第14話 格子ごしのくちづけ

文字数 2,700文字

 村の牢は、歩いて一番近い山の洞窟に造られていた。
 早夜はそこに兵士と村長に連れてこられた。
 村長は牢になっている格子(こうし)の鍵を開けると、早夜を中に入れる。
 早夜は歩いて大人しく牢の中に入り、外に向かってあぐらで座りこんだ。
 両手を膝の上におき、静かに目を閉じる。

「早夜」

 村長が早夜に声をかける。

「なんですか、村長さん」
「こんなことになるなんて……」
「大丈夫、俺は死なないよ、速風が助けてくれる」
「しかし……」
「きっと大丈夫。本当に速風は風の神なんだから」
「……」

 村長は多くは語らず、牢の鍵を閉めると兵士とその場を去って行った。

 風が強く吹き始めている。
 本当に明日はまた嵐になるような風の吹き方だ。
 木々がざわざわと音をたてている。
 それしか、早夜の耳には聞こえない。
 そっと目を開けた。
 いまは高い位置にある陽の光は、洞窟の牢にいる早夜を照らすことはなかった。
 陽の影になってしまうじめじめとした洞窟で、早夜は深呼吸して心を落ち着ける。

「大丈夫……速風が助けてくれる」

 ふいに以前、速風が言っていた『言霊』を思い出した。

 ――こころに思い続け、言葉にすれば想いは宿るのだ

 そう言っていた。
 早夜は速風を想いながら、きっと自分を助けてくれると信じた。

「速風……信じてる」



 一方、早夜の小屋では、速風が風の神として覚醒していた。
 それを一部始終見ていた見張りの兵士が、驚いて(おみ)へと報告に行こうとする。
 速風はその兵士の腕をつかみ、懇願した。

「今報告にはいかないでくれ」
「ひゃあ、触るな、ばけもの! 臣に報告して成敗してくれる!」
「今、そなたに行かれては早夜が殺される。行かせるわけにはいかないのだ」

 屈強な兵士は鼻でせせら笑った。

「ならどうしようというんだ」
「こうするんだ」

 答えたのは、遠呂智だった。
 ぼすっと兵士の腹に拳をめり込ませた。

「ぐがっ」

 兵士は泡をふいて土間に転がる。
 三人の神の監視役だった為とても頑健な兵士だったが、国つ神である遠呂智にかかれば赤子同然であった。

 これで交代の見張りがくるまでは時間ができた。
 逃げ出しては早夜が殺される。
 ここはなんとしても身の潔白を証明しなければならない。

 速風は早夜の小屋から出ると、天に向けて手を広げた。

「風の子供たちよ、天つ神である我が命に従って、姿をあらわせ!」

 そう叫ぶと、どこからか桃色と緑色の人の頭ほどの球体が飛んでくる。
 そして速風の目の前、宙に浮いている場所で、姿を変えた。
 小さな女の子と男の子だ。

「風神さま。神力がお戻りになったのですね!」

 女の子のミウが嬉しそうに速風に笑う。

「ああ、我が主。これで安心、当然のことなのだ」

 男の子のタウがいう。
 速風はミウとタウのことも思い出していた。

「すまん、お前たち。不便をかけたな。さっそくだが、わたしの(めい)を聞いてほしい。今すぐこの村一体の風を止めるんだ」
「はい! 承知しましたです。今は風神さまの力が安定していますので、そんなことは簡単なことなのです」

 ミウが簡単に請け合った。

「神であるわたしたちはどうとでも逃げられるが、早夜はここに住み、生活するものだ。身の潔白を証明しなければ命が危ない」

「早夜に会いにいくか? 風神さま」
「どこにいるのか、私たちは知っているのです」

 タウとミウのことばを聞いて、速風は激しく心が動いた。
 今すぐ早夜に逢いたい。
 逢って、無事を確かめたい。

「案内してくれるか?」
「はいなのです」
「はいなのだ」

 そう話をしている間に、暴風になりそうな風たちは、ぴたりと止まっていた。
 そよりとも吹かず、木々も揺れていない。
 代わりに耳が痛くなるような静寂が訪れた。

「よし、ミウ、タウ、早夜のいる牢へ案内してくれ」



 速風は須佐と遠呂智を早夜の小屋に残して、一人で山へと向かった。
 山へは村の中を通って行くのが一番近いが、それではまた捕まるので一旦村の外へ出た。そこから村の外を大きく周り、早夜のいる山の麓へとついた。

 麓の牢にミウとタウに案内され、早夜の姿を見とめると、速風は牢の中にいる早夜に駆け寄った。そして格子にしがみついて中の早夜の名前を呼んだ。
 早夜も速風が来るのを見て、立ち上がって格子にしがみついた。
 格子ごしに二人の手が堅く絡み合う。

「早夜! 無事か!」
「速風!」

 お互いの無事を確認しあい、早夜は泣きそうになった。

「もう少し辛抱してくれ、早夜。必ず助けるから」
「速風、髪の色……黒くなったね。そう言えば風も止まった。これ、速風がやってるのか?」
「ああ。神力を得たからか、髪の色が黒く変色した。風は風の子供たちに言って止めさせた」

 二人は暫く無言で見つめ合った。

「早夜」
「なに?」
「わたしは一度また村まで戻らなければならない。だからこれを……」

 そう言って、速風は大事にしていた珊瑚と真珠の首飾りを早夜の首にゆっくりとかけた。

「この首飾りをわたしだと思って、全てが終わるまで待っていてほしい」

 早夜はその首飾りを手で撫でると、微笑んだ。

「分かった。速風を信じてる」
「早夜!」

 速風はその大きな手を格子の隙間に入れて、早夜の両頬を包み込んだ。

「早夜、わたしはそなたを愛している。だから絶対に死なせない。臣になど殺させない」
「あ、愛……?」

 突然の告白に早夜は一瞬、戸惑った。

「そうだ、愛している。そなたはいつもわたしの光だ。何も思い出せなかったわたしに、手を差し伸べてくれたのは、早夜だ」

 速風が早夜の顔をそっと格子の方へと寄せた。
 そしてゆっくりとつつみこむように格子の間で唇を重ねる。
 触れるだけのその口づけは、早夜を大事に想っていることが伝わってくる、とても優しい口づけだった。

「俺も……速風が好きだよ。一人だった俺の生活を賑やかにしてくれたのは、速風だ」

 早夜の答えを聞くと、速風は再度、早夜に唇を重ねた。優しく唇を食む。
 格子越しにまた手をつないで、二人はその手をさらに堅く握りあった。


 あつい熱が身体中をかけめぐる。身体の芯が痛いほど痺れ、頭が熱を持ったように熱くなった。
 ああ、自分もこんなに速風のことが好きだったのだと、早夜は初めて自分の心に気がついた。
 感じるままに口づけて、速風にあおられて、息が荒くなる。
 二人は名残惜しそうに唇を離した。

「早夜、愛している。必ず早夜を助ける」

 速風は最後に触れるだけの口づけをすると握っていた手を離し、早夜と自分を隔てる格子から離れた。

「うん、信じてる。この首飾りを速風だと思って待ってる」

 微笑んだ早夜に速風も笑むと、名残惜しく後姿を向けて後ろ髪を引かれる思いでまた村まで帰って行った。
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