第5話 意味不明な賭博場の悲劇 その1
文字数 1,904文字
1日目 午後9時30分
地下1階に降りると、円型のプロレスリングが見えた。その周囲にはリングを取り囲むようにしてパイプ椅子が並んでいる。
フロアの外側は勝魔物投票券売り場が並んでいた。そこでお金を払い、魔券を買って観戦する仕組みになっているようだった。
「勝魔物投票券ねえ…」
Kはニヤニヤしていた。彼にとってこの冒険の一番の楽しみは、賭博だった。彼はふだんはフレンドリーな性格の少し気弱な男だが、賭け事になると人格が変わる。目つきは鋭くなり、隠れた気質が露呈して、周囲を唖然とさせるのだ。
「なんの賭博をやるのかなあ」
Mはあたりを見回した。
人はそれほど多くなかったが、おそらく地元の魔物たちや他の勇者たちだった。
今日対戦した魔物と再会した。
「さっきはお急ぎのところすみませんでした」
Mが話しかけた相手は、最初に戦った「ふつうのサラリーマン」だった。
「いやいや、ごめんね。ほんとはちゃんとやったほうがよかったんだけど、あさイチでクレーム処理があってすぐに行かなきゃいけなかったからね」
「兼業でやってるんですか?」
「町おこしの一環なんだけど、ここの住民みんな慣れてないね。本業と魔物業との兼業というのはなかなか難しいものがあるよね」
「魔物業ですか…」
「大した収入にはならないけど…。中には危ない人とかいるから気をつけたほうがいいよ」
「ふつうのサラリーマン」はそう言うと、ちょっと魔券買ってくる、と言って去っていった。
Sは正直なところ乗り気でなかった。ゲームを進める上でこの賭博がネガティブに作用することを、彼は危惧していた。
Kは近くの勇者たちからどんな賭博なのかを訊いていた。
「やっぱり魔物同士の対戦みたいだね。といっても魔物って町民だからなあ。ふつうにプロレスをやるんじゃないかなあ?」
Kはひとりぶつぶつ言っていた。
何人かのおっさんは競魔新聞を広げて、赤ペンを片手に今日の対戦の予想をしていた。
「売り場に行ってみようか」
Kは一人小走りにその売り場に向かった。
MとSはKの後をついていった。
「第8戦は、同じ職場で働く男と女の対決だ。賭けるかね?」
売り場の兄さんは訊いてきた。
「いくらからですか?」Sは訊いた。
「1XGからだよ」
「そんくらいだったらいいな」Sはほっとした。
「オッズは男2倍、女は10倍だ。どっちに賭ける?」
3人は話し合った。
「なんの対決をするのか分からん」
「たぶん女が勝つんじゃない?」
「なんで?」
「オッズで考えたら、そうなるんじゃない」
「オッズで考えたら、男だろう」
「せっかくだから穴狙いで女にしようか」
「じゃあ女にするか」
「いくら賭ける?」
「少しだけにしとこうよ」
3人はしばらく考えていた。
「今日出費した分を取り戻そうぜ」
Kの目つきは変わっていた。言葉のトーンも変わっていた。
「それは止めとこう」Sは言った。
「Mはどう?」と、Kは訊いた。
「一発賭けてみる?」Mはわりと乗り気だった。
Kはニヤリと笑って
「女に2000XG!」と、威勢よく頼んだ。
「XGカードから引き落とすね。当たったら、同じXGカードに払い戻しされるから」
売り場の兄さんは魔券をKに渡した。
「勇者たちに幸あれ!」
売り場の兄さんは学芸会の子ども以下の演技で3人を祝福した。
3人はイスに座ってリング上を眺めていた。左右の入り口はえんじ色の厚手の幕で閉ざされていて、そこから魔物が出てくるのだろうと想像した。
場内アナウンスが流れた。
「大変、お待たせいたしました。第8戦は同じ職場で働く男と女の対決です! 選手入場!」
フランシス・レイの『男と女』が場内に流れてきた。
左の入り口の幕が開くと、すらっと背の高い切れ者風のイケメンの男が入ってきた。
右の入り口の幕が開くと、こちらは背の低い少しぽっちゃりとした女が入ってきた。
二人はリングに上がると、それぞれが体をほぐしながら、集中力を高めて、戦いの準備に入っていた。
レフリーがそれぞれに注意事項を伝えているあいだ、二人は一触即発の睨み合いをしていた。
開始のゴングが鳴った。
二人は睨み合ったまま動かない。
会場は静まり返っている。
終了のゴングが鳴った。
レフリーは男の腕をつかんで上げた。
勝者は男らしい。
会場がざわついた。
Mはリングから下りる二人を見て「今のなんなんだ?」とあっけにとられた。
「何もやってないじゃん!」
Kは納得できない顔を浮かべて、握っていた魔券を破り捨てた。
隣にいたおっさんが話しかけてきた。
「君たち分かんなかったのか?」
「何があったんですか?」
「見たまんまだよ。男の圧勝だよ」
