ」
Kは自信を持って結論を出した。
「女のミスに仕立て上げて、男は逃げ切ろうという流れ?」
Mは不条理な対戦に、なんだかなあという気持ちになった。
「男を切って、女をかばうという上司ってあんまりいないしね」
「女上司だったらそうでもないんじゃないか?」と、Sは疑問を口にした。
「上司の設定はないね、これ。やっぱりオッズのまんまだよ。これはさっきより難しくない」
Kの結論は動きそうもなかった。
「そうなのかのなあ」
Sはそう言ったきり黙ってしまった。
「実社会に照らし合わせて考えるんだよ。そうすると、女が会社を追われるケースだよ。だから男に賭けければいい!」
Kは澄み切った青空のような表情をしていた。
「わかった。Kがそこまで言うならそれでいいよ。さっき2000XG損しているから、ほどほどにしとこうよ」と、Mは言った。
Kは「今日の出費分と損失分合計で22000XGだから…トントンにもちこもう」と、言い出した。
「それはやめようよ」Mは言った。
「さっきは情報がないままお金を突っ込んだだけだから。今回は違う。しっかりと分析してやってるんだから、勝率はかなり高いはずだよ。オッズも味方してる。絶対大丈夫!」
Kは譲りそうもなかった。
MとSは諦めた。
男に11000XGを賭けることにした。
場内アナウンスが流れた。
「大変、お待たせいたしました。第9戦は同じ職場で働く男と女の対決です! 選手入場!」
フランシス・レイの『男と女』が場内に流れてきた。
左の入り口の幕が開くと、すらっと背の高い切れ者風のイケメンの男が入ってきた。
右の入り口の幕が開くと、こちらは背の低い少しぽっちゃりとした女が入ってきた。
「ちょっと待てよ。さっきと同じ人じゃないか」
Mは不安な気持ちになった。
「だったら、なおさら勝ち確定だ」
Kはもうニヤついていた。
「この賭け、何かがおかしい」
Sは嫌な気持ちになっていた。
二人はリングに上がると、それぞれが体をほぐしながら、集中力を高めて、戦いの準備に入っていた。
レフリーがそれぞれに注意事項を伝えているあいだ、二人は一触即発の睨み合いをしていた。
開始のゴングが鳴った。
二人は睨み合ったまま動かない。
会場は静まり返っている。
「このままいったら俺たちの勝ちじゃない?」
「取り戻すぞ! 絶対だ!」
「ゴング、早く鳴れよ…」
3人は腰を上げた。
女は急に泣き出した。
隣にいたおっさんが「ああっ!」と叫んだ。
「何があったんですか?」Mは訊いた。
「『泣き落としの技』を出してきた。同情を集めることでこの女に責任をなすりつけることが難しくなってくる。これで女が一気に形勢有利だ」
おっさんは握りこぶしをつくって、膝を何度も叩いている。
「男はどうすればいいんですか?」
「彼にクリエイティブな戦略があるかどうか…」
男は泣きじゃくる女を見て呆然と立ち尽くしている。
「いかん。レフリーが女に同情している流れだ…時間がないなあ」
おっさんは時計を見ながら唇を噛み締めている。
観客たちは男の次の一手を固唾を飲んで見守っている。
刻々と終了時刻に近づいている。
男は目をつぶった。
Sは頭を抱えた。
「損失がデカすぎる…」
男の膝がガクッと折れ、四つん這いになった。
観客がどよめいた。
男はそのままの姿勢で頭を落とし、後頭部と背中をぷるぷると震わせている。指先の爪で床をひっかきながら、う~う~う~、とかすれた声で呻いている。
観客の視線は男に集中している。
男は顔をあげて叫んだ!
「ママ~! ママ~! この女の人がね、ウソ泣きして、ボクを悪者にしようとするの~!! ママ~! マ~マ~! マ~マ~! マンマ~! アンア~!」
男はわんわん泣き出した。
目から涙、鼻から鼻水、口からよだれ。
完璧な技だった。
観衆は総立ちになり、大歓声が上がった。
Kも立ち上がった。
「よっしゃ~! こいや! こいや!」
Kの顔つきはこの旅で一番凛々しかった。
「これで勝ちは確定ですか?」Mはおっさんに訊いた。
「すごい大技をもってきたよな。女の攻撃をオフセットして、完全に逆転。このままいければいいんだが…」
おっさんはまだ慎重な表情を崩していない。
レフリーは時計を見た。
女はあきらかに動揺していた。
歓声のボルテージが上がっていく。
女は四つん這いになっている男に強く当たりに行った。男はバランスを崩した。女はすかさず男の手を取って、自分の胸に当てさせた。男は必死に引っ込めようとするが、女は力いっぱい握って離さない。男が振りほどこうとしたとき、女はわざと自分から倒れて、しばらくうずくまった。
そして体を起こしたときには、服が少し破れていて、中から下着が見えていた。
男はリングの中央で仰向けになって激しく泣き叫んだ。
女はリングの隅っこで横座りのまま小声で泣いていた。
終了のゴングが鳴った。
試合は審議入りした。
「最後、自分で服破ったよな!」
Kは魔券を強く握りしめた。
「やっぱりそうだよね」Mは言った。
「じゃあ女の反則負けになるのか?」
Sはそう言って、審議しているレフリーたちを見ていた。
おっさんは力なく首を振って、やんわりと否定した。
「印象度が重視されるから、判定が男有利になるとは思えない」
長い審議の結果、女の逆転勝利だった。
「やられたなあ」
おっさんは嘆いた。
「くそっ! もう少しだったのに!」
Kは魔券をビリビリに破ってリングに向けて投げつけた。「次、どうする?」
「もう、やめようよ」Sは言った。
「このままじゃ引き下がれないでしょ?」
Kは怒りと興奮で口からつばが飛んだ。
「いいか、K。今日一日で33000XGも使ってるんだぞ。残り17000XGだ」
Sは声を落として言った。
「だから! それ全部取り戻すんだ!」
Kは大声を上げた。鬼の形相だった。
「落ち着け。この賭博は何かがおかしい。これはゲームなんだ。いろいろな罠が仕組まれてるんだ。カネを巻き上げるための八百長にしか見えないんだよ」
「Mは?」Kは訊いた。
「目的は『死んだら城』に行くことだから、ここで消耗するのはまずいと思うよ」
MはKを優しく諭すように言った。
「そうだよ。Mの言う通りだ。ここは引いて、明日に備えよう」
SはKの肩をポンポンと叩いた。