それぞれの生きた道

文字数 1,385文字

 山に投げ棄てられた罪人は、暫くの間生きていた。だが、その声が言葉として誰かに届くより前に、その匂いが野生動物の嗅覚を刺激した。秋になり、豊富な果物が山には有った。それでも、肉を好む生き物は存在する。水分の多い果実よりも、遺伝子的に近い動物同士の体の方が効率よく血肉となる。
 そうして、罪人の体は

から食い千切られた。食べにくく栄養価の低い部分は、時間を掛けて様々な生物の食べ物となった。そうして、罪人の体の一部が白骨化した頃、その色が落ち葉の色とは異なっていたお陰か、紅葉を見に来た登山者の一人によって遺体は発見された。

 遺体は、通報後も直ぐには回収されなかった。遺体のある場所は人の立ち入らないエリアであり、確認するだけでも危険が伴う為だった。この為、山に慣れた人の準備が整わねば、確認に向かった者が怪我を負う可能性があった。
 それが遺体と確認されてからも、直ぐに運び出されることはない。遺体の有った場所が登山道の近くであり、その登山道は比較的滑落しやすい場所でもあった為に、事故である可能性が高いとはされていた。それでも、事件性がゼロとまでは言い切れなかった為、遺留品が近くに有るかどうかも含めて、遺体周辺の調査は行われた。

 一通りの調査が行われた後、身元不明の遺体の死因は滑落事故によるものとして処理された。しかし、登山に出た者に対する捜索願いは出ていなかった為に、その遺体の身元を特定するまでには時間が掛かった。遺体の周辺には、電池の切れたスマートフォンも落ちていたが、それは色とりどりの落ち葉で埋もれ気付く者は居なかった。また、その手掛かりを得る為に、危険を冒してまで遺体の有った場所へ向かう者は居なかった。
 ただでさえ野生動物による被害が増えている中、必要もないのに山を歩く。ましてや、登山用に整備されていないエリアにまで入る。それは、あまりにも無謀で、山や野生動物に遭った際の対応方法を知らない者がそれをするとなれば、自ら死に向かって行くようなものであった。

 身元不明の遺体は、骨格からおおよその年齢や性別までは判別出来た。しかし、その遺体が何処の誰であるかまでは判らなかった。遺体の発見されたエリアのニュースでは、その遺体が着ていた服や身長等の特長が知らされた。それでも、何ら情報は集まらなかった。
 情報を一般市民から得られなかった警察は、別の方面から遺体の身元を判別しようとした。それは難航することになるが、調査の末にそれが誰たったかは判明する。

 一方、病院から退院した少年は、体調を担任教師等に見守られながら今までの生活に戻っていった。それはつまり、殆どの生活を子供だけで行うことを意味していた。それも、給食と子供食堂以外では、何も食べ物は得られない環境で。
 担任教師が証拠を提示して掛け合っても、養護施設に空きが出ない限り、少年が保護されることはなかった。既に保護されている子供を親元に戻してまで、その枠を作ることは出来なかった。地域差はあれど、養護施設の空きは少なく、職員のなり手も少ない。それ以上に、本来であれば動かねばならない公的な福祉関係者の手は少なかった。そして、その部署に人が留まらないせいか、専門知識だけでなく良心までもが欠落した職員も多かった。
 そうこうしている内に、少年が退院してから一ヶ月程の時が流れた。
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登場人物紹介

少年

 ネグレクトを受けている小学生。物心付いた頃から放置されていた為に、その生活が「普通」になってしまっている。栄養を摂るのは殆ど給食から。しかし、その給食費も中々払えない為に、学校側はその情報を共有している。

 食事以外もほぼ放置されている為、衣服や靴、学校で必要となるものは必要最低限すら与えられていない。消耗品に関しては、学校側が貸すという体で使わせているが、それが少年の心を傷付けてもいる。

 担任を始めとして少年の家庭環境を注視しているが、児童相談所に報告するまでは出来ていない。

熊川:少年の担任

 季節感の無い着古した服を着続ける少年のことを心配している。給食費についても当然把握しているが、一人の生徒に専属で動くことも出来ずに悩んでいる。担任と言う立場から出来ることを考え、社会的法的にラインを越えぬよう少年を見守る。

鹿島:子供食堂の場を提供する神父

 慈愛を持って、教会の一室を子供食堂として提供する神父。無料塾の小部屋も提供している。子供食堂の料理も無料塾の講師もボランティアによるもので、神父が手を出すことは少ない。初めてやってきた子供には、人によってはウザがられる絡みをする。気まぐれに出没しては、ゆるい説教をかます。話し出すと長い。フリーダムながら、戦闘能力は高い。


蝶野:無料塾講師

 子供に勉強を教えるついでに、科学実験等に織り込んでおやつを提供していくスタンスのボランティア。ボランティア精神と言うよりは教えることを楽しんでいる。真面目に授業を受けない子供は追い出す。代わりに、学ぶ姿勢がある子供の学習環境は守る。

 おやつ材料の資金は、アグレッシブ勉強動画配信で稼いでいる。無料塾で作ったおやつを撮影してブログに記載し、アフィリエイトでも稼いでいる。怒らせると、とにかく怖い。

少年が運び込まれた先の医師

 診察能力が高く、治療能力にも長けている。医者としての使命を果たす志が高く、虐待を疑われる子供を診察した場合に、しかるべき場所へ通報することを厭わない。

 診察費の回収は専門の人に任せ、回収出来るかどうかは考えずに最高の医療を提供する。その分、回収する側からは面倒にも思われている。

少年の親権保持者達

 共に子供に対して無関心であり、金を手に入れてはギャンブルに使う者と心を異性に寄りかかることで満たす者に分かれる。そのどちらも、少年が起きている内は、殆ど家に寄りつかない。稀に少年に会うことがあれど、会話を交わすことは稀である。

 また、学校で必要な学用品購入費や給食費、少年の衣服の購入費どころか食費さえ出し渋っている。そのくせ、自分達には何処までも甘く、義務から逃げることが上手い。共に、払うべき税金や年金、保険料までも後回しにしてでも自らの欲求を優先するタイプ。

ハタケサン

 

教会の作物担当の人。

畑の手入れや果樹の手入れ、家禽の世話まで行う謎の人。

外に出ている時は、作業着に軍手を防塵マスクを身に着けている。

表には出てこないので、存在を認識している人はとても少ない。


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