おっさんは首を振って、黙っていた。
地下1階に降りると、円型のプロレスリングが見えた。その周囲にはリングを取り囲むようにしてパイプ椅子が並んでいる。
フロアの外側は勝魔物投票券売り場が並んでいた。そこでお金を払い、魔券を買って観戦する仕組みになっているようだった。
「勝魔物投票券ねえ…」
Kはニヤニヤしていた。彼にとってこの冒険の一番の楽しみは、賭博だった。彼はふだんはフレンドリーな性格の少し気弱な男だが、賭け事になると人格が変わる。目つきは鋭くなり、隠れた気質が露呈して、周囲を唖然とさせるのだ。
「なんの賭博をやるのかなあ」
Mはあたりを見回した。
人はそれほど多くなかったが、おそらく地元の魔物たちや他の勇者たちだった。
今日対戦した魔物と再会した。
「さっきはお急ぎのところすみませんでした」
Mが話しかけた相手は、最初に戦った「ふつうのサラリーマン」だった。
「いやいや、ごめんね。ほんとはちゃんとやったほうがよかったんだけど、あさイチでクレーム処理があってすぐに行かなきゃいけなかったからね」
「兼業でやってるんですか?」
「町おこしの一環なんだけど、ここの住民みんな慣れてないね。本業と魔物業との兼業というのはなかなか難しいものがあるよね」
「魔物業ですか…」
「大した収入にはならないけど…。中には危ない人とかいるから気をつけたほうがいいよ」
「ふつうのサラリーマン」はそう言うと、ちょっと魔券買ってくる、と言って去っていった。
Sは正直なところ乗り気でなかった。ゲームを進める上でこの賭博がネガティブに作用することを、彼は危惧していた。
Kは近くの勇者たちからどんな賭博なのかを訊いていた。
「やっぱり魔物同士の対戦みたいだね。といっても魔物って町民だからなあ。ふつうにプロレスをやるんじゃないかなあ?」
Kはひとりぶつぶつ言っていた。
何人かのおっさんは競魔新聞を広げて、赤ペンを片手に今日の対戦の予想をしていた。
「売り場に行ってみようか」
Kは一人小走りにその売り場に向かった。
MとSはKの後をついていった。
「第8戦は、同じ職場で働く男と女の対決だ。賭けるかね?」
売り場の兄さんは訊いてきた。
「いくらからですか?」Sは訊いた。
「1XGからだよ」
「そんくらいだったらいいな」Sはほっとした。
「オッズは男2倍、女は10倍だ。どっちに賭ける?」
3人は話し合った。
「なんの対決をするのか分からん」
「たぶん女が勝つんじゃない?」
「なんで?」
「オッズで考えたら、そうなるんじゃない」
「オッズで考えたら、男だろう」
「せっかくだから穴狙いで女にしようか」
「じゃあ女にするか」
「いくら賭ける?」
「少しだけにしとこうよ」
3人はしばらく考えていた。
「今日出費した分を取り戻そうぜ」
Kの目つきは変わっていた。言葉のトーンも変わっていた。
「それは止めとこう」Sは言った。
「Mはどう?」と、Kは訊いた。
「一発賭けてみる?」Mはわりと乗り気だった。
Kはニヤリと笑って
「女に2000XG!」と、威勢よく頼んだ。
「XGカードから引き落とすね。当たったら、同じXGカードに払い戻しされるから」
売り場の兄さんは魔券をKに渡した。
「勇者たちに幸あれ!」
売り場の兄さんは学芸会の子ども以下の演技で3人を祝福した。
3人はイスに座ってリング上を眺めていた。左右の入り口はえんじ色の厚手の幕で閉ざされていて、そこから魔物が出てくるのだろうと想像した。
場内アナウンスが流れた。
「大変、お待たせいたしました。第8戦は同じ職場で働く男と女の対決です! 選手入場!」
フランシス・レイの『男と女』が場内に流れてきた。
左の入り口の幕が開くと、すらっと背の高い切れ者風のイケメンの男が入ってきた。
右の入り口の幕が開くと、こちらは背の低い少しぽっちゃりとした女が入ってきた。
二人はリングに上がると、それぞれが体をほぐしながら、集中力を高めて、戦いの準備に入っていた。
レフリーがそれぞれに注意事項を伝えているあいだ、二人は一触即発の睨み合いをしていた。
開始のゴングが鳴った。
二人は睨み合ったまま動かない。
会場は静まり返っている。
終了のゴングが鳴った。
レフリーは男の腕をつかんで上げた。
勝者は男らしい。
会場がざわついた。
Mはリングから下りる二人を見て「今のなんなんだ?」とあっけにとられた。
「何もやってないじゃん!」
Kは納得できない顔を浮かべて、握っていた魔券を破り捨てた。
隣にいたおっさんが話しかけてきた。
「君たち分かんなかったのか?」
「何があったんですか?」
「見たまんまだよ。男の圧勝だよ」
おっさんは首を振って、黙っていた。