ヘクセンハウジング
文字数 2,990文字
「礼拝が始まったら、神父様は暫くこっちには来ない。つまり、自由時間だ」
そんな少年に蝶野は言い、食堂のテーブルにお菓子の家キットを置く。それは、蝶野がクレーンゲームで獲得しておいたもので、その存在は少年も知っていた。
「溶かしたチョコレートが固まる迄は時間が必要だが、今からなら少し遅めの昼食の時間までに何とかなる」
蝶野はお菓子の家キットの箱を開封し、それを少年は眺めている。少年は、これまでお菓子を食べる機会が少なかった。この為、お菓子の家に使われている材料がどんな物かも、絵本に描かれたイラストから想像するしか出来て来なかった。
「床の材料は、ウエハース。軽い生地に白いクリームが挟まっているこれ」
蝶野は該当の材料を箱から出し、少年に渡した。少年と言えば、小分けにされたウエハースのパッケージを様々な方向から観察する。
「で、壁の部分がビスケット。多分、屋根を支える為に、強度と厚みを考えて硬く作られているだろう。原材料からして、小麦粉がメインのシンプルなビスケットだ」
蝶野はビスケットを少年の前に置く。すると、少年はビスケットの入った袋を手に取り、ウエハースのパッケージ同様に観察をした。
「そして、屋根はチョコレート入りの何か細長いアレ。これを溶かしたチョコレートで接着して、板みたいにして……あと、三角屋根にする為のラングドシャが二枚。これはレアだから、神父様には内緒にしておこう」
そう言って材料を取り出すと、蝶野は少年の前に二つの材料を置いた。この為、少年はそれまでに持っていた袋を置き、新たな材料をまじまじと観る。
「最後はこれ。お菓子の家のドアの部分。これは、チョコレートのペンで好きに装飾して、より魅力的な見た目にする」
最後の材料も、蝶野は少年の前に置いた。ドアの基本的なパーツに加え、茶褐色と桃色、白色の三色のチョコペンが小袋入りで少年の前に鎮座する。
「あと、デコレーションは思うままにやっていい。例えば、昨日ゲットしてきたお菓子の中から、貼り付けられそうな粒チョコにコーティングチョコ、小さなマシュマロにグミ……まあ、先ずはお菓子の家を作ろう。じゃなかった。料理するなら、先ずは手を洗おう」
蝶野はお菓子の家キットの箱をテーブルに置き、調理場を指差した。すると、少年は立ち上がり二人は調理場に向かった。
この時、シンクの前には小さな踏み台が用意されていた。蝶野は、それに乗ってしっかり手を洗う様に言い、少年はシンクの手前に置かれた石鹸を使い、手を洗う。その後、蝶野は踏み台を脚の間に挟んだ状態で手を洗い、キッチンペーパーで手を拭いた。
その後、二人は食堂に戻りお菓子の家を作り始める。少年が材料を袋から出している間に、蝶野は接着剤となるチョコレートをレンジで溶かしていた。その後は、蝶野のサポートの中、少年は手際良くお菓子の家を建築していく。蝶野自身もお菓子の家を作るのだが、器用に少年の動きを見ながら必要な時だけサポートをしていた。
少年が屋根になるチョコレート入りのパーツを繋いだところで、蝶野はそれをしっかりと設置する為に冷蔵庫に仕舞う。また、当人がやっていた壁の部分も一緒に仕舞い、蝶野はお湯を注いだマグにチョコレートペンを入れる。
「さぁて、ドアの装飾は任せた。チョコレートペンは、そのままペンとして絵を描いても良いし、接着剤として小さなパーツを付けても良い。貼り付けられるサイズと重さで、食べられるものなら、何でも材料だ」
蝶野は、ドアのパーツ部分を少年の眼前に置き、材料になりそうなお菓子をテーブルに置く。それから、何故か小動物用の爪切りをテーブルに置いた。
「チョコレートペンの先端はこれで切る。中身がお湯でゆるゆるになっているから、そこは力加減を調整しながらやってくれ」
大仕事を少年に任せ、蝶野は適当にお菓子を開封した。彼は、少年が使いやすい様にお菓子を小皿に分けていく。小分け包装は全て小皿に出され、袋が大きめのお菓子については小皿に乗る以外を残して開け口をクリップで封じる。
少年と言えば、暫く悩んだ後で白いチョコレートペンを手に取った。彼は、蝶野の様子を窺いながら鋏を手にするが、青年には止める様子も手助けする様子も無かった。この為、少年は落とさない程度にチョコレートペンを掴み、細くなっている部分を少し切る。しかし、慎重過ぎてチョコレートが出て来なかった為に、少年は再度鋏を使うことになった。
白いチョコレートペンを使って、少年はドアの端から模様を描いていった。それは決して綺麗なものでは無かったが、チョコレートがドアのパーツから流れ落ちることも無かった。少年がデコレーションをし終わっても、チョコレートペンには少しのチョコレートが残っていた。少年は、その残りをどうすべきか考えるが、それを察したかの様に蝶野が口を開く。
「開いている部分を上にしておけば零れない。もし、それをこれ以上使うつもりが無いなら……神父様に黙っているのを条件に吸っても良い」
後者の提案に、少年は小さく笑った。それから、少年はマグの持ち手にチョコレートペンを立て掛ける。
「あ、そうだ、屋根の三角屋根にする為のパーツ。これにも何かやっておこう」
少年がドアに装飾している間、蝶野は二枚有るラングドシャの一枚を取り出した。彼は、これまでに使って残った接着剤としてのチョコレートを見るが、それは既に固まり始めている。この為、彼はそれをレンジで様子を見ながら溶かし、その間にも少年はドアをアレンジし続けた。
蝶野が少年の前に戻った頃には、少年が作ったドアはカラフルなものに変化していた。少年は蝶野が用意したお菓子を存分に使い、先程までの経験から完成品を冷蔵庫に仕舞った。
「んじゃ、こっちは任せた」
開いた少年用の作業スペースに、蝶野はもう一枚の三角形のラングドシャを置いた。そして、自らもラングドシャへの装飾を始める。ラングドシャへの装飾が終わった時、それらは冷蔵庫に仕舞われた。この時、蝶野は食堂に置かれた時計を確認する。
「思ったより早く終わったな。チョコレートが固まる迄に少しあるから、何か観たいアニメとか有る?」
その問いに、少年は首を振った。少年がこれまで暮らしてきた家に視聴環境は無く、彼が直ぐに作品を候補に挙げられることは出来なかった。
「じゃ、ボードゲームでもしよっか。この教会、色んな家で要らなくなった玩具が色々と保管されているんだよ」
聞き慣れない単語に少年は首を傾げた。この為、蝶野は僅かに考えた様子を見せる。
「実際に現物を見て、やってみるのが早いと思うな」
そう言って蝶野は退室し、直ぐに数種類のボードゲームを持って戻った。蝶野は、それらをテーブルの開いたスペースに置き、少年は空気を読んでお菓子の入っていた袋を纏めてゴミ箱に入れる。少年の手助けに蝶野は礼を述べ、自らもゲームをする為の場所を確保する為に片付けをした。