4、走れ

文字数 1,445文字

儀式の広場は、もう人で溢れかえっていた。
「テン様!!」
 見知った顔に、テンは軽く手を上げて答えた。
「遅いので心配しておりましたぞ」
「ああ……ちょっと、探し物をしていて」
 サボろうと思って丘の上で寝ていたとは、間違っても言えない。

 幼い頃からテンに武芸を教え込んだのは、父であるコトともう一人、この男。

 名前はサイ。

 コトに剣を教えたのも彼であり、長年父と共にこの国を支えてきた兵団の重鎮である。

 若い頃にはその剣技は広く知れ渡り、北方の帝国の兵士まで一目を置いていたと言われる。

「コト様が探しておられましたが」

「会った。……どうだ、様子は」
 父から話題を逸らしたく、テンは聞いた。
「姫様のご用意が遅れているようです。後は滞りなく」
「そうか……」

 だから、俺なんか探してる場合じゃなかったんだと、内心毒づく。

 ハルさえ来なければ、今頃平和に寝ていられたのに……とは、不思議な事に思わなかった。

「楽しみでございましょう」
「……何が?」

 皆まで言わず、サイはただニコニコと笑った。

 テンはバツが悪くなり、明後日に目を逸らした。

「腕の具合はいかがですか?」
「まぁ……ボチボチだな」
「……お供すれば良かったと、悔いております」
「……」
 試練の旅は一人で向かう事が慣例である。
 そしてそれをこなした時、初めて、白い竜の騎士団を統べる【白の一族】継承の資格を得る事ができるのである。

 コトの息子、テン。この世で唯一の継承権を持つ者。

 

「一人でやり遂げなければ意味がない、だろう?」
 テンはひねり出すように笑顔を見せる。
「しかし、まさか(まだら)の竜に遭遇するなど、」
「……」
「……私……、いや、コト様であろうとも、一人で仕留めるのは至難だったはず」
「……親父は強いからな」
「この世で一番獰猛な生き物ですぞ」
「……」
「命を残し、帰られた。それは神に感謝する事。されど相手が斑の竜ならば……もし私が傍におれれば、そのようなお体に……」
「……もういいよ、サイ」

 もう一度、テンは笑った。

 何もかも、もう言っても仕方がない事なのだ。
「それに、俺は……」
「……、いや、何でもない」

 言葉を飲み込み空を見上げる。

 ――音を拾ったのは、その瞬間だった。
「何の音だ?」
「音?」

 サイは眉を寄せる。

 だがテンは逆に空に目を凝らす。
(音だ)
 周りの兵士は、誰一人素振り変わらず。
 空を睨む者など、ただ一人として、
(機械音)

 皆無。

 サイがテンの視線を追って空に視線を走らせる。

 だが、

(この音は、)
 捉える事が出来るのは、白き雲と途絶える事ない青の空と、

 ――否、刹那に辛く吹いた風。

「テン様、」
 第一陣は、空を裂く直線の風。
「……親父を呼べ」
第二陣は、淡き生風から、突然の深淵の突風。
「――北の方角」

 第三陣で初めて人が顔を上げる。

 風の中に混ざりあうのは、間違いなく悲鳴。

「サイ、走れッ!!! 早くッ!!!」

 唸り声を上げるのだ。

 裂かれた空間が、踏みにじられて行くのだ。

 大地に根付くすべての、この地を守る、精霊と呼ぶにはあまりにも恐れ多い小さき深き愛しき神々が。

 泣いている。
「走れ―――ッ!!!!」
 テンの叫びに、その場にいたすべての兵士が彼を振り返った。
「帝国の艇――!!!」

 走り出すサイとは、反対の空から、鉛の塊が姿を現す。

 空を懸ける機械の島。
「帝国の、」
 要塞艇。

 ――風が吠えている。唱えよと、吠えている。

 残りの意味は、天地(あめつち)にしかわからない。

 人はただ、目に映る物に驚愕を浮かべるのみ。
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登場人物紹介

テン(17歳)

 白き竜の騎士団総隊長コトの息子にして、その血を受け継ぐ者。
 宝刀・白の神剣を持って試練の旅に出るが、そこで重傷を負う。

ハル(15歳)

 【風の依代】王国の姫君。
 【謳い巫女】でもある。

コト(45歳)

 辺境の王国【風の依代】の、白き竜の騎士団総隊長。
 テンの父。

サイ(57歳)

 コトを支え、国を支えてきた剣士。
 テンの師であり、コトと共にテンを支えている。

ババ様

 ハルの祖母。
 国王の名代を務めている。

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