9、でも、剣が

文字数 1,158文字

「あれが……」
「なぜ……」

「知らん。ただ、俺の感情を餌にしてくる」

「どういう事ですか」
「……試練の後、俺は帝国に向かった。傷の治療とこの腕を手に入れるため、それは話したな?」
「……義手を手に入れたその日だ。帝都にこいつは現れた」
「何ですと!?」
「あの日俺は、偶然、帝国が近隣諸国の侵攻を計画しているというは話を聞いた。……最初の標的は【風の依代】だろうと。俺は……その場で激怒した。その話をしている兵士たちに詰め寄った」
「その刹那だった……あいつは現れた」
「帝都は火の海になった」
「そのような話、初耳ですぞ!? 帝都が焼かれたなどと」
「情報はねじ伏せられたのだろう。……俺はその混乱の中、帝都を抜け出した」
「逃げる傍ら、少し思った……ああ、これで、しばらく帝国の侵攻はないだろうと。……俺は、思ってしまった」
「……」
「その時はまだ偶然だと思ったんだ。……だが、国に戻る直前、また竜は現れた」
「……母の墓に寄ったんだ」
「……遠く彼方から、また空を渡って、竜は現れた……。まるで俺の悲しみに導かれたかのように」
 感情に導かれるように。
「だから、俺は、もう……」
 感情を殺して。
 何もかも、目を閉ざして。
 昂る事は許されない。
 悲しむ事も、怒る事も。
 誰になんと言われても構わない。
 そうしなければ、もう、生きていられない。
 どこまでの感情が竜を呼び、どこまでの感情で自分は目を覚ましていると言えるのか。

 足はいつも、宙を浮いているようだった。

 無論、もどかしさもあった。

 しかし――。
「……俺は、焼ける帝都を見たんだ……人々が泣き叫ぶのを見たんだ、関係のない人々が死んで行く様を見たんだぞ……?」

「それなのに俺は、………これで、帝国の侵攻は遅れると。なくなるかもしれないと」

「俺は――」
 悪魔なのではないだろうか、と。
「……、テン様、とにかく一端退きましょう。退却を」
「……」
「………、………」
 でも、剣が。

 感情を殺さなければならない――そう思い続けてきたけれども。

 自分の感情によって、誰かを巻き込む事はできないと。傷つける事があってはならないと。

 その葛藤の中で。
 しかし、完全に眠りに落ちるわけにはいかないと思い続けてきた最後の……唯一の想いは。
 剣を。
 宝刀を。
 取り戻さなければ――。
「……死ぬ事も、できない……」

 風が巻き起こる。

 竜が動きを変えたのだ。

 物陰に隠れていたテンと目が合った。
 竜はじっと、片方の目で彼を見た。

 やがて一層の風が吹いたと思った直後。

 竜は空へと舞い上がった。

 去り行くのか。行ってしまうのか。

 知らずとテンは、空に向かって手を伸ばしていた。
「……」

 降ろした銀の腕の向こう側に見えたのは。

 ただただ、広がる焼けた広場。

 もはやそこに、動く者など、一人として存在していなかった。
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登場人物紹介

テン(17歳)

 白き竜の騎士団総隊長コトの息子にして、その血を受け継ぐ者。
 宝刀・白の神剣を持って試練の旅に出るが、そこで重傷を負う。

ハル(15歳)

 【風の依代】王国の姫君。
 【謳い巫女】でもある。

コト(45歳)

 辺境の王国【風の依代】の、白き竜の騎士団総隊長。
 テンの父。

サイ(57歳)

 コトを支え、国を支えてきた剣士。
 テンの師であり、コトと共にテンを支えている。

ババ様

 ハルの祖母。
 国王の名代を務めている。

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