アイスの様に心は溶けぬとも

文字数 788文字

 入院中の少年が、一つ年を取る日が来た。八月生まれの少年は、誕生日を同級生に祝われたことが一度も無かった。それどころか、誕生日を祝われた記憶すら彼には無かった。それ故、彼はその存在自体を気にしてはいなかった。
 病院食に、小さなケーキならば出て来た。それは確かにケーキではあったが、デコレーションはおろか果物の類は使用されていない。この為、少年がその意味に気付くこともなかった。

 そうして、午後になって数時間後、彼の元には知り合い達がやって来た。彼らは、それぞれにアイスで出来たケーキや個包装のお菓子を持っていた。
 ベッドの少年が読書の為に使っていた簡易テーブルには、アイス製のケーキが置かれた。そのケーキには、少年の名前と誕生日を祝う言葉が書かれたチョコプレートが乗せられている。
 無料塾の講師は、ケーキと少年が映る様に写真を撮った後で、紙製の平皿を少年に渡した。それから、ケーキを切り分ける為の小さなナイフを少年に渡す。
「主役は、好きな部分を好きなだけ取って食べる義務がある」
 初めて聞いたルールに目を丸くしながらも、少年は手前にある部分のアイスを切り取り皿に置いた。それで終わろうとする少年に対し、講師は文字の書かれたチョコプレートを少年が取ったアイスの上に乗せる。

「この部分は絶対に主役のもの。拒否権はない」
 一連のやりとりの間中、少年の担任教師は何も言わずに流れを見守っていた。少年の誕生日が何時かを伝えたのは他ならぬ担任であり、担任が相手では少年の緊張は簡単に解けないことを彼は知っていた。
 それから、少年が切り取った後のアイスは、大人達がそれぞれに分けて食べた。
 少年へ形の残る誕生日プレゼントは与えられ無かった。しかし、それ以外のプレゼントを少年は確かに受け取った。少年がこれから歩む道のりは長く厳しい。それだからこそ、この日は少年にとって忘れ難いものとなった。
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登場人物紹介

少年

 ネグレクトを受けている小学生。物心付いた頃から放置されていた為に、その生活が「普通」になってしまっている。栄養を摂るのは殆ど給食から。しかし、その給食費も中々払えない為に、学校側はその情報を共有している。

 食事以外もほぼ放置されている為、衣服や靴、学校で必要となるものは必要最低限すら与えられていない。消耗品に関しては、学校側が貸すという体で使わせているが、それが少年の心を傷付けてもいる。

 担任を始めとして少年の家庭環境を注視しているが、児童相談所に報告するまでは出来ていない。

熊川:少年の担任

 季節感の無い着古した服を着続ける少年のことを心配している。給食費についても当然把握しているが、一人の生徒に専属で動くことも出来ずに悩んでいる。担任と言う立場から出来ることを考え、社会的法的にラインを越えぬよう少年を見守る。

鹿島:子供食堂の場を提供する神父

 慈愛を持って、教会の一室を子供食堂として提供する神父。無料塾の小部屋も提供している。子供食堂の料理も無料塾の講師もボランティアによるもので、神父が手を出すことは少ない。初めてやってきた子供には、人によってはウザがられる絡みをする。気まぐれに出没しては、ゆるい説教をかます。話し出すと長い。フリーダムながら、戦闘能力は高い。


蝶野:無料塾講師

 子供に勉強を教えるついでに、科学実験等に織り込んでおやつを提供していくスタンスのボランティア。ボランティア精神と言うよりは教えることを楽しんでいる。真面目に授業を受けない子供は追い出す。代わりに、学ぶ姿勢がある子供の学習環境は守る。

 おやつ材料の資金は、アグレッシブ勉強動画配信で稼いでいる。無料塾で作ったおやつを撮影してブログに記載し、アフィリエイトでも稼いでいる。怒らせると、とにかく怖い。

少年が運び込まれた先の医師

 診察能力が高く、治療能力にも長けている。医者としての使命を果たす志が高く、虐待を疑われる子供を診察した場合に、しかるべき場所へ通報することを厭わない。

 診察費の回収は専門の人に任せ、回収出来るかどうかは考えずに最高の医療を提供する。その分、回収する側からは面倒にも思われている。

少年の親権保持者達

 共に子供に対して無関心であり、金を手に入れてはギャンブルに使う者と心を異性に寄りかかることで満たす者に分かれる。そのどちらも、少年が起きている内は、殆ど家に寄りつかない。稀に少年に会うことがあれど、会話を交わすことは稀である。

 また、学校で必要な学用品購入費や給食費、少年の衣服の購入費どころか食費さえ出し渋っている。そのくせ、自分達には何処までも甘く、義務から逃げることが上手い。共に、払うべき税金や年金、保険料までも後回しにしてでも自らの欲求を優先するタイプ。

ハタケサン

 

教会の作物担当の人。

畑の手入れや果樹の手入れ、家禽の世話まで行う謎の人。

外に出ている時は、作業着に軍手を防塵マスクを身に着けている。

表には出てこないので、存在を認識している人はとても少ない。


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