第7話 嵐

文字数 2,306文字

 ごうごうと音をたてて風が吹き荒れる。
 日が沈みかけた夕方のことだった。夕食をとり終わったころに風が吹きすさび始めてきたのだ。
 早夜と速風はクロウを中に入れて小屋で息をひそめていた。
 クロウがくーんと情けない声をあげる。
 この前と同じような大きな嵐だった。

「また、この前みたいに村の建物が崩れたりするのかな」

 不安な気持ちを隠せずに早夜は速風に言う。

「わからない」

 それに返された言葉は、沈鬱な雰囲気を含んでいた。

「この小屋だっていつ壊れるかわかんないな。でもぼろ過ぎてどうやって補強していいのかも、わかんないや」
「……」

 がたん、がたん、と外のものが扉や壁にあたる物音がする。
 すると、がんっと一際大きな音がした。
 小屋が揺れる。

「ちょっと外、みてくる」
「なにを言っているんだ! こんな暴風なのに外に出たら危険だろう!」

 速風が焦った様子で早夜を止めた。
 早夜は速風に無理に笑みをつくり、不安に揺れた瞳で答える。

「大丈夫、窓からみるだけだから」

 早夜の小屋についている窓は、板で蓋ができる。昼間はそれを突っ張り棒で外側へと支えている。今は蓋をした状態で、固定されているので、それを外してそっと蓋を開けてみる。

 ごうっという音と共に大きく風が顔に吹き付けてきた。吹きすさぶ風に髪の毛がぶわっと広がる。
 そのとき、また視界に以前みた光を捕らえた。桃色と緑色の、人の頭ほどの光。
 それが二つ、らせん状にくるくると回ってこの小屋のまわりを回っていた。
 あれは、人間の世界のものではないような気がする。
 そして、昼間に常世の国の商人である麗宝から聞いた言葉がよみがえった。

『最近嵐が多いだろ? その元凶を始末するための占いだってさ。きっと魑魅魍魎の類いがいるから嵐がおきるんだろって。そしてその魑魅魍魎がいるのが、占いでこの日雫村(ひだむら)だって出たんだってさ』

 魑魅魍魎……それが、自分の家の周りをまわっている。
 何故?
 そして本当にこの嵐の原因は、日雫村にいるのだろうか。

 途端にぞっとして、早夜は窓の蓋を閉めた。

「ひどい嵐だ。扉の隙間から強い風が入ってきたよ。布がずれてしまった」

 速風が頭に巻いている布を取り去った。
 さらりと肩まで流れる、歳に似合わない白髪。
 人間離れした……。

 早夜は何か嫌なことを振り払うように、自分の両頬を両手の平でぱんと打った。

「早夜? どうした? なんだかとても顔色が悪い」

 速風が心配気に聞いてくる。

「ううん、なんでもない」

 作り笑顔で床に寝ころび、毛皮を掛ける。

「もう寝よう、速風」
「ああ、そうだな。起きていても何も特にはならない。火の無駄だ」

 速風も床に寝ころび、今日、早夜に買ってもらった毛皮を掛けて、寝床についた。
 しかし早夜はなかなか眠りにつくことが出来なかった。



 翌日の朝、暴風一過、突き抜けるような晴天だった。
 しかし、朝の漁にいく間にも、壊れた建物や倒れた木々が目立っていた。

「なあ、速風、他の小屋は壊れてるのに、なんで俺の小屋だけは平気なんだろ」
「さあな、わからん。たまたま風の弱いところに早夜の小屋がたってたんだろう」
「うん……そうだよね」

 それにしても暴風の嵐が続く。
 春先ならいざしらず、初夏のいまどきには珍しいことだ。
 青葉がしげるころは、今日のような晴天がつづくことが多い。
 そのあとに雨が続く、雨期に入る。

 海は穏やかだった。昨日の嵐なんて知らないとでも言うように。
 朝の漁をして、朝飯を食べ、早夜と速風たちは壊れた小屋を修繕するために、また広場で作業をした。
 壊れた小屋に住んでいた家族は、村長の小屋へと移って行った。
 全体的に小さな小屋が多い中、村長の小屋はとても大きかったからだ。
 集落の集会をするときなどにも使われていた。

 木を切り出して板を作る。それで小屋の修繕を行って行く。屋根は応急処置で草を束ねたものを敷きつめた。
 また何日かは、この嵐で壊れた小屋を修繕する作業が続くだろう。

「あーん、かか、とと、小屋がこわれっちゃったよう!」

 大声で泣く主は、壊れた小屋に住む子供の声だろう。
 その子を胸に抱きしめて、まだ若く見える女が隣にたたずむ男を見やった。
 男は妻であろう女の肩を堅く抱いている。
 女は静かに涙を流していた。

「なんだかやるせないな」

 その様子を見てしまった早夜は、溜息をつく。

「天災だからしょうがない……で済まされるものでもないな、自分の小屋がなくなるのは」

 速風も眉を寄せた。

「でも早夜、わたしたちにできることは、今日はもうした。あとは村長に任せて明日また小屋の修繕を手伝おう」
「うん」

 速風は意気消沈している早夜の腕に手を回した。
 速風の腕の中が暖かい。

 本当はそんな甘えた行為など跳ね付けるのが男だと思いながらも、あまりの暖かさに安心して泣きたくなった。
 明日は我が身である。
 自分の小屋がいつ壊れるかも分からない。
 それに、昨日見た、桃色と緑色の光も気になる。

 大きな速風の腕の中で早夜は不安を消すように腕を擦り合わせた。

「早夜。そなたの小屋は大丈夫だ」
「どうしてそう言える。そんなの分からないだろ」
「『言霊(ことだま)』、だ。言葉にすれば、それは本当になる」
「なにそれ。初めて聞いた」

 ふっと早夜は笑った。
 速風は早夜の感じている不安など、とっくにお見通しなのだ。

「言霊? 随分便利なものだね」
「こころに思い続け、言葉にすれば想いは宿るのだ」
「うん、言霊、ね」

 ふとこころが軽くなっているのが分かった。
 速風はすごい。
 一瞬で早夜の心をほぐしてくれた。

「ありがとう、速風」
「なんの」

 ふたりは肩を寄せ合いながら、早夜の小屋へと帰って行った。
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