教科の枠を超えて知識を得る授業は、後の思考力の差に影響をする

文字数 1,913文字

 子供食堂に比べれば、無料学習塾の開催日は少なかった。この為、少年が大人の力を借りて学ぶ機会は、同級生に比べて少なかった。それでも、少年は同級生に離されないよう努力をしていた。
 そんな中、小学校の高学年を対象にした無料学習塾が開催される。今回は、対象や人数制限もあり、講師の使う机は大きなものに変わっていた。

「今日の授業は、色々やるぞ!」
 不定期で開かれる無料学習塾に、少年は可能な限り通っていた。教科書以外からの知識を得ることに対し、少年はまるで決して獲物を逃さない飢えた獣の様に食い付いている。
「先ずは、水に砂糖を溶かしていく」
 講師は、机にアルコールランプやビーカーなど、次々に実験器具を乗せていく。それから、ビーカーに水を入れると、砂糖を机に置いた。
「何となく、砂糖は冷水よりお湯の方が溶けるって分かるだろ? でも、どれ位違うのかは、表で見るだけじゃピンとこない。だから、実験する」
 講師は水温を測り、そこから溶けきる砂糖の量を子供達に伝えた。そして、実際にその量の砂糖を水に溶かし、透明な液体を子供達に見せる。

「で、これが飽和水溶液ってヤツだ。水温が下がれば溶けきらない砂糖は結晶化するし、今の水温で砂糖を溶かそうとしても」
 講師は透明な水溶液に砂糖を追加し、ガラス棒でかき混ぜた。しかし、何度混ぜても砂糖は溶けなかった。
「溶けないな。で、これを少しずつ温めてやる」
 講師は、三脚にそっとビーカーを乗せ、アルコールランプに火を点けた。

「学校では、真面目に水温を測りながらやるだろうが、それだと落ち着いてやれないし、水温によってどれだけ溶けるかは教科書に表があるからな。だから、今回はただ楽しめ」
 講師は笑顔を浮かべ、砂糖が溶けきっては新たな砂糖を追加していった。その合間に、講師はステンレス製のバットに乗せたリンゴと、カラフルなコーティングのなされたチョコをそれぞれ机に置いた。
「縁日にリンゴ飴ってあるだろ? あれは、要はチョコバナナのチョコが砂糖に、バナナがリンゴになったみたいなヤツだ」
 言いながら、講師はリンゴに箸を刺していく。

「だけど、砂糖のコーティングだけじゃつまらないよな?」
 講師は深めのバットを机に乗せ、そこに様々な色でコーティングされたチョコをあけた。それから、そのバットを零れない程度に斜めにして、カラフルなチョコを子供達に見せる。
「だから、砂糖が固まる前にこれを付ける」
 それを伝えた後、子供達の目は輝いた。そうして、水溶液がリンゴ飴を作るのに適した状態になった頃、講師はリンゴに砂糖を溶かした液体を掛けてはコーティングチョコを貼り付け、材料が尽きるまでそれを繰り返した。全てのコーティングチョコがリンゴに貼り付けられた訳では無いが、それでも子供達はその見た目に興奮している。

「これで、前半は終了だな」
 講師は、実験器具を机の端に移動させた。それから、イチゴやモンキーバナナを机に乗せる。
「後半は、算数の授業だ。まあ、イラストを使ってのクイズ形式だから、気張る必要はない」
 講師の言う通り、提示されたイラストには、天秤と天秤皿に載せられた果物が描かれていた。その果物は、今まさに机に乗せられている種類だった。
「見ての通り、リンゴ一個とバナナ二本は釣り合っている。バナナ三本とイチゴ五個もだ」
 講師は、子供達の反応を見ながら説明を続ける。

「問題を十問用意してきた。正解者には、その答えと同じだけの果物を進呈する。例えば、答えがリンゴ二個だったら、リンゴを二個だな。ただし、答えてご褒美を貰えるのは一度きりだ。つまり、どの問題にも解答者が居れば、人数分行き渡る。だが、お目当ての果物に当たるかも、その個数も賭けだな」
 その話に、子供達はざわついた。
「あ、そうだ。答える個数がバナナとイチゴだったヤツには、レンチンで出来るチョコフォンデュの元もセットだ」
 講師は、五人分のチョコフォンデュの元と、小さなフォークを机に置いた。

