0、プロローグ

文字数 778文字

 漆黒の闇の中、ひとひら落ちる気配あり。
 月の光も届かぬ深い森。

 そこに突然、ひと際大きな地鳴りが響く。

「……クソったれが」

 頬を流れる何かを、苛立ちながら拭い取る。

 それが汗であろうと血であろうとも、今この局面に変わりはない。

「こんな所で、死んでたまるかっ……」

 しかし、認めざるを得ない。

 圧倒的すぎる力の差。

「これが竜……」
ゴォォォ――
「……死んでたまるか……」
「……死んでたまるかよ……」

「約束したんだ……絶対に、」


 生きて帰る――その言葉は闇の中に飲み込まれる。
「――ッッッ!!!!」

 目の前が真っ赤に染まる。

 少年は必死に走る。

 だが視界が悪い森は、取り囲むすべてが脅威に変わる。

 足を取られ地面に転がり、枝に掠めて切った腕の痛みよりも、少年の思考を奪ったものは。

 瞬間的に差し込んだ、月の光に映る竜の顔。

 口が開くのを見たような、見なかったような。

 ただ、次に感じたのは光。

 ……そして、

「ギャァァアァァァァアア―――――!!!!」

(腕がッ…………、くそッッッ……)
(……死ぬのか? ここで……?)

(ごめん……ごめん、)

(竜の……そこにいる……くそ、動けない……)
(このまま、俺は何もできないまま竜に……)
(……)
(……、…………死にたく、ない……)
(このまま、何もしないまま、食い殺されて……。そんなふうに……)
「……死んで、たまるか……」

 残った左腕で剣を探す。

 額を流れる物をぬぐう腕は、もうない。

「親父……」

 探し当てた剣を、左手で握り締める。

(……気配を……一点だけにすべての神経を……)

 少年の中で何かがカチリとはまる。
 刹那、少年は持っていた剣を渾身の限り振り抜いた。
ゴォォォォォォォ

 竜の咆哮を聞きながら、少年の意識も遠のいていく。

(すまん、ハル……)
消え行く意識の中で、最後の瞬間まで、生きては帰れぬ事をひたすら詫び続けた。
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登場人物紹介

テン(17歳)

 白き竜の騎士団総隊長コトの息子にして、その血を受け継ぐ者。
 宝刀・白の神剣を持って試練の旅に出るが、そこで重傷を負う。

ハル(15歳)

 【風の依代】王国の姫君。
 【謳い巫女】でもある。

コト(45歳)

 辺境の王国【風の依代】の、白き竜の騎士団総隊長。
 テンの父。

サイ(57歳)

 コトを支え、国を支えてきた剣士。
 テンの師であり、コトと共にテンを支えている。

ババ様

 ハルの祖母。
 国王の名代を務めている。

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