「さて、準備も済んだし、始めるか」
 それから、講師によるご褒美付きクイズが始まった。問題が出た後で素早く手を上げて解答する者も居れば、様子見をしている者も居た。また、講師は正解者が出る度にご褒美を渡した。そのご褒美によっては、部屋に電子レンジの終了音が響いた。
 そうして、天秤皿に多くの果物が乗った問題が出た時、子供達は悩んだ。そんな中、一人の少年が手を上げる。
「十個です」
「正解だ」
 講師は、イチゴ十個を少年自身に選ばせ、電子レンジのスイッチを入れる。その後も、用意された問題が無くなるまで授業は続き、自分自身で選んだイチゴを得た少年は、幸せそうにご褒美を堪能するのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

少年

 ネグレクトを受けている小学生。物心付いた頃から放置されていた為に、その生活が「普通」になってしまっている。栄養を摂るのは殆ど給食から。しかし、その給食費も中々払えない為に、学校側はその情報を共有している。

 食事以外もほぼ放置されている為、衣服や靴、学校で必要となるものは必要最低限すら与えられていない。消耗品に関しては、学校側が貸すという体で使わせているが、それが少年の心を傷付けてもいる。

 担任を始めとして少年の家庭環境を注視しているが、児童相談所に報告するまでは出来ていない。

熊川:少年の担任

 季節感の無い着古した服を着続ける少年のことを心配している。給食費についても当然把握しているが、一人の生徒に専属で動くことも出来ずに悩んでいる。担任と言う立場から出来ることを考え、社会的法的にラインを越えぬよう少年を見守る。

鹿島:子供食堂の場を提供する神父

 慈愛を持って、教会の一室を子供食堂として提供する神父。無料塾の小部屋も提供している。子供食堂の料理も無料塾の講師もボランティアによるもので、神父が手を出すことは少ない。初めてやってきた子供には、人によってはウザがられる絡みをする。気まぐれに出没しては、ゆるい説教をかます。話し出すと長い。フリーダムながら、戦闘能力は高い。


蝶野:無料塾講師

 子供に勉強を教えるついでに、科学実験等に織り込んでおやつを提供していくスタンスのボランティア。ボランティア精神と言うよりは教えることを楽しんでいる。真面目に授業を受けない子供は追い出す。代わりに、学ぶ姿勢がある子供の学習環境は守る。

 おやつ材料の資金は、アグレッシブ勉強動画配信で稼いでいる。無料塾で作ったおやつを撮影してブログに記載し、アフィリエイトでも稼いでいる。怒らせると、とにかく怖い。

少年が運び込まれた先の医師

 診察能力が高く、治療能力にも長けている。医者としての使命を果たす志が高く、虐待を疑われる子供を診察した場合に、しかるべき場所へ通報することを厭わない。

 診察費の回収は専門の人に任せ、回収出来るかどうかは考えずに最高の医療を提供する。その分、回収する側からは面倒にも思われている。

少年の親権保持者達

 共に子供に対して無関心であり、金を手に入れてはギャンブルに使う者と心を異性に寄りかかることで満たす者に分かれる。そのどちらも、少年が起きている内は、殆ど家に寄りつかない。稀に少年に会うことがあれど、会話を交わすことは稀である。

 また、学校で必要な学用品購入費や給食費、少年の衣服の購入費どころか食費さえ出し渋っている。そのくせ、自分達には何処までも甘く、義務から逃げることが上手い。共に、払うべき税金や年金、保険料までも後回しにしてでも自らの欲求を優先するタイプ。

ハタケサン

 

教会の作物担当の人。

畑の手入れや果樹の手入れ、家禽の世話まで行う謎の人。

外に出ている時は、作業着に軍手を防塵マスクを身に着けている。

表には出てこないので、存在を認識している人はとても少ない。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み